「まずはこしろしたら? 今、紅茶でもれますからね」

 中年の女性にうながされるまま、木製の大きなテーブルをかこって座った。

 女性はそそくさとその場を離れ、キッチンでお湯をかし始めた。陽彦はるひこたちの間にただよう緊張感などお構いなしに、機嫌きげんよくテキパキとカップを用意している。


「どこから説明するかな……」

「まず聖二せいじ、お前何者だ」

 腕組みしたまま陽彦がこたえた。


「前々から気になってた。お前は他の奴が知らないことを知ってやがる。この際だから洗いざらい話せ」

 深雪みゆき愛海あみもそれに頷く。聖二はふう、とため息をついた。


「これからする話は、くれぐれも他言無用たごんむようで頼む」


 ※※※


「ワイルドハントは知っての通り、人間をはるかに上回る力を持つ、生きた兵器だ。じゃあどうして政府は、自分たちより強い力を飼っていられると思う?」

「私たちは生かされている。を越えた反抗はんこうは自分の首をめるだけ」

「深雪、本当に制御せいぎょかない者というのは、もっと厄介やっかいなんだ。ではなくうらみによって動く者は、それでは止まらない」

 聖二のかたくち断定的だんていてきだった。まるで、何度も実物じつぶつを見てきたとでもいうように。


「恨みってのは、おれたちが命がけで戦わせられてることか? けど、仕方ねえだろ。おれらは手術を受けてなきゃその時点で死んでるんだぞ」

「陽彦、君は自分で思っているよりも聞き分けがいい人間だ」

「なんだそりゃ」

「君のように思える人ばかりじゃないってことさ」

 言われて、まあそういうものか、と陽彦も思う。

 思えば陽彦の悪友あくゆう――とおる康弘やすひろなども、普段から不満を垂れ流していた。ましてや彼ら以上に荒れたワイルドハントなど、そう珍しくもない。


「何より、それは君たちから見た視点だ。『もしもすべてのワイルドハントたちが、一斉いっせい反旗はんきひるがえしたら』。そういう恐怖をいだいていてもおかしくはないと思わないか?」

「まあ、確かに。で、実際のところどうしてるんだ」

「簡単なことだ。もっと強く、かつ信頼しんらいできる力をかかえておけばいい」

 聖二がカップのお茶をすする。ここからが本題と、金色こんじきの眼が告げていた。


「ワイルドハントの中でも、戦闘力せんとうりょく忠誠心ちゅうせいしん、両方に見込みこみのある者を選出せんしゅつして特別な待遇たいぐうを与える。高価な安定剤あんていざいしみなく投与して、壊れてしまわないように飼い続ける。普段は都市の治安警備ちあんけいびに当たらせて、いざというときは反逆はんぎゃくするものをたたつぶさせる」

「まるで政府のイヌだな」

「『ハウンド』という。猟犬りょうけんって意味だ。その地位をエサにして、候補生こうほせいたちに積極的にフィンブルを狩らせつつ、不穏分子ふおんぶんしみ取らせる」

「その候補生ってのが、お前の正体か」

 冷静とも怒りともつかない声が、陽彦の口からしぼり出される。


「お前の『ポイント稼ぎ』になんの意味があったのか、ようやく分かった。ずっと知ってたんだな、手段があるって」

「今まで黙っていて悪かった。だが、猟犬ハウンドの存在は機密きみつなんだ。不用意に教えたら、その時点で選出の可能性は断たれていた」

 陽彦の鼻がぴくぴくと動くのを、深雪は見逃さなかった。聖二の言葉の裏を読み取ろうとしているのか、あるいは彼自身の感情の揺れ動きか――やがて大きく溜め息をついて、陽彦は頭を抱えた。


「陽彦――怒っているのか?」

「分っかんねえ」

 ぶんぶんとかぶりを振って答える。


「お前が悪い奴じゃねえのは知ってる。たぶん、おれたちのことを思って色々準備してたんだろうってのも分かる。けど、なんだろうな、このモヤモヤした感じ」

 やはり、と聖二は思う――不良ぶっていても、陽彦は他の者たちとは違う。

 自分の目は間違っていない――命を懸けてでも、この少年を守らねばならない。


「……ちょっと頭冷やしてくる」

 陽彦は立ち上がると、するりと流れるように入り口の方へ抜けていった。

「待て、単独行動たんどくこうどうは……」

「私がついていく。任せて」

 咄嗟とっさのことで引きめるのが遅れた聖二の代わりに、深雪がすっと立ち上がり、その後を追っていた。

 カラン、コロンと小気味良いドアベルの音とともに、二人は外の風にまぎれて行ってしまった。


「あら、お昼ごはんを用意したんだけれど……」

 トレイに皿料理をせてきた中年の女性が、困り顔で言う。

「食欲ないんですって。わたし、三人分食べます!」

 気まずい空気を叩き割るかのように、愛海がほがらかに応えた。それから聖二にも笑いかける。


「大丈夫ですよ、聖二くん。私たち、仲間じゃないですか」

「……ああ」

 まるで根拠のない愛海の明るさが、今の聖二にはこの上なく有難ありがたかった。

 自分が三人を救ってみせる。これまでの行いに、何一つ間違いなどない。

 そう信じるしかなかった。


 ※※※


「なあ、おれらがこうしてる間もさ、北海道でフィンブルと戦ってる奴らがいるんだよな」

 風に流されるまま、辿たどり着いた先――歩道脇ほどうわきに設置されたベンチに座って、陽彦がつぶやく。深雪も自然と、その隣に腰かけた。


「今回の話、断るつもりでいるの?」

「いいや。受けるべきだと思うぜ。なんたって死ななくて済むんだから。実際おれたち頑張ってきたよ。他の奴らよりもずっと多く、フィンブルをぶっ殺してきた。バチなんて当たらないと思う」

 どこか上の空で、陽彦は言葉を続ける。


「けど、あいつらは何も知らねえんだ。未来なんて無いんだって思いながら、すぐ近くにゴールがあることにも気付かず、死んでく。そんなのいいのかよ」


「皆が猟犬ハウンドの存在を知れば、おそらく仕組みが成り立たない。それに、彼らが私たちと同じ条件にあったとして、同じ戦果せんかをあげられるとは思えない。私たちは強い」


「それでも、もう少し頑張れた奴だっていたはずだろ。ほんのちょっとした希望さえ持ててれば、親や大人をにくまずに、くさらずに、やっていけたかもしれねえんだ。たとえ死んだって、何も知らないままで死ぬのとは大違いだ」


「あいつら、おれと同じなんだ。見捨てたくねえ」

「……そうだね」

 変わらないままだ、と深雪は思う。この共感こそが、陽彦の本質たましいなのだろう。

 きっとそれでいいのだ。それがいけないものだなんて、深雪も思いたくなかった。


煙草たばこが吸いてえな」

「だめ」

「分かってるって」

 つながりを確かめるように、短く言葉をわした。まちく人々が暗い眼をした理由が、少し分かった気がした。


「おれ、大人になれるのかな」

 呟きは誰に届くでもなく、灰色の街にんでいった。

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