第2話 鬼ヶ崎 雷奈の事情(中編)

「もし鬼巫女みこだったら、鬼巫女みこになれたら……全てをこの腕で片付けられるのに!」


 彼女の言う鬼巫女みことは悪路王あくろおうを封印から解いてその身に背負い、鬼の力をもって妖魔の調伏にあたるこの鬼留おにどめ神社特有の霊能力者のことだった。

 100年の間に一度だけ訪れる悪路王あくろおうの10年間の活動期が近付いている。

 鬼巫女みこはこの期間、悪路王あくろおうをその身に背負い続けなければならない。


 17歳の雷奈らいなはその鬼巫女みこの候補として神社から指名されていた。

 候補者は他に2名。

 彼女の姉と従姉妹いとこである。

 100年前の先代も200年前の先々代もたぐまれなる才気を持った非常に有能な巫女みこだったと記録に残されている。

 雷奈らいなの姉や従姉妹いとこもその点においては有能だった。

 だが雷奈らいなだけがほとんど霊力を持たなかった。

 どんなに訓練をしてもその点だけは向上することはなかったからだ。

 それこそが彼女が努力で超えることの出来ない才能の壁だった。


「ゴァァァァッ!」


 男は野太い声で喚き散らしながら再び雷奈らいなに襲いかかる。

 騒ぎを聞きつけたようで、少し離れた母屋にパッと灯りが灯った。

 雷奈らいなの家族が目を覚ましたようだった。

 両親や姉が駆けつければ化け物をすぐに調伏して事態を収集してくれるだろう。

 雷奈らいなに出来ることは、男をこの場に足止めしておくことだけだった。


(別に私が出来なくても他の誰かがやってくれる)


 雷奈らいなの頭の中には鬱屈うっくつとした思考が渦巻うずまいていた。

 そのことが彼女の動きと判断力を鈍らせてしまった。

 避けたと思った男の腕が雷奈らいなの片腕に引っかかる。


「あうっ!」


 雷奈らいなは思わずバランスを崩しかけて立ち止まった。

 するとそれを見た男が力の限りに彼女に体当たりを浴びせかけたのだ。

 

「うぐっ!」


 雷奈らいなはそれをまともに受けてしまい、勢いよく後方に飛ばされた。

 そしてそのまま背後の大岩に背中から叩きつけられてしまった。


「かはっ!」


 あまりの衝撃に雷奈らいなは息が詰まり、一瞬にして意識が飛びそうになる。

 だが雷奈らいなの腹の底で燃え盛る感情によって、遠のいていく意識が引き戻された。


(この手で、自分の手で、目の前の現実を……腐った全てを……ぶち壊したいっ!)


 悔しさ、歯がゆさ、己への怒り、そうした感情が彼女の体を震わせたその時、痛みは唐突に消え去った。

 入れ替わるようにして、背中に感じる岩肌から強く、そして恐ろしいほどに破壊的な波動が伝わってきた。


【我ヲ欲スル者。ソノ憤怒ふんぬコソガ我ガ至福しふく。破壊ノ欲望ヲはらミシなんじコソ共ニ歩ムニあたウ者】


 それは雷奈らいなが今まで聞いた事のない、地の底から涌き上がるような深くて重い言葉だった。


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*本編はこちら

『オニカノ・スプラッシュアウト!』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882154222

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