〇六九 承 諾

「で、悪ガキどもの火遊びの現場がここってわけか。いいご趣味なことだな」


 軽口を叩く倉持くらもち安吾あんごに、清楽きよら秋子は肘鉄を喰らわす。


「どこがどういいわけ? ただでさえ無理強むりじいされているのに、こんな不衛生なところで……。通報者の話だとここになるわ、徹底的に調べて」


「了解」




 時刻は、涼子たちが福岡県をつ時から、少しさかのぼる。

 都内、おおよそ人も寄り付かないような山奥に建てられた廃病院の一室に、二名の刑事がいた。

 公安庁F課に勤めている、倉持くらもち安吾あんご巡査部長。

 形の上では彼の上司になる、清楽きよら秋子あきこ警部補の二人は、福島県猪苗代城から福岡県に向かう途中、無線連絡を受け急遽きゅうきょ行き先を変更した。

 そこで、性犯罪の痕跡を目の当たりにしていた。


「これだって、脅迫に拉致監禁、それに強姦致傷の被害現場でしょう。調べて被疑者を送検しないと」


「その被疑者らしいのが、昨日の通報でわかった。

 ほぼ同じくらいに、私立名門の大学生五人が行方不明。

 彼らは『屋外レジャーサークル』に所属して、親が官僚の絲伊浩敬氏初め、大企業の御曹司だとかで目立つ存在だった。

 その彼らが同時に失踪、手がかりもないことでSNSが炎上して?

 で不明の学生たちの愛車、高級外車二台が廃病院の裏手に停まったまま。行方不明で捜索願を出されてるんだろう?

 生活安全課だって暇じゃない。状況証拠は……ここに落ちてたスマートフォン。それに、はっきり残ってる足跡ゲソコン

 こりゃもう、被疑者死亡で書類送検で処理していいと思うがな」


「あなたはそれでよくても、心と体に傷を負わされた子が何人も確実にいるのよ。

 本人たちを目の前にして、今と同じことが言えるの?」


 にらまれた倉持は肩をすくめ、ビニール袋に入ったスマートフォンを見やる。


「これ見よがしに証拠品を置いていくあたり、隠す気もなし。スマホは鑑識に回してパスワード調べてもらうとして」


 倉持は懐から大型のスマートフォンを取り出す。


「こっちは……大量の観念子ミームが計測されている。

 だいたい犯罪者のたまり場は、虚神ウツロガミの狩り場になるのはセオリー通りなんだが、今回はちょっと普段と勝手が違うようだな」


 倉持は乱雑にものが置かれた病室を見渡す。


「奴らが虚兵ウツロへい、部下を殖やす時、高確率で虚神の残りかす、鉄錆や煤みたいなのが残るもんだ。だのに、ここにはそれがない。

 通報した女の子に事情聴取しておいてよかった。

 ここに拉致されたけど、この場にいた女が何か言ったら紫色の豚が顕れて、二人が無残に殺害された。いや喰われたってみるのが正解か。

 その後バケモノがさらに二匹顕れる。これが男らを一人ずつ、妙な方法で喰い殺した。

 その後、バケモノが三匹、腕がやたら長い魔法使いに刀にされて?

 残る一人、サークルのリーダー絲伊祥橘君が、紫色の刀で刺されて消えて無くなった。

 やっぱりあれだな、捜索願出した親御さんらには、

 『息子さんらは集団連続レイプ犯で、本物の悪者に目をつけられて、虚神の武器にされてしまいました。お互い悪いことはできませんね』。

 そう伝えた方が――――」


「倉持巡査部長! 真面目にやりなさい!」


「やってるさ、被害者の女の子らには悪いが、さらに犠牲者を多く産む事態になりかねん。

 俺としては拉致監禁より、虚神がやろうとしてることの方が気になる。

 やつら――――虚神は夜叉姫と同じように、妖魅を武器にしている。戦力増強、それは間違いない。

 なんとも嫌な予感しかしないが、俺の推測を言う。

 妖魅を武器の形の虚神にすることで、本人たちでなく、普通の人間にも――――」


 プルルルルルル


「はい」


【おっ、珍しくワンコールで出たね。こっちは涼子と合流できた。

 あと新しい夜叉姫、八千桜やちお百々香ももかちゃんにも会えた。

 牛鬼、濡れ女と契約、それに虚神に奪われてたぬえも奪い返した。戦績としては大金星だね。ま、私がやったわけじゃないけど】


「ああ、そうだったな。亀姫の件は……悪かった」


【おっ、珍しく殊勝だね。いいよ、取り返せば済む話だ。

 安吾アンコに死なれるといつもの軽口が聞けなくなるし、寝覚めが悪くなる】


「そう言ってもらえるとありがたい、それに俺は安吾だ。アンコじゃない」


【そうそうそれそれ。じゃこれから東京に戻る。清楽ちゃんも一緒だろ? あんたがたはいま何してるの?】


「いつもどおりさ。ウツロに消された連中の身元捜査やら、残務処理だよ、じゃあな」


 通話を切ったあと倉持は息を吐く。

「虚神もそうだが、新しい夜叉姫だって? 『上』は何も教えてくれねえしなあ」


「知る必要がないから教えないってことでしょ。下手に首突っ込んで彼の二の舞になりたいの? わかったら手を動かす」


「はいはい」


「はいは一回!」




 ***




「ただいまーー! うーーん、やっぱり家が一番だニャーー。

 この玄関のひんやりした空気、久しぶりに入ると既視感デジャヴと新鮮味が入り混じる独特な感覚。

 この感覚を味わうのが、旅行の醍醐味だニャーー」


 家に着くなり開口一番、火車が伸びをする。私以上に我が物顔だ。


「おお、大所帯になって。火車殿、みなさん、お帰りなさい。首尾はどうでしたかな?」


「もちろんばっちしニャ。新規契約2件、よそに取られてた顧客も取り返せたし、おまけに35年ローンで家計も大助かりだニャ」


 わけのわからないことを言いながら、火車はおじいさまにお土産を渡す。


「やっぱり博多と言えば明太子だニャ、私は辛いのは苦手ニャが、光蔵は大好物ニャろ?

 んでこっちの苺フロマージュと、鶏の唐揚げ努努鳥ゆめゆめどりは自分へのご褒美ニャ」


「あ、ありがとうございます……」


 火車……おじいさまにプリン体多い食べ物駄目だから……。ぼんやりした頭で、それでも心の声でツッコミを入れる。


「お帰り涼子、お疲れ――――」


 おじいさまにただいまも言わず、私は階段を上がる。心持ち足がふらついてた。


「りょ、りょうこ……やっぱり留守中鑑賞会してたのを怒ってるのか――――」という声が聴こえた気もする。


「じいちゃん、涼子は今青春が煮詰まってる。そっとしとこう」





 ばふっ


 ベッドに五体投地する。ひんやりした感触で多少頭がしゃっきりした。


 ――――はあ、なんだってよりによってあんなタイミングで――

 さっきの一連のやり取りを思い出していた。




 ***




 駅の暗がりで、私の意識は自分のうちに入った。

 そして『私の身体』が、岳臣君にキスしながら抱きついた。

 何秒かして離れた後、私の身体を使っている彩月が唇をペロッとなめる。そしてデートしようと提案した。


「涼子からもう許可は取ってある。詳細は追って連絡するから、一日私と付き合ってくれ」


「え……? でもなんで夜叉姫さ……いや彩月さんが僕と……?」


 彩月さつきは腕を組んで少し考えた。


「うん、最初は線も細いし、言われたことしかやらないやつかと思ってたが、ここ一番でやる時はやるみたいだし。それに岳臣がよく見えるのは涼子が影響してる。

 自分たちじゃあまり気づいてないようだが、ここ最近涼子はだいぶお前を意識してる。

 それが、肉体からだ精神こころの一部を共有している私にも移った。

 熱に当てられた、というのが正しいかもしれん。もちろん二人の意思はなるべく尊重したいが……」


「それだったら……正直彩月さんの申し出は嬉しいです。でも……断ります」


「うん、一応理由を聞こうか」


「彩月さんは過ぎるくらい魅力がありますけど、僕が好きなのは涼子さんですから」


 今、身体が熱くなるのを感じていた。顔が茹だって、皮膚より外側まで熱くなる。


「……そうか、残念だな」彩月が岳臣君に背を向けた。


「ちょっと待って、岳臣君、彩月とデートして!」彩月に主導権が移った状態でも、声が出た。


「彼女、ずっと夜叉の浄眼として意識だけの状態で動けなかったの。

 だから、外の世界とか色々楽しみたいんだと思う。だから岳臣君、彩月とデートして」


「いいのか?」「いいんですか?」


 二人は異口同音に尋ねてきた。無言でうなずく。


「私が逆の状態でもそうしてもらいたいし。だから、お願い」


「……そこまで言うなら、わかりました。彩月さん、どこか出かけましょう」


「ありがとう、岳臣。それに涼子」


 そこで岳臣君とは別れる。自転車に乗る背中が前より大きく見えた。




 ***




 我ながら、何言ったんだろうとは思う。でもあの時はああ言うしかなかったし。

 自己嫌悪ってほどでもないけど、なんかこう……いたたまれない。

 と、右腕の感覚がなくなった。スマホを取り出してすごいスピードで何か打ち込む。いつの間に、とも思うけどけっこう現代になじんでるな。


【後悔してるのか? 恩に着せるつもりもないんだろうが】


「後悔ってほどじゃないけど……なんで岳臣君なの?」


【なんでって、涼子と同じだ。あいつが好きなんだ】


「……!」


【と言ってもLOVEじゃない、LIKEだな。

 で、肝心のデートコースだけど、どこがいいかな】


「なんで私に聞くの? そもそも私だってデートなんて……」


【行っただろ? 海が見えるカフェでパンケーキ食べて、本屋賑やかして】


「あれは鎌鼬と契約するためで――――」


【そうそう、鎌鼬が暴れて下着ショーツ見られた】


 いきなり黒歴史を暴かれた。ベッドに突っ伏して足をばたばたさせる。せっかく忘れてたのに、なんで思い出させるの?


【そういや、下着と言えば、まだおろしてないのあるだろ? あれ穿いてっていいか?】


「なっ、なんで!?」


【いや、デートの終わりったら普通は連れ込み宿ホテルだろ?

 岳臣と一泊する。ちゃんと着けるものは着けるし】


 がばっと跳ね起きた。


「だからーー! なんで私より――――!」


 思わず失言するところだったけど、なんとか踏みとどまった。でも彩月は聞き逃してくれなかった。


【なんだ、泊まる意思はあるんだ。じゃあ後がつかえてる、早くしてくれ。

 どっか、河原の橋の下とかで段ボール敷いて、ちゃっちゃっと――――】


「私はーー!! イヌネコじゃなーーーーい!!!」





 思わず声を張り上げる。その声は家どころか森中に響いた、らしい。

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