7
眠りについた街に、しんしんと降る雪が
外付けされた階段から繋がる、”
下された命令は、
いざという時に
今から始末しようとしているのは、まだ誰も傷つけておらず、少なくとも都市に潜んでいられる程度には理性を保った、
ここから先はもう、引き返せないの時だと悟った。
かつての自分には耐えられないと思った。
今は違う。守るもののためなら、捨てるべきものを捨てられる。
これまでの日々を思い返す――ノーマークの三人を
多くのものが
彼らのことを思うなら黙認するか、いっそ
自分はとうに、
そのための
叶わない望みと折り合いをつけ、正しく葬り去れるように。
強制ではなく自らの意志で、道を選んだという実感を得られるように。
聖二の方を向いてニコリと笑った顔が、
口元に指を立てたまま、ゆっくりとその場を離れた。
白日荘の二階窓――遠ざかっていく二人の背を、カーテンの
※※※
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
頭がガンガンする。全身がそわそわしてたまらない――シーツ代わりのボロ布を抱きしめた。食いしばった唇から、血の味が
「
暗がりの向こうから声がする――
あたしたちが今いる建物――金属部品工場の元社員寮には、空いている部屋がたくさんある。なのにコイツは、わざわざ一緒の部屋に踏み込んでくる。
「瑞希ちゃん、苦しいの? 薬を打った方が……」
「うるっさい……分かってる……!」
一発ぶん殴ってやりたい衝動をなんとか抑えながら、床を手探りして革のカバンを引き寄せた。注射器を取り出そうとして、手がぶれる。
「私がやるよ」
苗があたしに近寄って腕を取る。空中でぽうっ、となにかの粒が発光して、
ぶるぶる震えるあたしの背中をあやすみたいにトントンと叩きながら、苗は注射器をそっと刺し込んだ。
じんわりと熱が
北海道で見上げた夜空を思わせる
光の
治まりかけた
その顔で、そのキラキラした能力って、ちょっと不公平なんじゃない?
そんなくだらないことを考える余裕を取り戻したことに気づいて、少し
「もう大丈夫だね、瑞希ちゃん」
苗がそう言うのと同時に、光が
なんとか現金化できた
あたしが望んだのは、こういう暮らしだっただろうか。生活の水準はむしろ、
基地を抜け出して一週間ほど――寝泊まりできる場所を探している時、たまたま知り合った男がこの場所を教えてくれた。
数年前に潰れた会社の関連施設が取り壊されることなく放置され、今は非合法な物品の保管や取引、後ろ暗い人間のための宿などとして使われていると。
男はあたしたち二人がワイルドハントであることを分かった上で、非正規の
どうしてそんなことしてくれるのかと訊くと、あたしたちみたいに基地を抜け出す奴はたまにいて、暴力団とかそういう手合いが欲しがるので、仲介ビジネスが成り立っているのだと説明していた。
稼げる仕事というのは、ほぼ間違いなく
あたしたちはそっちの返事を保留して、とりあえず安定剤だけ買うことにした。得体のしれない感じがして正直不安だったけど、問題なく作用しているようだった。
ただ値段はそれなりに張るので、さっきみたいに発作が出るまで使っていない。現金以上にこっちをたくさん持ち出すべきだったと後悔した。
お金を稼ぐ手段は必要だ。身元のはっきりしないあたしたちにできるやり方なんて限られている。人殺しが嫌だったら、それこそ――別のものを売るとか。
苗はまあ、いくらでもお客が付きそうだなと思う。あたしも――苗みたいに見てくれは良くないけど。十四歳の女の子ってだけで、たぶん、
「はは、あははははっ……はぁ……」
馬鹿馬鹿しすぎて笑えて来た。人間の尊厳ってなんなんだろうとか思う。いいや、ワイルドハントとは元からそういうものなんだ。
本当は生きられないはずだった子供たち。死せる魂の軍勢。
そんな風に終わりたくないと思ってしまったことが、この世界では罪だっていうのだろう。
「あたし、きっとぶっ壊れちゃったんだな」
「瑞希ちゃん?」
こんなクソくらえな二択を迫られていたって、それでもまだ本心から、あたしは帰りたくないと思っていた。
北海道で暮らす死の恐怖と比べれば、カスみたいな生活だって、人殺しだって、■■だって、どうにでもなる明るい未来に思える。
「死にたくないよ」
「瑞希ちゃんは、壊れてなんかいないよ」
「……ありがとぉ」
男の紹介する仕事を受けるかどうかについて、苗は何も言わなかった。あたしに合わせるつもりでいるらしい。
あたしのことを、恨んでいないのだろうかと思う。
あたしはただ、使える
本来は脱走なんてするタイプじゃないだろう。あたしは自分でも気づかない内に、苗を脅迫してしまったんじゃないかと思った。
苗はそんなことないと否定するけれど、何が本当なのかも分からなかった。
そしてそんな巻き込んでしまった苗に対して、嫉妬とか、ムカついたりとか、あろうことかめちゃくちゃにしてみたいとか、そんなことを時々思う自分がたまらなく嫌だった。
「もう眠ろう、瑞希ちゃん」
「うん……」
目をつむって、瞼の裏側をじっと見つめる。
苗が部屋を出ていく足音と、次いで扉を閉める音がした。
とても眠れそうにないけれど、このダルい脳ミソを、せめて休ませてやらないと。
そう、思っていたのに。
「――逃げて、瑞希ちゃん!!」
ドア越しに響いた声。
ほとんど蹴破るように部屋を出た。社員寮の長い廊下――その片隅に、光の粒が煌めいていた。
苗が倒れている――急いで抱き起こす。目立った傷もないのに、がくがくと
暴発する火花のように光が振り撒かれ、そこらじゅうを跳ね回る。
通路の両端に、人影が照らし出された。
「誰だ!!」
入り口側――金髪を揺らす女。のほほんと場違いに笑っていやがる。
「あれれ、暗闇に乗じてもう一人も……ってはずだったのに。明るくなっちゃいましたよ、
奥側――マスクをした男。
「構わない。そのまま出入り口を塞いでおけ、
「はぁい♪」
あたしの言葉に、二人は答えなかった。眼中にないとでも言うように。
「――殺す!!!」
男の方へ猛烈に駆け出す。口が横に裂け、全身の肉が盛り上がり、肌に
頭の中が、目の前の相手を食い殺す衝動でいっぱいになる。
ふいに、右の目に激痛が走った。
針のようなものが
「『
「あ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
男が何かを言っているのは分かった。あたし自身の口から吐き出される絶叫に掻き消されて、ほとんど聞こえなかった。
「君たちは、ここで終わる」
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