「鵼(ぬえ)の章」
〇二六 洛 中
「いつまでふてってんの? せっかくの旅行なんだからもっと楽しそうにしなよ」
隣の席の
だけど、私は窓際で
無意識のうちに岳臣君の休んでいる座敷の客間に行って、彼の布団に潜り込んだようだ。一歩間違えたら寝込みを襲うとか、勘違いされちゃうじゃない。
恥ずかしいよりも先に自己嫌悪が勝っている。
目が覚めたときには岳臣君はもう起きて着替えていたけど、押し入れに入って息を殺していたみたい。なんだか申し訳ない。
昨日私……というか『夜叉姫』は、夕食を食べてシャワーを浴びたあとまた深酒していた。
夜叉の浄眼を展開する、しないに関わらず浄眼に宿った夜叉姫の人格は、事あるごとに浮上して私の身体を乗っ取る。
とは言え、多重人格者みたいに、完全に記憶や意識が切り替わるわけじゃない。ある程度記憶に残るしこちらの認識、判断が反映される。
いっそのこと、全部乗っ取られていた方がいいと思える時も、なくはない。
浄眼による自浄、解毒作用が働いてるみたい、二日酔いとか体の不調は全くないけど、それだけに精神的に重くならざるを得ない。
いつだったかは――――夜叉姫が酔った勢いであんな格好――――ランジェリー姿にシルクのシャツという妙な姿にして(させられて?)た。
しかもまた岳臣君に見せて――――自己嫌悪が半端ない。
何とはなしに、座席の斜め後ろを見る。
今日も今日とて岳臣君も同伴。ついでに
もっとも岳臣君の情報収集、解析能力はお世辞抜きで役に立つ。だからといって一般人の彼を
もう一つは、学校の中で私と彼が付き合っている。少なくとも家族公認の仲になっているという噂が、校内でゆっくり
いつだかの
今のところ誰とも付き合うつもりも、付き合っているつもりもない。彼のことは嫌いでも興味がないわけでもないけど、正面切って好きか、とか手放しで魅力があるか、とか聞かれるとだいぶ考えてしまう。
そこでいや待てよ、と思う。そこまで彼のことを、ああでもないこうでもないと考えるのは――――
「どうした? 考え込んでるみたいだけど」
六花に声をかけられて、我に返る。
「べ、別にっ」
「……男のことでも考えてた?」
図星を指されて二の句が継げない(確かに性別は男だけど)。
もしかしたら、
「いや、あんたくらいの歳の子で、悩み事ったらそれくらいだからね」
「男って言っても……」
「いやあ、少年は――――タケオミくん? ちょっとオンナゴコロが分からないとこあるからねえ。でもわるいやつではないよ? 私の宿題手伝ってくれるし」
うん、まあと
そもそもなんでこんなこと考えてるんだろ? 首を左右に振って思考の流れを止めた。
「で、今日契約する妖魅だけど、えっと……」
「うん、
おーーい、しょうねーーん」
「はい、なんですか?」
「涼子に鵼の説明お願い。わかりやすく教えたって」
「わかりました。えーっと、鵼というのは出典が『平家物語』などだから意外に古いです。
顔が猿、胴体が狸、手足が虎、尻尾が鎌首を
そして鳴き声がトラツグミっていう、一種の
ちなみに鳴き方は『ヒョーー、ヒョーー』っていう薄気味悪い感じですね。
もともとは鳥の一種と考えられていて、正体不明な物事を『鵼のごとし』と言うようですがここから来ているみたいです。
それから、この鵼を退治した伝説ですが、平家物語や摂津の国の――――」
彼は相変わらずといえば相変わらずね。私はあくびをかみ殺しながら聞いてるけど、六花は彼の様子も含めて面白そうに聞いている。
「……で鵼ゆかりの伝説とか史跡が多いですね」
「そう、で『そうだ、京都、行こう』になるってわけ。ちょっとした修学旅行気分だよ? うーーん楽しいねえ」
屈託なく話す六花は本当に楽しそうだ。今朝も東京駅に着くなり、お弁当屋さんを賑やかして三個も買っていた。
もう初夏の陽っていうのに、相変わらずの黒のロングコートに黒のレザーパンツといういでたち。
黙って立ってると様になるのに、駅弁のビニール袋を提げているのはなかなかシュールだ。
その上で駅弁を開けてから、スマホで撮影してる。私自身はあまり詳しくないけど、駅弁や鉄道オタクのようでもある。
私の方は妖魅と契約しなきゃ、というのと地理情報に明るくないから、気が気じゃない。
それに、倉持とかいう刑事も気になる。普段は
一方の岳臣君は、興味や趣味の幅が広いみたい。あれこれと下調べを欠かさずにしていた。
「まあ、こういうとこは評価できるか」
私は小さく口の中で呟く。
新幹線は今浜松を抜けた。六花と岳臣君は揃ってスマホで富士山を撮影している。のんきなものね。
***
「おーーし、京都ーーーー、キターーーー!!」
京都駅前で、六花は身体をかがめたあと、大きく両手を上に伸ばして叫ぶ。
その様子に、修学旅行で来ている中学生の団体がざわめきだした。なまじ整った顔立ちに、モデルみたいなスタイルと服だから余計にたちが悪い。
中には無遠慮に撮影してる坊主頭もいる。恥ずかしいなあ。
「もう、遊びに来たんじゃないんだから。さっさと行きましょ」
私は六花の袖を引っ張る。私はどうにも人混みが苦手だ。
京都に着いてこっち、六花はお土産を買うのに専念して、目的地の
買うものもテナント、
本人は予算を
「少年、これも持っておいて、おじいとか、
「は、はい」
岳臣君は……召使いよろしく両手に大量の紙バッグを持たされて、六花のあとをついて回っている。
かと思うと六花が買ったソフトクリームを一口もらったり……ほんとに子犬みたいなんだから。
「ねえ、買い物もいいんだけど、そろそろ鵼塚ってところに行かない? あんまりのんびりしてると今日中に帰れなくなるんじゃないの?」
あまりにも緊張感がない六花に私は文句を言う。
「鵼塚って、京都にはないよ?」
――――え?
「そうですよ。
『平家物語』とかに載ってる鵼は、確かに京都の役人の詰め所『清涼院』で
けど、その
「んじゃ、なんでわざわざ京都に降りて、お土産買ってるの!?」
「そこはまあ、それ。記念に? あ、少年荷物持ちありがと。これくらいの量だったら夜叉の浄眼に収納できるから」
「な……だったら最初に言ってくださいよ! なんでこんなたくさん持たせたんですか!?」
「なんてーかあ、こう、両手に紙バッグ一杯持ってると、旅行気分満喫してる感じになるじゃん?」
「「…………」」
六花の言葉に私だけでなく岳臣君も絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます