――ようやく見つけた。

 消えてしまった人間あの子の、最後の祈りでもない。

 人間あの子になりたかった怪物フィンブルの、不器用な模倣もほうでもない。

 胸の奥底から湧き上がる、真実ほんものの願い。

 私はただ、陽彦たちを死なせたくなかった。

 

 単なるエゴイズムかもしれないし、脳に宿った思い込みバグなのかもしれない。

 それでも別に良かった。

 今ここにいても良いって思える理由こたえ=依って立つもの=未来あしたを示すしるべ

――思えばずっと、これを求め続けていた。


 私は私として、みんなと一緒に生きたい。きっと、

 

「■■■■■■ーーーーッ!!!」


 鳥女の金切り声ヒステリー――陽彦を、愛海を、聖二を、私を喰い殺すべく、猛禽フィンブルたちが殺到する。

 多方から迫り来る殺意のクチバシ――私一人じゃ、三人みんなを守りきれない。

 だから、

 

「「「「「「「■■■■■ッ!!?!」」」」」」」

 陽彦はるひこの刃が、敵をく。

 愛海あみの杭が、敵をく。

 聖二せいじの毒が、敵を射落いおとす。


 神経線維ごしに動きを与えた。彼らが悪意あくいに殺されないように。

 死の吹雪がすさ只中ただなかで、私たちは命を踊り続ける。


 陽彦と踊るワルツ――チェーンソーを振り回しながら、うちに眠るけものを引き出す。

 うまくいかない。いつも彼が見せるような、獰猛どうもうな力が湧いてこない。


 愛海と踊るタンゴ――引きつけた敵を、抱きしめて串刺くしざしにする。

 うまくいかない。攻撃を受けるのが怖くて、思い切った一歩を踏み出せない。


 聖二と踊るクイック――装填そうてんした針を、ひたすらにち込み続ける。

 うまくいかない。精密で素早い、あの機械のような狙撃スナイプが再現できない。


 かぎのかかった箱を、無理やりこじ開けようとしているみたいな手応てごたえ。

 そしてたおせばたおすほどに、それ以上の敵が飛来する。


「――っ、う……!」


 少しずつ、数に押されて傷を負い始める。

 陽彦の、愛海の、聖二の身体がえぐられる。三人の痛みが伝わってくる。

 再生を上回る速度で、傷が重なっていく――こんなはずじゃない。

 こんなやつらに負けるほど、みんなが弱いわけがない。


 狼男ウルフマン衝動いかり吸血鬼ヴァムピーラ快楽たのしさ蛇の王バジリスク冷酷かなしみ――どれも私には引き出しきれていなかった。


 歯がゆさを感じる。いっそ三人の肉体を、完全に支配してしまえれば

――いいえ、それだけはあってはならない。


 浮かび上がる誘惑よろこびに蓋をする。

 私自身が、彼らを殺す悪意にならないように。

 深雪あの子の時のように、全てを奪ってしまわないように。


「「「「「「「「■■■■■ーーー!!」」」」」」」」

 

 幾度目いくどめかの一斉攻撃――まずい、受けきれない。

 その時、にわかに感触フィードバック――神経線維越しに伝わる、の信号。

「……みゆ……き……はな……せ……」

 かすれた声が、聖二の口から零れた。咄嗟とっさ支配コントロールを解く。

 パシュッ、パシュッ、パシュッ――破裂音がつらなる。一瞬にして毒におかされた猛禽たちの身体が、にぶい音とともに地にちた。


「……どういう状況だ、これは。なぜ囲まれてる?」

 訊ねながらも、聖二は休まず引き金を絞りつづける。

「敵の能力で眠らされていた。たぶんガスかなにか」

「了解。二人を守るぞ」

 即答、そして正確無比な射撃。安心感すら覚えるほど――状況はまだ、私たちに不利なままだというのに。


 聖二の援護バックアップを頼りに、陽彦・愛海ふたりと繋がったまま渦中かちゅうを駆ける。

 やるべきことは分かっていた――怪物たちが死を恐れないのは、人型の魔声こえによって操られているからだ。

 鳥女あたまを討ち取れば、この危機を抜け出せる。


 数多あまたの敵にまぎれて飛ぶ、鮮やかな影を目で追った――マグマのように煮えたぎる憎悪の瞳が、私たちをにらんでいた。

 手下たち任せではなく、直々じきじきに私たちを殺したがっているのが伝わってくる。

 

「「「「「「■■■■■■■■ーーーーーッ!!」」」」」」

 嘴の波状攻撃ながれをいなしながら、その一瞬を待つ。

 来た――命をるべく、急速に迫る鳥女の鈎爪かぎづめ

 愛海の身体でめようとする――その両腕がくうを切った。

 鳥女が一瞬だけ、動きを遅らせた。揺さぶりフェイントをかけたのだと分かった。

 無防備となった愛海に致命の一撃を与えるために、鈎爪が振りかぶられる。

 間に合わないと思った。


「……あはっ」

 にわかに感触フィードバック――の信号。


「■■■■■■■■■■ーーー!!? ――ッ!!!??」

 私が支配コントロールを手放すのと、鳥女が悲鳴を上げるのが、ほぼ同時だった。

 愛海は迷わずに一歩を踏み込み、同時に左右の手を突き出していた。

 鳥女の両脚あしにぎりしめ、てのひらからくいを飛び出させていた。

 必殺ひっさつ武器ぶきであっただろう鈎爪が、根本ねもとから千切ちぎり落とされていた。


「■■■■■■■ッッ、■■■■■■■ィーーーーーッ!!!」


 鳥女の羽ばたき――滑空かっくうするようにその場を離れる。

 痛みに耐えきれなかったのか、雪上せつじょうを転がるように着地ちゃくちした。


「愛海、もしかして起きてた?」

「深雪ちゃんが、聖二くんとおはなししてた辺りから」

「もっと早く、教えてくれればいいのに」

「こうした方が、鳥さんがだまされてくれると思ったんですっ♪」


 一歩間違えれば死にいたっていた綱渡つなわたり――けれど、怒る気にはなれなかった。

 これが愛海の強さなのだ。その危なっかしさすら、今は頼もしい。


「一緒に戦おう、愛海」

「は~いっ!」


 思い思いに駆け出す――敵の群れが愛海に引き寄せられる。

 怪物フィンブルをも魅了する何らかのフェロモンが、彼女にはあるのかもしれない――時々、そう思わずにはいられなかった。


「■■■■■■■■ィ……――」

 鳥女の傷口からふくれ上がったピンクの肉腫にくしゅが、急速に元の形をしていく。

 その出来かけの脚で地をって、再び舞い上がろうとしている――良くない予感がよぎった。


 脚を奪ったせいで、かえって敵を冷静にさせてしまった。

 聖二と愛海が目覚めたのはたぶん、雪上車にかれた怒りと、なぜか毒の影響下でも動ける私を見たことで、毒をくのをやめたからだ。


 鳥女は攻撃が届かない上空まで逃げるつもりなのだろう。そのまま退くというのなら構わない。けれど、もう一度毒を撒かれたら?

 一度目覚めた聖二や愛海に、耐性はついているのだろうか。むしろ、二度目はすぐに効く可能性は?


 ここで逃がすわけにはいかない――けれど、距離にしておよそ三十歩。

 聖二の射線しゃせんは飛び交う猛禽にさえぎられている。

 私の攻撃が届くより、鳥女が飛び立つほうが早い。


「おい」


 にわかに声――うすぼんやりとまぶたを開く陽彦。

 その全身が変質へんしつする。毛並けなみが伸び、輪郭シルエットが膨れ、人間ヒトよりもはるかに力強くてあやうい、半獣ワイルドハントのそれへと作り替わっていく。


 そして感触フィードバック――信じられない。

 反抗ではなく、調の信号――と私に告げていた。 


 ほんの少し加減かげんあやまれば、彼の全てを奪ってしまうだろう。

 むしろ思い切ってもぐり込んだ――陽彦がそう望んでいるのが分かったから。


 脳の安全帯リミッターを解除/ミシミシときしむ音/共有するいたみ/極限きょくげんまでちぢめたバネのように、陽彦の全身に力がみなぎる。

 陽彦が私を信じてくれているのが、神経線維ではなく、を通して伝わってくる。

 そのことがただただ嬉しくて、私はもう、これ以上ないぐらいに笑った。

 

「「……あああああああああああああっ!!!!」」


 私たちは、一つになって叫んだ。


 足元の雪をぜ飛ばし、神経線維を引きちぎりながら、陽彦は弾丸だんがんになって飛び出した。


「■■■■■■■■ァァァ!!!――」

 チェーンソーの駆動音ギャリリリリリリ!!――鳥女の叫びがき消える。


 雪の大地に、とびきり綺麗な赤い花が咲いた。

 陽彦が武器の駆動スイッチを切る――しん、と世界が静まり返った。


 ※※※

 

 ふっと力が抜けて、背中から雪の上に倒れ込む。

 急激におそってくる睡魔すいま――いけない、脳を酷使しすぎた。

 ぼやけていく視界。蜘蛛の子を散らすように、空へと消える猛禽フィンブルたち。


 もった雪を踏みつぶして、陽彦が近づいてくる音。

 彼が何か言う前に、私は伝えることにした。

「ごめんなさい」


 ごめんなさい。あなたたちが幸せになれる、またとない機会チャンスを潰してしまって。

 ごめんなさい。深雪あの子から全てをうばった私が、自分だけの願いを持ってしまって。

 ごめんなさい。こんなに酷いことをしたのに、なんにも後悔していなくて。

 

 そんなひとの気も知らずに、陽彦は。

「意味分かんねえし。なんで笑ってんだ、お前」

 ぶっきらぼうな、けれど優しい声で、そうこたえた。


 その答えに満足して、私はひとみを閉じる。

 なんだか今日は、素敵な夢が見れそうな気がした。

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