繚乱戦記
出雲屋蹈鞴
序章 月下の戦い
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西暦2145年4月30日午後11時、日本国兵庫県神戸市沖、人工島『尚武島(しょうぶとう)』。
その島の中央部に位置する軍人養成学校、尚武学園。この学校の裏庭、普段生徒たちの球技などに使われているこの場所に、一人の少年が立っていた。
身長は175センチほど、制服の上からでもわかるほど体はよく鍛えられている。眼は鷹の如く鋭く、髪は漆の如く黒い。美形というよりはむしろ、
「ふぅ」
少年が持っているのは、3メートルはあろうかという巨大な金属製の弓だ。通常弓は、弾力性がある木などで作られる。だが、この武器は違う。金属を組み合わせた混合弓。引くだけで万力の如き力を使う、規格外の弓なのだ。
さらに、その巨大な弓以上に少年には特徴があった。左腕よりも10センチ近く長い左腕。それは否が応でも目を引くものであった。両腕共に、良く鍛えられている。古木を思わせる腕だ。
「全く、呼び出しておいて遅い……」
切れ長な眼を細め、少年は愚痴る。そうすると、彼の腕についている腕時計状の装置から音声が流れた。
『仕方がない、我が主君。此度呼び出したのはあの女性である。ならば、かつて宮本武蔵が用いたという遅刻の兵法をおさめている可能性もあるだろう』
その声に少年は口を出す。
「ふむ――そう言ったことも考えられるか。全く、厄介な女性だ」
そう言いながら少年は腰につけた
「
その声に、腕時計の中の声が反応する。
『ああ、山桜がよく映えているな、我が主君』
そう言った時だった。
「やっぱり君は風流な男だね、
驚くほど清らかな声が聞こえた――まるで山の隙間を縫う渓流の水の様な声――。
「はは、雅さを褒められても男は喜びませんよ?
時宗、と呼ばれた少年はそう言いながら振り向く。
「男なら風流の一つくらい知っておくべきさ。戦場の花を手折らず守る精神。それが粋ってもんだろう? 僕なら、そうするよ」
声をかけてきたのは女性。身長は150センチほど――小柄な女性であった。一人称が僕という割に、髪が長く、大河の流れの如くさらさらと靡いている。女性らしい体つきに見えるが、うっすらと脂肪の下に筋肉が鍛え上げられている。
「はは、あいにく私に華道の教養はありません。精々茶道くらいなので……」
肩をすくめて、少年は言った。少女はそれに反発するように言う。
「勿体無いなぁ、時宗君。僕らは人の命を刈る軍人だ。なら、それにふさわしき教養を得なければいけない。命を刈るからと言って、ただ一心なる戦闘機械になってはいけない。僕はそう思うよ」
それを聞いて、少年は満面の笑みを浮かべて返す。
「はは、確かにそれはそうかもしれませんね。しかし、そのような心を得るには戦争が長すぎた。私は、そのような世界を変えたいと思う――このような問答がしたくて、私を呼んだのですか? 全く、私の様な初心な少年に逢引の誘いかと思いましたよ」
そういうと、少女は自信満々な顔で言い返す。
「逢引、ね。遠からず、合ってるよ」
その言葉に少年は戸惑った。
「へぇ、それは興味深い。年上としてエスコートしてくださると?」
精一杯動揺を見せないように返す。
それに対して少女は笑う。
「あはは、僕だって
楽しそうに少女は笑った。満面の笑みを月夜に浮かべ、少女は告げる。
「君を、歴史の最前線に誘ってあげる――だから――」
そう言った瞬間であった。
「――っ!」
少年は持っていた弓で迫りくるものを防ぐ。
それは少女だった――否、もっと正確にいうべきであろう。それは槍を持った少女であった。
「僕と戦おう。僕が君を見極めてあげる! 骨の髄まで、身の奥まで」
キラキラと、
「むっ! 鹿介、行くぞっ!」
『了解した』
少年はぶつかった衝撃を生かして少女と距離をとり、腕の装置と会話する。そして月光の元、少年は呟く。
「――忠義を示せ」
『忠義を示そう――』
その言葉で、空気が変わる、少年の皮膚が金色に輝く。
月の光に負けぬほど、皮膚の光が輝くとき、少年は叫んだ。
「
その名を叫ぶ。天地が鳴動し、少年の体は輝いた後元に戻る。
「ふぅん、それが忠義の烈士、山中鹿介幸盛のプログラム」
少女は不敵に笑う。彼女は腕につけた腕時計のような装置に話しかける。
「どう思う、平八郎」
そうすると、装置から声が返ってくる。
『見ての通り、強敵だろう……時宗君の方も良く鍛え上げられている。綾、君の
それに対して、少女は笑う。
「いいのいいの――ほしいんだから。彼がいなきゃ、僕の望みは叶わない」
それだけ言って、少女は槍を構える。
少年と少女は向かい合う。
「ふぅっ!」
先ず、先手を打つのは少年。弓に矢をつがえ、目にもとまらぬ速さで撃つ。矢は流星の如く速く、鋭い。
「らっ!」
少女はそれを綺麗に弾く。そのまま詰めようとするが――
「
少年は弓を槍の様に振るう。それはただの弓ではなかった。少年の弓の先端には槍の様な刃がついている。
「うわっ! それが弭槍か!」
少女は楽しそうにその一撃を避ける。
弭槍――それは近距離では槍の如く使える弓専用の装備。本来は弓の先端に括り付けて槍の様にするものであるが、この弓は初めから槍の部分を組み込んでいる。もっと正確に言おう――この弓は金属で作られている。金属で弓を鋳造するときに、弭槍の部分も共に鋳ているのだ。
「――山陰の麒麟児の武、その目に刻め――」
少女の言葉を無視して、少年は精神を集中させる。
「やぁっ!」
少年は少女の腹に、思いっきり槍部分を打ち込む。
バリン、と硝子が割れたような音がすると同時に、少女の腹の前で槍が止まる。
「うわっ、今日の分のストック全部一気に砕いたっ! 平八郎! やっぱこの子すごいわ! 僕の眼に間違いないみたい!」
少女はにこやかな顔でそう言う。
一方、少年はぎょろりと眼を開く。
「避けもしなかった……鹿介。全力で行くぞ」
その一言と共に、腕の装置から音がする。
『ああ――さすがは平八郎殿だ。我が主君よ、
そう言った直後、少年は後ろに大きく飛ぶ。
「へぇ、まだ僕に見せてくれるの?」
少女は笑う。月下、顔を歪めて笑う。
「鹿介、行くぞ!」
『応!』
少年と、装置から流れる声は息を合わせる。
「山陰の勇士よ――忠義を以て我に宿れ!」
『不屈の勇士よ――我が武を貸して史に名を残せっ!』
瞬間! 少年の体は消える。
「あはははっ! そこかああああああああああああああああっ!」
少女は槍を大きく振るう。
「つぅっ!」
少女の槍の穂先は、弓を固定していた少年の握りこぶしを掠る。そこから真っ赤な血が吹き出た。が、少年はその状態でもまだ弓を持ったままだった。そう、少年は少女の眼前から消えて迂回していたのだ。
「――南無八幡大菩薩」
それだけ言うと、少年は
「がっ!」
その矢は肩に刺さる。が、少女はそれに対して一言しか言わず、耐える。そして……。
「ていやあああああああああああっ!」
少女は少年の腹を蹴飛ばした。
「かはっ」
ごぼりと少年は胃の内容物を吐き出して、倒れる。
「しゃっ! やっぱり僕の見る目は間違いない! 間違いないんだ!」
少女は肩から血を流しながら喜ぶ。
「黒城君、これはちょっとやりすぎだ」
倒れる少年と笑う少女の元に、一人の男が来た。その男性は、一つの抜き身の刃みたいな空気を纏っていた。
「あはは、ごめんなさい。無理言ってここまでやってもらったのに、大暴れしちゃって」
笑顔で槍をくるくる回しながら、少女は踊る。
「はぁ、僕を通してじゃなかったらもっと問題だったよ、これ」
そう言いながら男は少年を担ぐ。
「
その顔は如何にも苦労人の顔であった。
「仕方がないじゃないですか、先生。本当に、彼と一緒なら僕の願いが叶うかもしれない!」
それを聞いて、男性の表情が少し変わる。
「ああ、そうあってほしい。君の願いは僕の、そして彼の父親の願いでもあるからな。それにしても黒城君、その傷は早めに保健室に行きなさい。保健室の
そういうと、男は少年を抱え上げ闇夜に消える。
少女は山桜の花びらの中、一人笑顔であった。
「ふふふ」
腕時計のような装置から声がする。
『綾、彼は君のお眼鏡にかなったのか』
それに対して、少女は頷きながら言う。
「そりゃそうだよ。入って一か月もたってないのにあの実力、僕の父の汚名を晴らすためには、確実に彼が欲しい! というか、ああ――どうやら僕は」
少し間をおいて、少女は年相応の少女らしく笑いながら言う。
「彼に恋をしてしまったようだ」
こうして、夜の激闘は終わる。この激闘こそが歴史の転換点――世界を揺るがす出会いであった。
時代はまさに第三次世界大戦――これはその動乱の中で輝いた人間たちの物語。後世に於いて、繚乱時代と呼ばれたこの時代に、少年少女が躍り出た。
少年の名は
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