「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」

 絶叫が迫る――右眼を射貫いぬかれたはずの前島まえじま瑞希みずきが、たおれることなく突撃してくる。


竜人リザードマン』の強みの一つである、毒物への高い耐性。

 針の通りにくいうろこあわせて、『蛇の王バジリスク』にとっては非常に相性の悪い相手だ――本来であれば。


 少女たちは知らない――先日出会った男は売人を装った捜査官であり、提供された安定剤やかく猟犬ハウンドが差し向けられるまで所在を縛るためのエサにすぎないことを。

 聖二たちは二人の特性を事前に把握した上で、れるという確信を持ってこの場所におとずれていることを。


 光の操作による視覚的な妨害を得意とする『妖精フェアリー』の方がよほど厄介な相手だと認識していたし、そちらを先に落とせた以上、多少硬くて力が強い程度のトカゲ人間など恐るるに足らなかった。


「あ”あ”あ”っ!!」

 瑞希が踏み込む/大振りのフック――聖二は頭を下げてかわす。

 重心を低くしたまま懐に入る――小銃ライフルを棍棒のように振り抜き、銃床じゅうしょうしたたかに敵のあごを打ちつけた。


 トカゲ女の体がぐらつく/鉄をも斬り裂く爪をがむしゃらに振り回す。

 そのめまぐるしい軌道きどうを、金色に輝く瞳が無慈悲なまでに捉えていた。

 避けるまでもなく、防ぐまでもなく、爪は聖二の肌だけを浅く傷つける。


 ケモノの抵抗に長々と付き合い続けるつもりはなかった――菅原すがわらなえの方にもとどめを刺さなければならない。

 小銃ライフルから離した左腕を、静かに構える――至近しきん間合まあいにいてなお、狙撃手の冷徹れいてつさに心をひたす。


 ミキサーめいた爪の乱舞を、槍のように鋭く直線的な突きがすり抜けた。

 その爪先つめさきが瑞希の右肩を穿うがった。

 ぼんっ、と空気が燃える音が響いた。


「……は……?」

 瑞希は呆然として、喉から声を絞り出した。

 右肩が爆発し、千切れた肘先が床に落ちた。

 聖二の左手の指が、棘のようになってくすぶっていた。


 硬化させた指を突き刺して先端から可燃ガスを注入・着火し、対象を内側から爆ぜ飛ばす。

『毒』の通じない敵に対しても必殺の威力を発揮する『きば』――ほかならぬ聖二自身が、かつて訓練期間中に発見した技術だった。


「っ、あ”あ”あ”っ、ころ――」

 残された左の爪が振るわれるよりも早く、聖二の二撃目がその根元の肩に突き刺さった。

 ぼんっ――再びの燃焼音。左の腕もぼとりと床に落ちる。


 両腕を失った瑞希が、巨大な顎を開いて聖二の伸びきった左腕へと噛みつく。

 手首から先を食いちぎった――聖二がそのように誘導した。

 右手で掴んだままの小銃――金槌ハンマーのように握り直されていた――その銃床を、瑞希の鼻先に叩き込む。


「ぎゃンっ――!?」

 顔面を凹ませながら、瑞希が背中から倒れ込む。聖二はその上に跨っマウントして、小銃を振り上げ、また振り下ろした。

「ア”っばっ……――」

 がつんっ、がつんっ――衝撃が突き抜ける。

 自分はここで死ぬのだと瑞希は悟った。

 チカチカと白み始めた視界の隅で、光球が弾けた――苗を助けなければ。


 ふいに殴打が止んだ。瑞希の胸元に、再生した聖二の左手が突きつけられていた。

 瑞希の両腕はまだ繋がっていない。焼かれた細胞は、通常より少し再生が遅かった。


なえを……ゴボッ――」

 喉の中で血が泡立ち、せ込んだ。それでもなんとか、空気を震わせて言葉にした。

「お願いだ……ごろさないで」


 ほんの少しだけ、聖二がまぶたを細めた。そして首を縦に振った。

 たぶん嘘だと分かった。それでも、その頷きにすがりたかった。


 視界が涙でにじむ。他の全てを投げ出してでも振り払いたかった死が、こんなにもあっさりと追いついてくるなんて。

 瑞希はぎゅっと目を閉じ、終わりの瞬間を待った。そして――


「――ねえ聖二くん、それでいいんですかっ?」

 唐突とうとつな声――突きつけられていた手がびくりと震える。

 こつ、こつ、と足音――金毛の少女がふさぐ入り口の奥から、誰かが近づいてくる。


「まさか……愛海、お前、教えたのか?」

「みんなの本音が知りたいんです」

 通路入り口のドアが開かれる――短い髪を逆立たせた少年と、夜色よるいろの髪の少女が、飛び交う光の下にさらされる。


「聖二……」

 迷いをたたえた陽彦はるひこの眼――逸らさずに見つめ返す。

 例え糾弾きゅうだんを受けたとしても、自分の行いに悔いはない。

 と、それだけを愛海に問いたかった。

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