第2話 神凪 響詩郎の事情(前編・下の巻)
「くっそぉ……あのナマグサ坊主。ふざけやがって。痛ぇなぁもう……」
徐々に東の空が白みがかりつつある夜明け前。
あれから僧侶は満足するまで
その後、牛男は窃盗犯として警察の専門部署に引き渡され、妖魔専門の警察官に事情を話した
「はぁ。契約額から2割減額。ありえねえぞ。あのクソ坊主」
そう言うと
僧侶は契約金額を勝手に減額してサインしたのだ。
高校に入学してから2年間、この仕事を続けてきた
もともと無法な世界における稼業であるため、こうした時に裁判やらの法的措置を訴えることは難しい。
もちろん契約違反の訴えを受け付けてくれる専門の組織は存在する。
だが、まったく金を支払わない、あるいは半額などの大幅減額をされてしまう場合を除いて、あまり訴えが実ることはない。
結局は弱肉強食の実力主義がまかり通る世界なのだ。
依頼側と請負側の力関係にもよるが、契約額から1~2割ほどの増減額は悪しき慣例として少なからず行われている。
妖魔退治の鉄火場を主戦場とする業界で、戦闘能力のない
「
いちいちそれを訴え出ていては、業界内で面倒な奴だと思われて依頼そのものが減ってしまう。
そのほうがデメリットが大きい。
こういう苦汁を舐めながらも仕事をこなして実績を積み重ねれば、いずれは信頼ある顧客から確かな仕事をもらえるようになるのだ。
そのことを思い返し、自分を納得させることにした。
公園を出て自分の愛車たるマリンブルー色のバイクに跨ってしばらく走り、夜風を浴びるうちに火照っていた気持ちが冷えてきて、自宅に到着する頃には気分も幾分か落ち着いていた。
それはすでに現役を終えて老後を迎えたような車両であり、車輪が全て外されてその代わりに鉄筋の土台で地面に固定されていた。
一階の入り口近くに赤く簡素な郵便受けが設置されているそれは、廃車となったバスを改造して作られた二階建ての住居であった。
するととそこでは一人の女性が彼を待ち構えていた。
「お疲れさん。
そこに立っていたのは美しい金色の髪を持つ妙齢の女性だった。
その髪の間からは動物の耳と思しきものが、そして腰の下からは二股に分かれた金色の尾が見えている。
彼女の名前は
妖狐という狐の妖魔だった。
「
それは彼にとって
彼の両親が人の身でありながら魔界に身を置いていたからだ。
「どうやら苦労してるようだね」
「ええ。まあ……」
魔界で生まれた彼は生まれながらにして強い霊力をその身に秘めていた。
そのため妖魔らにとっては格好の
以来、
高校に進学してからは
「夜が明ける前に帰ってきてくれて良かった。おまえに治療の依頼だ」
そう言う
それは老人の男性であり、背は低かったが鼻が異様に大きかった。
ヘチマほどもある大きなその鼻は顎の下まで垂れ下がっていた。
すっかり禿げ上がった頭とは正反対に、
彼を見た途端、
「久しいのぉ。
「じいさん! 元気そうじゃないか。今日はどうしたんだ?」
老人の名は
「ここのところ鼻の調子が悪くてのぅ。
「何言ってんだよ。じいさん。自慢の嗅覚は魔界随一だろ? じいさんが引退したら困る人がたくさんいるだろうに」
「心配ない。最近、孫娘が仕事を手伝ってくれるでのう。有能な孫なんじゃ」
「へぇ。お孫さんがいるのか」
久しぶりの再会に思わず会話が弾む二人だったが、
「世間話はそのくらいにしてさっさと治療行為を始めてくれ。もう夜明けまで30分もないぞ」
夜が明けてしまえば
「そうじゃったの。仕事帰りでお疲れのところ悪いが、頼めるかの?」
「じいさんの頼みならいつでも歓迎さ」
そう言うと
灰色の仮面と黒衣が特徴的な
途端に
するとまるで糸のように細い
「ふぇぇぇぇぇぇぇ。こりゃあ極楽だわい。どんな湯治や鍼灸よりも体の芯に効きよる」
「長年使い続けてきた鼻だから、しっかりケアしてやらないとな」
彼の霊力はまるで無限に湧き出る泉のようで枯れることを知らない。
鼻腔の中を流れる空気が澄んだ清流のように感じられ、鈍くなっていた嗅覚が戻ってくる。
まるで地球の裏側に咲く花の香りまで嗅ぎ取れるのではないかと思うほど、
これが
彼はこうして自分の豊富な霊力を相手に分け与えることで、相手の持つ治癒力を奇跡的に向上させ、病気や怪我などの症状を回復に向かわせることが出来る。
「この世の何が幸せかって、鼻が通っていくらでも匂いを嗅ぎ取れることに限るわい。感謝するぞい。
ほどなくして治療行為が終わると、
そんな
先ほどまでのささくれ立った気分がすっかり消えてなくなっていくようで、彼も嬉しかったのだ。
「さて
そう言ったのは治療行為の一部始終を見守っていた
まだ駆け出しで仕事も決して多くない
「分かりました。今夜ですね。以前にも治療したお客さんですかね?」
「いや。ご新規さんだよ。これがなかなか面白い案件になりそうなんだ」
幼少の頃から彼女に育てられた
彼女がそういう目をする時は、
ちょうどその時、日の出の時刻を迎え、空が明るくなると同時に妖魔たちの姿に変化が訪れた。
「じゃあ午後4時には私の店に来てくれ」
「世話になったの。
そう言って二人の妖魔は朝焼けに染まる空の下、各々帰路につき、これを見送った
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*本編はこちら
『オニカノ・スプラッシュアウト!』
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