第一章 時宗と綾 一節

 武士道の根本とは死ぬことに尽きぬと会得した。死ぬか生きるか、二つに一つという場合に、死を選ぶというだけの事である。

                    山本常朝やまもとじょうちょう

 

 

 

 梓時宗は夢を見ていた。

 それは彼が尚武学園に入る前の記憶――


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 2145年1月10日。

 京都府京都市山科区、この山側の大きな邸宅が梓家の屋敷であった。古き良き日本家屋である。庭には枯山水があり、渡り廊下を隔てたところには普通の日本庭園がある。

 その家の居間に、梓時宗はいた。和服が似合う中学生であった。

「愚息よ、此処に」

 高級そうな和服を着た厳格そうな男が時宗を呼ぶ。彼の名前は梓時頼あずさときより――時宗の父であった。

「はい、父上」

 時宗は父の前で正座をする。背筋がピンと伸び、彼の礼儀正しさを如実に表していた。

「愚息、脚は崩せ。流石にその体勢で私の話を聞くのも疲れるだろう」

 優しい声で時頼は諭す。時宗は無言で頷いて脚を崩し、胡坐をかく。

「ありがとうございます、父上。それで、話とはいったい?」

 時頼の眼をじっと見て、時宗は問いかける。

「ふむ、私が話すことは、お前のこれからについてだ」

 そういうと、横から和服の女性が熱い煎茶が入った湯呑を無言で差し入れる。時宗の母、梓涼あずさりょうである。

 二人とも示し合わせたように茶を飲む。その動作はそっくりで、二人が親子であることを改めて感じさせる。

「で、父上。これからの話とは、なんでしょうか?」

 凛とした声で時宗は聞く。時頼は答える。

「ああ、お前がこれからどういった道を選ぶかだ。まずは、今までの説明をしなくてはいけないな。さて、愚息――お前は今の時代がどうなっているか、説明できるか?」

 そう問われ、時宗は一呼吸おいて答える。

「はい」

 それを聞き、時よりは告げる。

「なら、この父に説明してみよ。お前がどのように歴史を受け止めているのか、簡潔に語ってくれ」

 そういうと、時頼は眼を瞑る。

「現在、日本はWWⅢ《第三次世界大戦》の主要戦闘国――否、一勢力の盟主と言えますね。今よりちょうど100年前の2045年に突如インターネットが消滅。それによって生まれた疑心暗鬼により、米中戦争が勃発。初め日本は米国の同盟国として参戦しましたが、2048年に京都大学の那珂経頼なかつねより教授によって開発された『インターネットの残骸に存在する歴史上の人物の人格をプログラムとして現実に干渉する技術』をめぐり、米中が結託、日本にその技術の提供という名の強奪を仕掛けてきました。時の首相、中原時政なかはらときまさは情報提供を拒否。その技術、現在では『電子兵回路』と呼ばれる、歴史上の人物の人格のレプリカを作り上げ、これを人間に寄生する新種のハリガネムシを媒介とし、規格外の存在である電子兵を生み出す技術を利用して、逆に米中に宣戦布告し、米中を撃退。その影響で米中同盟も破棄されました。そして日米中の『三国戦争』が発生。それが世界に広がり、世界は米国を盟主と仰ぐEAU、中国とその盟友ロシアを盟主と仰ぐCHARU、そしてこの日本を盟主とする国際同盟インターナショナル・ユニオンの三つに分かれたのですよね」

 それを聞いて、時頼は満足そうに眼を開ける。

「ふむ、良く理解しているな。では、此処からは父が補足しよう。良く聞いておくように」

 時宗は頷いた。

「では、まず三国戦争の話だ。この時、米中を撃退したのは、世界初の電子兵五人だ。本来なら高校で習うが、我が梓家に深くかかわる話だからしておこう。お前には今まで、家の事をあまり教えていなかったからな、高校入学を機に教えておいてやりたい」

 時宗はじっと父を見る。

「この世界初の電子兵五人とは、城親康じょうちかやす刀義武かたなよしたけ鎧政氏よろいまさうじ陣光治じんみつはる――そして、私の祖父にして中原時政なかはらときまさ嫡孫ちゃくそんである梓泰時あずさやすときだ」

 そこで、時宗は手を挙げて話をさえぎる。

「父上、その話は奇怪ではありませんか? 何故に嫡孫の姓が中原から梓に代わったのですか?」

 それに対し、時頼は答える。

「これは政府より、誉れとして与えられた姓だ。我が祖父、梓泰時のプログラムは那須与一であった。それ故に、祭礼の為の弓、梓弓からとられた梓の姓を与えられたのだ」

「ふむ、解りました。御続きを」

 時宗は礼をする。時頼は語る。

「そして、我が梓家を初めとする五家――城、刀、鎧、陣、梓は、代々プログラムを用いる電子兵となることが定められた。それは親が電子兵であれば、子が強力な電子兵となりやすいからだ。最も、現在城家は取り潰されているが」

 そこまで聞いて、時宗は理解したと無言で頷く。

「我が息子ながら、誉れ高いまでに聡明だ。さて」

 時頼は続きを話そうとする――そこで、景色がぼやけていく。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――はっ!」

 梓時宗は飛び起きる。そこは白い部屋であった。

「やぁ、気が付いたか」

 横から聞き覚えのある声がしたので、梓時宗はその方向を向く。

「……叔父さん」

 そこにいたのは、尚武学園教師の刀義征かたなよしゆきであった。

「梓君、ここは学園だ。公私の混同はやめておいてくれ」

 諭すように義征は言う。梓時宗の母である梓涼の旧姓は刀、即ち義征の姉であるのだ。

「すいません、刀先生」

 時宗は申し訳なさそうに口走った。義征は笑顔で時宗に言う。

「いや、気にするな。ただ身内びいきと呼ばれるのが嫌なのでな」

 そういうと、義征は剥いた林檎を時宗に渡す。

「ほら、食べておけ。一応医療センターで右手の怪我は治癒してもらったが……感染症等で体を崩す危険性もある。栄養を取っておけ」

「ありがとうございます」

 うやうやしく林檎を受け取る。新鮮で瑞々しい林檎をかじると、口の中で果汁が躍る。

 林檎を飲み込んだ後、時宗は気が付く。

「そういえば、今日の授業は……」

 昨夜の学園内での戦闘や、刀義征のことを先生と呼ぶことからもわかるように、彼は尚武学園の生徒であり、当然授業も受けている。元来真面目な性格ゆえ気になるのだろう。その問いに義征はにこりと微笑んで言う。

「案ずるな。課外活動の為休み、という風にしておいてやった。まぁ、黒城を仕掛けた僕が悪いからな」

 その一言に時宗はキョトンとする。

「仕掛けた?」

 義征は頷いた。

「ああ、そうだ。彼女と僕の目的を叶えるためには、どうしても君が必要だと思ってな――彼女に君のことを紹介した。だからほら、彼女は君が入学してからずっと付き纏っていただろう? あれはそう言うことだ」

 時宗は怒りを露わにする。

「ほう、何を考えてあの人と私を引き合わせたのですか? 返答によっては、叔父とはいえ今後それなりの対応を取らせていただきますが……」

 そう言った時宗の殺気は、まるで一本の矢のようであった。鋭く、流れるようだった。

 それに対して、義征はにこりとして答える。

「案ずるな、梓君。このことは義兄さん、君の父上にも話を通している。それに、これは君の為にもなる話だ」

 そういうと、時宗は殺気を抑える。

「父上の許可を得ているというのならば、それは信用しましょう。確かに、黒城さんの才は素晴らしいと思います、恐らく父は……」

 時宗はそのまま考え込む。義征はそんな時宗に言うのだった。

「彼女の目的は彼女から聞くと言い。そして、彼女と仲良くするのは悪くないと思うよ――何せ、君と同じく学年主席入学だ。今後の学園生活も楽になるだろう」

 それだけ言うと、義征は背伸びをして立ち去ろうとする。去り際に、振り向いて義征は言った。


「良き学園生活を。センター医の言うことはよく聞いておくといいよ」


 時政は無言で礼をする。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時宗は一人病室で本を読んでいた。今日学ぶはずであった選択授業のアフリカ史である。

 この尚武学園というのは、WWⅢを戦い抜く一勢力である国際同盟の盟主である日本が作った、次代を担っていく人材を養成するための国際同盟最大の教育機関である。ここに入学すると、それだけで国際同盟に所属する各国の最先端の知識や技術を学ぶことが可能であり、更には講師としてこの学園に訪れている各国の要人や各分野の権威と人脈を築くこともできる。

 分野ごとに非常に深いところまで学ぶ事を考えて作られたため、数個の必修授業と多数の選択授業により、各々授業計画を立てていくような大学に近しい制度を採用している。そのため高等学校に相当するはずの機関ながら、五年制を適用しており、卒業後他の大学に進学する際は三年次よりの編入を認められている。もっとも、尚武学園を修了した多くの生徒は附属の尚武大学校に進学するのだが。

「ふぅ、エチオピアかぁ……確か日本がアフリカで初めて安保条約を結んだ国だったか……」

 時宗の眼は、アフリカ史のテキストの一部であるエチオピアソロモン王国についての記述を見ていた。エチオピアという国はアフリカ最古の独立国である――それだけで非常に学ぶ価値がある国だ。

 そのように今日休んだ授業内容についてでも学んでおこうと思っていると、自分の病室のドアが開く。


「よーっす! トッキー元気か!?」

「時宗、元気デスか?」


 二人の少年が現れた。一人は彫の深い日本人、もう一人は中東系の容貌をしている。

伊勢いせにモハンマドか。そうだな、もう今日の授業は終わりか」

 時計を見ると6時。授業はすでに終わっている時間だ。

「そ、だから見舞いに来てやったのさ! つーか、お前なんで入院したの?」

「噂では階段から寝ぼけてこけたとか言うのがありマスが、ルームメイトの僕たちが図書館に行ってる間に何があったんデスか?」

 そう言いながら慌ただしい二人組は、時宗のベットの横の椅子に座る。

「伊勢、モハンマド、お前ら二人とももう少し静かにしろ。ここは医療センターだぞ?」

 そう言いながら時宗は二人を嗜める。

 この二人の少年、彫の深い方の少年は伊勢・ポール・ジョナサン・興家おきいえ。中東系の容貌をしている少年の名はモハンマド・ロスタム・ノスラティー。興家は日系アメリカ人が日本に帰化したという少し複雑なバックグラウンドを持ち、モハンマドは中東の大国イラン出身の少年だ。

 彼ら二人は、時宗のルームメイトであった。

「で、結局何が原因さ? 正直お前が怪我するってよっぽどだぜ」

「ですよね、正直ボク達の学年で一番強いのが時宗デスから、どんなドジやらかしたか皆の注目が集まってマスよ」

 それを聞いて、時宗は額を抑える。

「……はぁ、なんかクラスに戻るのが億劫だな。というか、私は別段階段から落ちたとかそんなへまはしない。ただ昨日の夜、黒城先輩と決闘をしてな、彼女の槍が手をかすめたんだ」

 それを聞いて、興家とモハンマドは眼を真ん丸にする。

「え? お前に一撃あてたの、あの先輩?」

「は? ボクらが何人掛かっても涼しい顔でなぎ倒す時宗が?」

 興家とモハンマドは双方心の底から驚いていた。それも当然、五家の一つである梓の直系である時宗は、同世代の人間から逸脱した実力を持っている。身をもってその強さを知っていた二人にとってはあまりに信じがたいことだったのだろう。それに対して、時宗は語る。

「いや、あれはすごい、正直何回か殺されると思ったよ。私の矢をかいくぐることができるほどの反射神経、そして矢を肩に射られても尚突き進む精神力、女傑とはあのような人を言うのだろうな」

 それを聞いて興家とモハンマドは顔を真っ青にしていた。

「ど、どんな人外魔境の決戦だよ……うちの部活の先輩曰く、時宗に勝てる二年生なんぞそうそう居ない、って話なのに……」

「そーいえば、黒城先輩って一つ上の首席デスよね? なんか先輩が言ってマシた、少し突っかかりにくい子だって」

 それを聞いて、時宗は納得する。なるほど、刀先生は嘘を言っていないし、あれだけの強さにはそれだけの努力が費やされているということを。

「ふむ、それで、だ。興家、モハンマド、今日の共通の授業について何があったか教えてくれないか? 確か今日は確率、日本語、世界史、生物学の授業が共通だったはずだ」

 それを聞いて、興家とモハンマドは二人そろって腕をまくり、言う。

「がってんでい!」

「了解デス!」

 こうして、穏やかな病室の一幕は過ぎる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 尚武学園二年生寮、唯一の個室。そこに黒城綾はいた。

「いつつつつ」

 保健室で傷跡が目立たないようにする処置をしてもらったとはいえ、やはり矢傷は痛むものだ。ましてや時宗が射たのは返しが付いた矢。抜くときに肉も抉れる。

『痛いのか、綾』

 電子兵である彼女のプログラムが綾に語り掛ける。

「痛いさ、平八郎」

 彼女のプログラムの名は本多平八郎忠勝ほんだへいはちろうただかつ、かつて徳川家康に使え武名をあげた猛将である。

『俺はそう言った戦傷を追ったことがないからな、どうしてもそう言った痛みには鈍い』

 そういうと、綾は不機嫌そうな顔で答える。

「はいはい、どーせ武神様に比べたら僕の武勇なんてへの河童ですよーだ」

 それに対して、平八郎は呆れたような声で答える。

『いやいや、俺は別段君を責めたわけじゃない。寧ろ君を見ていると兵部ひょうぶを思い出して微笑ましい』

 それを言うと、綾は顔を赤くして怒鳴る。

「兵部って井伊直政でしょうがっ! 基本的に猪突猛進して毎度毎度ボロボロになる猪武者の典型でしょ! 僕をそんな武将と同一視するなーっ!」

 平八郎は少し不機嫌な声のトーンで言い返す。

『何を言ってるんだ、綾。兵部は俺とは方法は違えど立派な武将だ。特に死を恐れず、敵を恐れさせる戦という一点なら、俺だって榊原康政こへいただってかないっこないね』

 かつての同僚をかばう様に平八郎は綾を宥める。

「むぅ……そう言われると悪い気もしない……」

 こめかみを抑えながら綾はぼやく。

『それに、兵部は決断力に優れていた。如何なる戦でも確実に相手の将の首を取るように動き、徳川軍を勝利に導いてきたぞ。そう考えるとほら、悪くないだろうさ』

 綾は根負けしたような顔になる。

「はいはい、それでいいよもう。僕もそんな文句言わないよぉ……」

 そういうと、綾は一枚の写真をじっと見る。

『……』

 平八郎も黙る。暫くも沈黙、写真を手に取って綾はベットに体を放り出した。

「ふぅ」

 うれいを帯びた瞳と、気だるげな溜息が部屋に響く。手足を放り出して天井を凝視する。そんな状態でぼそりと綾は呟いた。


「お父さん、お母さん――僕はやるよ、必ず。何を犠牲にしても――」


 その眼の奥には、赤い炎が燃えているようであった。

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繚乱戦記 出雲屋蹈鞴 @tatara-izumoya

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