第2話 響詩郎と雷奈(前編・下の巻)
「罪を償いたいんだ」
そう言う男の声を電話口で聞いた
もちろん無条件で信じるわけではないが、実はこうした話は時折持ちかけられることがある。
罪を犯し、それをひた隠しにして逃げるように生きていく者の中には、そうした日陰の生活に嫌気が差し、自ら罪を清算したいと考える者もいる。
あるいは人生の転機となるような出来事があり、新たなる一歩を踏み出すために「綺麗な体」になりたいと考える者もいるのだ。
「強盗を数件やった。もちろん殺しなんてやってねえし、被害者にひどいケガを負わせたこともねえ。あんたにこんなこと言っても無意味だろうが、断じて
必死な様子でそう訴える男の話によれば、どうやら交際している女が身ごもったらしく、その女と生まれてくる子供を守るために、いつ逮捕の手が伸びてくるか分からない怯えた生活から脱却したいのだと言う。
割とよく聞く理由だと
「
「ああ。まあな」
警察へ直接自首せず、
妖魔による犯罪はその悪印象から重い刑を科せられがちだからだ。
法的に認められている罪科換金士ならば客観的事実のみを洗い出してくれる。
だからこうした案件は時々舞い込んでくる。
今まで幾度も同じような件を処理したことのある
「んじゃ、とりあえず面会しようか」
そう言うと
そしていつも通り、護身用の護符やら一式を携えて出かけだのだった。
その道すがら、彼は思い返していた。
先日の鬼留神社での一件を。
「桃先生のアイデアには驚いたけど、悪くないかもしれないな」
鬼ヶ崎
そして
「
自身の
同じ様に、戦闘能力を持たず自分の身を守る手段に乏しい
要するに2人は互いの足りない部分を補い合うことが出来るのだ。
この提案に対する返答は数日のうちに行う予定だったが、
「あとは相手が飲むかどうかだな。その前に残ってる仕事を片付けとかないと」
そうこうしているうちに
そこは近日中に取り壊しが決定している古びた工場だった。
その玄関前で
強盗犯ということもあってガラの悪い面構えを予想していたのだが、そこに立つ男はおよそ人に危害を加えるような
念の為にこの場所に
「お待たせ。罪科換金士の
「あ、ああ。待ってたぜ」
昼の間ということもあって男は人の姿をしているが、日が暮れると
最初の印象が意外だったこともあるが、
とは言え、仏の顔で鬼の所業を働く
男のほうは事前に
ただ男はどこかソワソワしている様子で、
(落ち着かない様子だな。単に気が小さい男なのか……?)
男はこれから
今さら警察の手を恐れてビクビクする必要はない。
「じゃあさっそく頼む」
そう言う男に
灰色の仮面を被った黒衣の
その顔に緊張の色が
スキャナー機能で刻印を読み取る数秒間、相手にはおとなしくしていてもらう必要がある。
もし相手に暴れられたら、無防備な状態の
毎度、
「よし。終わったぜ」
つつがなく刻印の読み取りが終わり、男がホッとした表情を浮かべる中、
男が電話で話していた通り、そこには数件の強盗犯罪の内容が記されていた。
確かに金品を奪うのみで被害者は縄で縛り上げる以上の危害を加えていなかった様子が窺える。
だが
(ん? この金額……)
「あんた……もしかして事件後、被害者に弁済か何かしてるか?」
強盗犯が被害者に弁済。
すなわち強盗の被害額の全額もしくは一部の額を金で弁償する。
もしまったく的外れなことを聞いていたとしたら、それは随分と奇妙な問いだったろう。
しかし
その様子を見た
「なるほど。あんたとしては強盗は不本意にやったことなんだな」
罪科換金士として2年あまりの業務経験を持つ
そうした彼の感覚からすると男の犯した強盗数件という罪の重さに対して
男は拳を握り締めながら伏し目がちに言った。
「……ここに来る前、今までコツコツ貯めてた金を被害者宛てに現金書留で送った。俺の身元を包み隠さず。もちろん俺が奪った金に比べたら全然足りない額だ。罪滅ぼしなんかじゃない。ただの自己満足だ」
罪滅ぼしではないと男は言ったが、多少であっても被害者への弁済行為は法的に
それが
「なるほど。ま、どんな理由があるにせよ、あんたが強盗犯だって事実は揺るぎないからな。けどまあ、警察に行く前によければ事情を聞こうか」
旧友の妖魔が国外逃亡するのに必要な資金集めのため、強盗を数件手伝った。
当時、男は魔界からこちらに移り住んだばかりであり、その時は軽い気持ちで犯罪行為に手を染めたのだが、その後人間社会で暮らすうちに人の情というものに触れるようになった。
すると男の胸には自分が犯した強盗犯罪に対する悔恨の念が生じるようになったという。
被害者への申し訳ない気持ちが男の胸の中に収まりきらなくなったのは、彼が伴侶を得て身を固める決意をした時だった。
男はいてもたってもいられず、妻から紹介された
そして罪を償うことに決めたのだ。
その話の最後に男は言った。
「こんな決断をしたのは、結局はただ自分が重い荷物を下ろして楽になりたかっただけだ。こんなことしても俺が罪を犯した事実は消えない。だが、けじめはつけなきゃならないんだ」
覚悟を決めたように男はそう言った。
自分の心情を
「なるほど。事情は分かったよ。ま、俺なんかから言ってやれることは特にないが、達者でやりな」
その直後だった。
「おっと待ちな。それで一件落着ってわけにはいかねえな」
ふいに背後から声をかけられ、
声の主に心当たりがあるためだ。
妖魔の男も同様のようで、途端に怯えた顔を見せる。
果たしてそこには数日前に
「見つけたぞ。クソ妖魔。テメーには聞きたいことがあるんだ。警察に行くなら俺が連れて行ってやるよ」
そう言うと僧侶は武骨な拳をボキボキと鳴らしながら、その顔におよそ僧籍にある者とは思えないような邪悪な笑みを浮かべるのだった。
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*本編はこちら
『オニカノ・スプラッシュアウト!』
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