〇二四 虐 殺

 「い、絲井さん、俺、人間撃つのって初めてなんですよ。最初が子供ガキっていうのは気が引けますけど……。

 やっぱり狙うなら頭ですかね?」


 一番若い眼鏡をかけた男が、舌なめずりしながら両手で銃を構えた。


「馬鹿野郎、狙うなら心臓だ。デコっていうのは意外と丸い。ガキのものともなるとなおさらだ。結構れて致命傷にならねえ」


 三つ揃いのスーツの男が遊底スライドを引く。


「せめてもの慈悲だ、苦しまねえように即死させてやる。

 比良墳、そのあと試し撃ちに使え」


 ピュン ピュンピュン


 ど  さっ


 胸を撃たれて、糸が切れた操り人形のように少年は倒れた。


「ざっとこんなもんだ。さっきはなんか妙なことしてやがったが、撃たれりゃ死ぬ。おい、比良墳、お前も撃ってみろ」


「あ……はい。ちくしょー、今さらなんですけど俺が息の根止めたかったなーー。

 まあでも人生初の拳銃チャカだ。試し撃ちにはぴったり――――」


 次の瞬間、倒れていた子供は何事も無かったように、むくっと上体を起こす。

 にたっ、と笑って立ち上がった。


「うわっ!!」「なんだ!? ちゃんと当てたぞ!!」


「ほら、的に当てやすいように立っといてやるよ。お望み通り、息の根止めて見せてよ。できるならね」


「うわっ!! うわあーーっ!!」


 撃たれた筈の子供が立ち上がる。不測の事態に恐慌状態の男は、引鉄を何度も引いた。

 拳銃の弾丸を全て撃ち尽くす。

 が、ディクスン・ドゥーガルは両手を広げる。顔に風でも当たっているかのように涼しげだ。


「なんだ? このガキ!!」


「おい、この際構わねえ! 撃ち尽くしてでも確実に殺せ!!」


 ピュン ピュンピュンピュン!!


 その時事務所にいた全員が拳銃を構え一斉に撃つ。状況が見えないのと興奮で、全員が息を切らせていた。


 ころ ころころ かろん


 目の前の子供は、口の中で何かを転がしていた。


 ころ からころ   かちん


「べえ」


 おどけたように舌を出す。そこには――――今撃ったばかりの鉛弾があった。


「――――ひっ」


 撃たれた胸からは血が一滴も出ない。代わりに、黒い煤のような何かがわだかまっていた。


「はあ、やっぱり痛くもなんともない。つまんないなあ。

 君たちのターンは終わり。今度はこっちの番だね」


 魔少年は頬を膨らませた。口を尖らせ、狙いを定める。


 ぷっ        ビスッ


「お……おお……」


 赤ら顔でスキンヘッドの男が仰向けに倒れた。その眉間には、丸く鉛弾がめり込んでいる。


「ヘッドショット、そんなにむつかしくないじゃん。これで何匹殺せるかな?」


 銀髪の少年は、口をすぼめて鉛弾を撃ちだした。一人、また一人と斃れる。

 ものの十秒もかからず、ほぼ全員が眉間を撃ち抜かれた。





「……あ、あああ……」


 残ったのは、一番若い眼鏡をかけた男だった。全身から汗が流れ出ている。周りは事切れた男達で、埋め尽くされていた。


「うわああああーーーー!!」


 出入り口に駆け寄り、ドアノブをガチャガチャ回す。

 が、黒い靄がドアを接着していた。その手にも黒いものがまとわりつく。コールタールのようなそれは、手を振っても離れようとしない。

 その背後に魔少年は迫った。男は振り返りしりもちをつく。


「えーと、比良墳くんだっけ? 一人だけ逃げるなんてしないでよーー。

 しかし興醒めだなーー。そのサイレンサー? 音がちゃちくて間抜けだったよなあ。

 もっと『ガァン』とか『バァン』とか音がすれば盛り上がるのに」


「頼む、助けてくれ! 俺はこの事務所入ったばっかなんだ! 言っても悪いことなんてまだ何もしてない!

 それに彼女がいて、妊娠三か月目なんだよ! 今、今俺が死んだら……!」


「あーー、そうなんだーー。じゃ結婚前に未亡人確定だねーー」


 虚神ウツロガミの魔少年、ディクスン・ドゥーガルは片手で残った鉛弾を、じゃらじゃらともてあそぶように鳴らした。

 おもむろに、目深にかぶっていた袖なしロングパーカーのフードを外す。

 酷薄な視線が、目の前の男に向けられた。





虚神ぼくの同情引こうなんてのが、そもそも間違いなんだよ」




   ***




「ふう、結局19人皆殺しか。しかもうまいこと銃撃戦に見立てて殺してる。だがな」


 初老の監察医が、遺体の前で合掌する倉持に話しかけた。


「こいつらが撃たれた弾丸、出処はどこだと思う? 事件現場・・・・なんだよ」


「どういうことです?」


「拳銃は全部被害者ガイシャたちが持ってて他の指紋はなし。

 被害者たちが撃った弾丸タマを一つ残らず集めて、同じ銃で撃ち直してもこうはならん。

 旋条痕が二回分付くからな。おまけに現場に、被害者以外の弾痕が一つもなかった。

 内部分裂でも起こって撃ち合いしたにしては、被害者はほぼ全員同じ方向を向いていた。

 一人を除いて全員、眉間に撃たれた一発で絶命してる。

 だが、最後の一人は……残りの鉛弾全部、至近距離で胴体に喰らってる。

 それも当たったのが弾頭だけじゃない。身体に入った弾丸は、底面や斜めに撃ちだされてるの、さまざまだ」


「……じゃあ、犯人ホシは敢えて自分を撃たせてから、その弾丸を何らかの方法で高速で撃ち出して、殺害したってことですか」


 倉持安吾は、管轄外でも人手が足りないという理由で無線連絡を受け、現場に直行した。平日の昼下がり、雑居ビルは救急車が多数集まっていた。

 規制線を張った現場周辺には、野次馬が多数押し寄せていた。

 が、現場は多少争った跡こそあれ、19人も殺害された現場とは思えないような静けさで、倉持には違和感しか感じなかった。

 怨恨でも金銭目的でもない、ただ『生命を奪う』。それだけを作業のように行ったうすら寒さがあった。

 そして今、監察医に事件の異常性の説明を受けている。


「一応の筋は通るな、まるっきり常識を無視しているが。

 おまけにこれだ、さっき鑑識に渡された」


 監察医があごで隣のテーブルを示した。小さなスニーカーの足跡が採取されている。


「こりゃどう見たって子供の下足痕ゲソコンだ、場違いすぎる。

 最近の筋者すじもんは、自分の子供を職場見学させてんのか?

 極めつけは……直接の死因は弾丸によるものだが、死後・・全員大量に血液を失ってる。蜂の巣にされた若いのも、出血がほとんどなかった」


 ベテランの監察医の言葉に、倉持は無言でうなずいた。


 「心臓が止まった人体から、一切の傷をつけずに血液を抜くなんてのは、人間の仕業じゃ到底あり得ねえ。

 断定するにゃあ早すぎるが、こいつはお前さんら、F課の管轄だろうな」


「ええ、連絡いただいて助かりますよ、山本ヤマさん」


「その呼び方やめろって言ってるだろ、ドラマじゃねえんだ」


 倉持はバツが悪そうに頭をかく。


「すいません、俺、形から入るタイプなんで」


「まあそれはいい。どうせ犯人ホシは……なんだろ? 深追いはしないでに判断を仰げ。いいな」


「ええ、わかってます」


 倉持は神妙な面持ちで返した。


「俺だって生命は惜しいですから」




   ***




【はい、倉持……ああ、言った通りだ。表立っては暴力団員同士の抗争ってことでアナウンスするだろうが、ほぼ間違いない。『原料』にされた】


 通話しつつ倉持は苦い顔になる。それが何を意味するか、自分も相手、清楽きよらもよく理解しているからだ。


【わかったわ、上にもその線ってことで報告します……このことは白聖しらひじさんには?】


六花りっかにはこれから電話する。こればっかりはさすがにメールで既読確認ってわけにはいかないからな】


【ええ、そうね。……倉持、無理はしないでね】


【お前までそう言うのか? わかってるよ。俺ができるのはせいぜい情報収集だけだからな】


【そうやってねるところが無理してるってこと。頼れる相手がいるうちは頼りなさい。それじゃ】


 倉持は大きく息を吐いて窓から空を見上げた。自分の陰鬱な気分とは裏腹に、ぽっかりと雲が浮いた青空だ。


 喫煙室で煙草をくわえるが、思い直しその場を慣れた。




「頼る相手ったって、それが女の子っていうのがかっこつかねえよなあ」

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