適当

@hazuki621

第2話

「誰、ですか……」


視界に同年代ほどの少女が映りこみ、抑えきれない衝動が身体を深々と貫く。

鼓動は、自然と速まっていた。拍動の音に合わせるように、僕の中で何かが狂い始める。

震える腕は、ポケットのなかにあるものを勝手に掴んでいた。燃えそうなほど熱い身体とは対照的に、手の中の凶器は驚くほど冷たい。


「はは……っ」


ゆっくりとポケットから姿を現したのは、何の変哲もないナイフ。

ただ、日を受けて煌くその刃を見たとき、頬がだらしなく緩むのが分かった。


「ひっ……!」


同時に、少女の口から短い悲鳴がこぼれた。

萎縮し、怯えた表情。その表情を見るたび、


『引き裂きたい、削ぎたい、殺したい』


あふれ出す黒い感情が、胸中を占める。


「はは……ははは」


口角を吊り上げ、僕はナイフを振り上げる。


そして――


「っ、ああああ!」


僕の中に残る欠片ほどの理性が、全力で衝動への拒否反応を示す。

きつく噛んだ唇からは血が滴り落ち、震える腕はナイフの切っ先をぶれさせる。

眼前で震える少女は、呆然と僕を見上げていた。


「はや、く、逃げて、くれ……! 早く!!」


叫びながら、ナイフを勢いよく振り下ろした。鋭い切っ先は、少女の頬を浅く切り裂く。ただ、脅しはそれだけで十分だったらしい。少女はハッと我に返ると、足を震えさせながらその場を立ち去った。


――安心、なんてできなかった。


その場に崩れ落ちた僕は、荒れ狂う衝動と対峙する。


『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』


「嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだっ……!」


地面に額を打ち付けるたび、血が舞い飛ぶ。


「やめろ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」


何度も、何度も。


「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ!!」


額が割れ、視界が赤く染まる。


だというのに――


『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』


衝動が、消えてくれない。






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