〇二五 夜 行

「もし迷惑なら私が少年の家に行こうか?」


 六花りっかの急な問いかけに、私だけでなく岳臣君もむせた。


「なんか、少年がこの家に来るのそんな歓迎されてないみたいだし。

 少年、親御さんとか仕事で出払ってて、今実質一人暮らしだろ? 家がダメならホテルでカンヅメとか……」


     ゴホッ  ゴホッ


 明日に備えて座敷で夕食を囲んでいた。その矢先に急に言われて、気管にみそ汁が入った。ごはんの時に、急に変なこと言わないでほしい。

 ちなみにメニューは、五徳猫と猫又が『敵に勝つ』とげんをかついで、ステーキととんかつ。それにおからとコールスローに巻繊汁けんちんじるを作って同時に出してくれた。

 気持ちは嬉しいけど、正直だいぶ重たい。


「ダメに決まってるでしょそんなの! あなたはともかく岳臣君は……!」


「なに?」


「……高校生なんだから、無断外泊はダメでしょ」


「ここはいいの?」


「保護者、っていうかおじいさまがいるから……」


「じいちゃん寄り合いだって」


 こんな日に限って、おじいさまは仕事(?)で外泊している。


猫又またちゃんは、少年嫌ってる。っていうか、涼子に近づくのは悪いやつって思ってるからねえ」


 私が猫又を軽くにらむと、猫又はしゅんとする。ああ、そうじゃないんだってば。


「なにかあったら大変だから……」


「なにかって?」明らかに面白がってる。


「とにかく! 岳臣君は泊まってもいいから、変な道に引き込まないで」


「いや、涼子を困らすつもりはないんだよ。ただ、彼は非戦闘員だけど、私にとっては実質戦力だから。

 涼子もだし、猫又またちゃんも五徳猫ごとちゃんもそこだけは分かって」


「はい……」


 私を思うあまり、岳臣君に厳しい猫又が折れた。


「よし、というわけだから少年、親睦を深めるためにも一緒にお風呂に……」


「りっ、かーー!」


 そういうとこが信用できないんだってば。


「冗談だって。でもここのお風呂は気持ちいいねえ」


 それは掛け値なしに賛成できる。普通の水道じゃなく、滝の上流から清水をパイプで流れるように施工してある。おかげで私の肌はいつもすべすべだ。


「んじゃ、晩酌もしたし、お風呂入って寝よう。少年も私の後に入って」


「あ、はい」


 最近、誰が家長だか分からなくなってくるなあ。




   ***




 ん……ああ涼子さんの家だ。今夢見てたな。で、時刻は……深夜2時か。

 ふう、やっぱり何回か来ても慣れないな。

 ご飯もすごい美味しかったし、布団もいつも清潔だし。

 六花さんは美人だし、猫又さんは僕にちょっと当たりがきついけど、スレンダーだよな。五徳猫さんは家庭的で胸が……いやいや。

 でもやっぱり涼子さんが――――でも僕が六花さんと二人きりになるのは、なんかいやみたいにしてたけど……。

 まあそれはないか。多分世間一般の常識内で、若い男女が二人きりっていうのがだめってことなんだろうな。

 和室の天井って、なんかあみだくじみたいに見えるよな……。僕の人生のベストの選択ってなんなんだろ……?



            かさっ


     すーーーー。    すーーーー。


            ――――え!? 涼子さん!? なんで僕の布団の中で涼子さんが寝てるんだよ!!

 反射的に布団から脱出した。一方の涼子さんは――――なんか前髪が濡れておでこに貼りついてる。……寝汗?

 それに、シルクのパジャマの前がはだけててすごいセクシーだ。

 障子からの薄明かりで見る涼子さんの寝顔……すごいかわいいな……。唇とか薄いピンク色で、柔らかそう……。


   ――――すーーーー。 すーーーー。


 おそるおそる手の甲を顔に近づける……息が手にかかった。

 うわ、すごいくすぐったいっていうか気持ちいい。

 やばい……動悸どうきが……。


   ドクン   ドクン   ドクン


       ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ


            ――――ごくっ。




        ――――ミシッ   ミシッ   ミシッ



    ――――え? 足音?



 ――――どこですかーーーーりょうこーーさまーー。


         りょぉーーこぉーーさぁーーまぁーーーー。


 どこか遠くから、猫の唸り声みたいな声が響く。


 ガラガラッ    ピシャ――――ン


 障子の向こうが青白く光って、雷が落ちた! 晴れてたよな? 外。その向こうに――――

 首筋に、でかい岩杭が突き刺さったみたいに生えてる巨大な虎。

もしかして、あれが御滝水虎おんたきすいこ!? でかいだけじゃなくて、怖すぎるよ!

 それと、明らかに普通のと縮尺が違う、しっぽが二股の直立歩行するでかい猫二匹。それから、やっぱり立って歩いてる狐くらいある大きなイタチが三匹。

 その後ろに、ぺらぺらの白くて細い手がやたらたくさん伸びてる! なんだよアレ!

 ……『細手長手ほそてながて』!? あれって確か岩手県の遠野地方の、座敷童の一種だろ!? なんで神奈川県に顕れるんだよ!!

 縁側で一列になって行進してる……百鬼夜行だ……! なんか眼が光ってるし陽炎かげろうみたいなのも立ってる……。話ししてる!


「りょうこさまはどこだ?」「ちかくには いる、においがするぞ……」「なにかあったら いちだいじだ」「ちかい、ちかいぞ」「さがせ、さがせ」

「ここか」ガラッ

「りょうこさま、なぜここに?」「そんなことより、ごぶじでなにより」


 ふーーーー、ふーーーー。


 よかった、間に合った。

 妖魅たちが障子を開ける一瞬前、僕はなんとか押し入れの中に入れた。


「うん? なんだかオトコくさいぞ」「そういえばオトコくさい」「あのオトコがいないぞ」「もしやあのオトコ、りょうこさまに ふらちろうぜきを?」「だとしたらあのオトコゆるさん」「いいきかいだ、もしそうならばあのオトコ……!」


 ……! 思わず口を押さえて呼吸を止める。


    ――――ミシッ ミシッ ミシッ ミシッ ミシッ


 妖魅達が座敷を回るあしおとが聞こえる……!



     ぐるるるるるる  ぐるるるるるる  ぐるるるるるる


 30分後、ようやく妖魅たちが涼子さんの周りに寝ついた。僕はまたしても、仕方なく押し入れに入ったまま寝ることになる。




 なんか、天国から地獄に、一気に落とされた気分だ……。

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