〇六五 集 結

「え!? なんで急にそんなこと……」


「急にじゃない、会った時から聞きたいことがある、そう言ったはず。何か言えない事情があるなら力ずくでも聞きだす。

 覚悟はいい?」


 言いながら、百々花ももかちゃんは妖魅を使役しだした。

 持っていた黒光りする槍の穂先つきの機銃から、黒い鳥の妖魅が出てきた。

 すぐに、依代よりしろの方は古びてこわれた銃になる。代わりに左手の大きな宝珠から、柄の折れて、頭が錆びた金槌を出した。

 鳥の妖魅が入れ替わりで、毀れた金槌に入った。

 折れた柄が伸びる、と同時に頭の部分もみるみる大きくなった。百々花ちゃんの頭よりも大きい。錆びは落ちて柄ごと艶めく銀色になる。

 正に鉄塊、彼女の身の丈ほどもある、両手持ちのスレッジハンマーになった。


「妖魅顕現、鏖獣おうじゅう玄翁げんのう改め、『禍槌かづち』」


 言うが早いか百々花ちゃんは、私の胴体目がけてハンマーでまっすぐ突いてきた。

 私が、というより夜叉の浄眼の防衛機能みたい。右手に抜き身の日本刀が握られていた。脊髄反射レベルで、刀のしのぎでハンマーを受けて軌道を逸らす。


 ギ ィ    ン!!


「はっ!」


 受け流されるのは織り込み済みらしい。即座にハイキックを繰り出す。これは左手でガード。

 身体全体をひねって体重を乗せて蹴ってきてる。小柄な身体とは思えない衝撃だった。肩までびりびりと痺れる。


「ふっ、はあっ!!」


 持ってるハンマーも、さすがに夜叉の浄眼の力で妖具化ぐるかしたものだ。

 実際の重量はかなりのものだろうに、遠心力を利用してナイフでも振るように軽々と打ち込んでくる。

 まさか、本気で斬りつけたりするわけにもいかない。

 でも向こうも本気だ。殺意こそないものの、私の口を割らせるのに手段は選ばないのだけははっきりわかった。


「ほんとに知らないの! お父さんの居場所は私が知りたいくらいよ!」


 攻撃をいなしつつ何とか答える。

 おそらく中学生くらいの女の子の攻撃は、虚神ウツロガミのそれより遥かに多彩で重い。ハンマーだけじゃなく体術も使いこなしてる。今こうして話すのもぎりぎりだ。


「メールでなくても何か、はがきとか持ち物でも構わない。

 少しでも手がかりがあればそれを渡して」言いながらも攻撃の手を休めない。


 ガン! キィン! ガシュッ!


「ちょっと、二人とも事情はともかくケンカしないで!」

 今まで、はらはらしながら成り行きを見守っていた岳臣君が、間に割って入る。

 けど、


 どむっ


 百々花ちゃんは、無表情にハンマーの柄で岳臣君のお腹を突いた。


 ぐふっ    ――――ざしゅっ


 砂浜にゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。ぴくりとも動かない。

 倒れた岳臣君を一顧いっこだにせず、百々花ちゃんは詰問してくる。


「古いものでいいから手がかりを渡して」


「わかったから、攻撃をやめて!!」


「ちゃんと渡してくれるまで、安心できない」


 ゴンッ  ドカッ    ザシュッ


 さすがに、防戦一方だとらちが明かなくなってきた。

 妖魅を妖具化ぐるかまではやり過ぎだけど、太刀の峰を相手に向けて正眼に構えた。

 手を打ち払ってハンマーを落とすかどうかしないと、攻撃の手を止めてくれそうにない。

 私の攻撃意思を察した百々花ちゃんは、距離を取った。ハンマーを後ろに構える。

 私も腰を低く落として太刀を構える。


「ふっ!」「はあっ」


 二人とも踏み込んで一気に距離を詰めた。



 ガ ァ    ン     ギ、 ィ     ン



 砂浜に閃光が走った。一瞬だけ目を細める。




「『双方動くな! 動けば王蟲オームの皮より削り出したこの剣が、セラミック装甲をも貫くぞ!』

 ――――おいおい、福島からはるばる福岡に来てみたらケンカ? それも夜叉姫同士で武器持って」


 今までの緊迫した空気を打ち消すような、快活な声がする。目の前には長身で黒いコート姿があった。


六花りっか!?」


「おう、久しぶり。……じゃないや、一日ぶり。でもまたなんか状況が変わってるねえ」


 私と百々花ちゃん、両方の攻撃を夜叉の武器で受け止めていたのは、先輩の夜叉姫だった。

 私の太刀を受け止めたのは、冷属性のサーベル雪蛇刀せつじゃとう

 もう一本の槍は……前に見た神獣白澤はくたく妖具化ぐるかしたのか。

 凄く神々しい馬上槍ランスは、スレッジハンマーの振り抜きを軽々と止めていた。


「百々花、あんたの話はF課の警部から聞いてる。

 事情とかはわかるけど、そんなケンカ腰じゃ聞けるものも聞けないって。それに少年攻撃しちゃダメだろーー。

 あーあ、また少年倒れてる。こういう星のもとに生まれついてるのかな」


 六花は両手に持った妖具化ぐるかを解いた。私たち二人を置いて岳臣君に近寄る。彼の右腕を持って引き上げた。


 ぶらーーん


 気絶してるのか、顔を伏せてだらんとしてる。


「おーい、少年。涼子の同伴おつかれーー」


 ぺち ぺち


 顔を手の甲で軽くたたく。


「……ん、六花さん。……どうも」


「どうも。

 濡れ女から牛鬼うしおに戦。そんで虚神とか大変だったみたいだな。涼子のサポート役お疲れ様。

 よっと」


 六花は岳臣君の肩を担ぐ。浜から旅館街に向かった。私たち二人も視線を合わせたあと、武器を収めて後に続いた。


「改めて紹介するよ、この子は八千桜やちお百々香ももか、14歳。

 涼子と同じで、つい最近夜叉姫になったばかりだって。

 公安庁F課に問い合わせたら、ちょっと訳ありみたいなんだ。涼子の親父さんが解決策を持ってる、っていうか知ってるらしい。

 まず、話はあとだ。みんな疲れてるだろ? 旅館に戻って休もう。

 せっかくの福岡なんだ。私たちも同じ旅館に泊まるからさ。さっき追加予約したらOKだって。慰労会やろう」


「私たち・・?」


「ああ、メールした通り、兵庫県は明石で刑部おさかべ姫、山梨の甲府で白蔵主はくぞうずを眷属にした。

 …………亀姫は、虚神あいつらに取られちゃったけどな」


 六花が親指で示したところに、ロングヘアーで白のブラウスと黒のタイトスカートの吊り目の女性。

 それに、黄色のワンピースを着た女の子がいた。

 私たちが近づくと若い女性は視線をそらして、小学3年くらいの子供はぺこりと頭を下げる。


「初めまして涼子さま。それと新しい夜叉姫、百々花さま。私は白蔵主です。でこっちが刑部。二人とも狐妖こよう、きつね妖魅です」


 と、そこに火車、猫又、五徳猫、ねこ妖魅が三人来た。白蔵主は利発そうに自己紹介するけど、ほかはほぼ無言。なんか空気が重い。


「……ねえ六花、ねこ妖魅ときつね妖魅って、そんなに仲良くないんじゃないの?」


「んーー、まあ初対面で緊張してるんだろ。みんなで宴会すれば打ち解けるって。

 しかしあれだ、百々花ももちゃんも結構血の気が多いねえ。いきなり涼子とバトってるんだから」


 それを聞いた岳臣君が、ゆるゆると頭を上げた。


「……あれ? でも、六花さんも涼子さんと初めて会った時、

 『私と戦ってくれる?』って言って夜叉の武器で――――」


 岳臣君の声が急に止む。六花に片手で頬を挟まれた。


「しょうねーーん、そんな何十年も前の話、今持ち出さなくってもいいんでない? 『罰として……ピヨピヨグチの刑だ!』」


ふぉんなそんなふいついふぉないふぁふぁこないだじゃ……」


「……人間、過去を振り向いてばかりじゃ、生きてはいけんよ?」


 首元に雪蛇刀の切っ先をあてがわれた。岳臣君はその凍気で、冗談抜きで身体がすくみあがる。


「私のやつはさ、違うけよーー。

 なんていうの? こう、剣を交えた方さー、言葉で語り合うよりも多くのことが解るってゆう・・じゃない? まあつまり、命の遣り取りではないけさーー」


 なぜ沖縄風? ごまかしたいのはわかるけど。


「まずはみんな旅館に帰りましょう、なんかいろいろあって疲れた……」


 ぞろぞろと連れ立って歩く。いつの間にか大所帯になったなあ……。それも女の子ばっかり……。


 ファァン ファァン ファァン ファァン ファァン


 私たちが砂浜から出たのと同時くらいに、パトカーが数台サイレンを鳴らしながらやって来た。




 全員何食わぬ顔で、そそくさと帰ったのは全くの余談になる。

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