9(エピソード完)
「
廊下を渡りながら
「私は、聖二に賛同する。生き残るためなら汚れ仕事だってやるつもり」
うなじから糸を伸ばす――抱えたままの菅原苗と、
「これで、いつでも殺せる」
「……愛海、お前は?」
瑞希の身体から
意外だった――自分を
このチームは三年ほどの付き合いになるが、その中で確信していることがある。
愛海は、自分たち四人のこと以外に驚くほど興味がない。
だから安心しきっていた。他の二人は分からないが、彼女だけは
「僕はお前に、望まない役割をさせていたのか?」
「いえ? その二人がどうなろうと構わないですし。むしろ最近血がご
「……じゃあ、何故深雪たちを呼んだ?」
「さっき言った通りです。聖二くんも含めて、みんなの本音を聞かなきゃダメなんですっ」
いまいち
ならば話をつけなければならないのは、たった一人。
金色の瞳で、じっと
「お前が悪い奴じゃないのは知ってる。多分これが、お前の考える
陽彦が切り出す。
「それでもよ、こんなのってあんまりだ」
「ああ」
短く
「おれたちはただ、運が良かっただけだ。そいつら二人は、あり得たかもしれないおれたちだ」
「その通りだ」
素直に
「時間が掛かってもいい。危ない橋を渡るんでもいい。なんか他に、みんなが生き延びられるやり方ってねえのか?」
「無い」
「僕らは
「……けど、やっぱ納得いかねえよ」
「今はそうでも、時間が解決してくれることもある。決心がつく時まで、そういう汚さからお前を遠ざけていてやりたかった」
口にしてみてから、
陽彦はひととき目を閉じて、大きく息を吸い込み、吐き出した。
そして再び目を開けた時、もう迷いの色はなかった。
「おれたち、ここでお別れだ」
社員寮廊下の空気ごと凍り付いた。陽彦は三人に背を向けた。
「待て、陽彦――」
判断を早まるな、一時の迷いに身を任せてはならないと言いたかった。陽彦はぶんぶんとかぶりを振った。
「これがおれの決心だよ。おれはそっち側では生きらんねえ。でも、感謝してる」
陽彦の声が、いやにはっきりと廊下に響いた。
「おれにはずっと、選択肢なんてなかった。聖二、おれはお前のおかげで、自分でそれを選べるんだ」
選ぶ――何を? 生きるよりも、死ぬことを?
思考が置いてきぼりにされる――何か言わなければ。
「陽彦くんがやらなくても、きっと他の誰かが同じお仕事をするんですよっ?」
愛海がそう、口を挟んだ。
「ああ。そうまでして生きたいって気持ちも良く分かる。そんで実際、それはおばさんたちみたいな人の助けになるんだろうな」
「じゃ~、陽彦くんも一緒に?」
「やらねえ。もう決めた」
振り返って、陽彦は笑ってみせた。
「死ぬのが怖くないのか!?」
叫ぶように、聖二が口にした。
「怖えよ。でも、ここでそっち側に付いたら、きっとおれはおれじゃなくなる。そっちの方が怖い」
陽彦は、少し悲しげな顔をした。
「陽彦は前に言った。生き残りたい、死にたくないって」
深雪が、静かに呟いた。
「……嘘つき」
「悪ぃ。そんなつもりはなかった」
陽彦は、寂しそうに目を細めた。
「おれは北海道に戻る。荷物をまとめてくるよ。じゃあな」
陽彦は静かに去っていった。
※※※
「行ってしまった……」
沈黙が広がる廊下で、聖二はただ
きっと陽彦の心は、聖二よりもずっと繊細だった。子どもの自分が腐っていくのに耐えられなかった。それを葬るだけの強さがなかった。
久々に思い出した――自分が当たり前にできることを、他人もできるわけではないということを。
自分はまた、同じ過ちを犯したのだと思った。
「僕がやってきたことは、無駄だった」
唐突にポン、と肩を叩かれた。振り向くと、愛海がにっこりと笑っていた。
「ねえ聖二くん、諦めるのをやめませんかっ?」
「何……?」
「本当は、みんな幸せになってほしいんですよね? 陽彦くんはもちろん、この二人も、他のワイルドハントさんたちも」
言うまでもない――聖二だって、望んで同族を苦しめたいわけがない。
だが、今の自分にはその願いを口にする権利すらないと思えた。
「すまないが、
「諦めていたもの、ぜーんぶ手に入れたくありませんか?」
耳元で
毒の抜けた
そしてそのまま、陽彦が出ていった出入り口へと、三人で連れ立って歩き始めた。
「愛海? 深雪? お前たち、何を……」
「ごめんなさい、聖二。私たちは最初から、あなたと陽彦の意見が割れたらこうするつもりだった」
「わたしたち、この子たちを
何もかも理解が追い付かない。追いかけるための脚も、
「北海道の、U市で待ってますからっ♪」
言葉とともに
闇の中で、聖二はしばらく立ち尽くした――最後に見た愛海の顔が、誘惑する悪魔のように焼きついていた。
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