〇六六 看 破

「えーと、じゃあ、牛鬼うしおにと濡れ女、それに取られてたぬえが奪還できたことを祝して、かんぱーーい!」


「「「「「「「「「かんぱーーーーい!!」」」」」」」」」


 ごくっ ごくっ ごくっ ごくっ ぷはーーーー


「はーー、お酒っておいしーですねーー」


「おお、いい飲みっぷり。もう一杯いくかい?」


「はい、つつしんでお受けします!」


 赤ワインを飲み干して上を見上げているのは、一番最年少に見える白蔵主はくぞうずだ。

 さっきまでの黄色いワンピースじゃなく、お寺のコスプレ姿みたいな袈裟の格好だ。大きなキツネ耳と太いしっぽもしっかり出している。

 最初の宴会を切り上げてから、浜辺に出て濡女、牛鬼。それにドゥーガル率いる虚神軍団との連戦が都合2時間強。

 部屋に戻った私たちは、改めて祝勝会をすることになった。


 メンバーは私、ねこ妖魅の火車、猫又、五徳猫、それに岳臣たけおみ君。

 加えて、六花りっかときつね妖魅の刑部おさかべと白蔵主、最後に百々花ももかちゃんで合計9人。

 さっきクーラーボックスに入れたのも併せて、料理がテーブルに所狭しと並べられていて、みんな手に手に皿を持って取り分けている。

 日本酒の一升瓶、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーが当然のように大量に並べてあった。


「ちょっと、六花。子供にお酒なんか飲ませて大丈夫なの?」


「ああ、この子ら見た目と実年齢全然違うからさ。一番最年少の五徳猫ごとちゃんも二百歳超えてるし。

 それに白蔵主はくちゃんはお坊さんの格好してるけど、実年齢(?)は結構ある。妖魅の見た目って、本人の気持ちの持ちようが強く反映されるみたいだし」


「そんなものなの?」


 火車は鬼力きりょくが足りないとかで、いつも以上に飲み食いしてる。当然みたいに頭の上には黒いネコ耳、腰からはしっぽ。浴衣の前をはだけてるし、足も投げ出して。行儀悪いなあ。


「ああーー、お預けくらった後の、旅館のお酒は格別ニャーー!

 にゃあ六花、料理とつまみはいっぱいあっても魚が足りんニャ、さっきの刺し身は全部食べたし。生の魚ってもうちょっとないかニャ?」


「うん、ある。火車も妖具化ぐるかして戦ったんだって? お疲れ様」


「うん、やっぱしたまには妖魅として鬼力も使わないと、身体がなまるニャ」


 六花は、夜叉の浄眼からクーラーボックスを取り出す。その中身は――――


「なんでマグロのサクとか金目鯛の干物とか、こんなにあるの? それに油揚げとか」


「いや、聞けばねこたち妖具化ぐるかとかして頑張ってるっていうからさーー、ご褒美ほうびにって思って。

 途中漁港近くの道の駅に寄って買ってきた。油揚げはきつねたちに。まあ定番だな」


 それくらいなら、まっすぐ牛鬼戦に合流してくれればいいのに、という言葉は飲み込む。もともと自分でやるって決めたことだし。

 六花は、何事もなかったように出刃包丁とまな板、それにガスコンロを夜叉の浄眼から取り出す。


「ちょっと待ってよ! 旅館の部屋でそんなに匂いが出そうなものさばいたり焼いたりしたらーーーー!」


「それも大丈夫、今簡易結界の『蚊帳吊かやつり』展開してるだろ?

 防音、消臭、排煙はばっちりだって。少しくらい騒いだり、匂いが出るもの料理しても平気平気。なんだったら、和室の中でキャンプファイヤーやってもばれないし」


 六花はそううそぶきながら、タンクトップ一丁でマグロをさばきだした。


「これだけのマグロにはちゃんとしたお皿がないとね。

 妖魅顕現、陶獣とうじゅう、『瀬戸大将』」

 

 夜叉の浄眼を展開させる。頭が徳利とっくり、全身も瀬戸物でできてる中国武将みたいな妖魅が出てきた。

 身長1mくらいの付喪神は槍の穂先で畳に円を描く。と瞬時に豪華な絵付きの大皿が出てきた。


「おっし、これこれ。やっぱり、食べるからにはきれいに盛りつけないと」


 大量のマグロのお刺し身を、大皿に薔薇みたいに盛りつけてねこ妖魅に配る。

 きつねふたりは、辞書くらい分厚い油揚げ、重箱に詰められた大量のいなり寿司に目を輝かせた。


「おいしーー!」


「ほんと、脂が乗ってます!」


「これは酒が進むニャーー!」


てっわあ!! りっかさま、この油揚げ表面がカリカリでおいしいでごいす!」


「ほんまや、お稲荷さんもわさび入りとかひじきごはんとか、種類がたくさんあっておいしいわあ」


「うん、みんなどんどん食べてくれ。食べっぷりがいいと作り甲斐があるなあ」


 六花が、今度は牛肉の塊と七輪と木炭を出した! 


 手際よく七輪で火をおこして、かたまり肉を薄く切って七輪の上の金網に乗せだす。もくもくと煙が上がった。

 その隣では白蔵主が、七輪と大鍋で何か煮込んでる。完全に屋外気分だ(ある意味妖魅らしいけど)。


「おお、そういえばこの肉を焼く匂い、牛鬼に炎の矢を浴びせた時と同じ匂いニャ。

 妖魅も焼いたらおいしくなるのかニャ?」火車がそこはかとなく物騒なことを言い出す。そんなの食べらんないでしょ。


「刑部に白蔵主、油揚げもいいけど、こっちの神戸牛の焼き肉も美味いニャ、みんなで食べて飲んで旅と闘いの疲れを癒やすニャーー」


「こちらもどうぞ! 私の故郷の名物、甲斐の国、山梨のほうとうです!

 皆さんもこぴっとしっかり食べてくりょうください!」


「で、こっちが姫路は兵庫県名物の明石焼きや。これはドブみたいなソースやのうて、みやびにだし醤油でいただくもんやで」


 白蔵主がたっぷり野菜が入った煮込みうどん、刑部がだし醤油で食べるたこ焼きまで出してきた。。


「……あなた方……福岡でわざわざ食べることないでしょ」


 蚊帳吊りの効果で、旅館の和室は実際の部屋よりかなり広い。天井は5mもある。どういう機能になってるのか、換気、排気もできてるみたい。

 ねこ、きつね入り混じっての大宴会はだいぶ盛り上がる。


 御滝おんたき水虎すいこのふだんの顕現体、みこ、それにみとらに生肉をあげると、ふたりとも角切りをぱくぱく食べてる。よかった、今夜はがんばったね。鎌鼬かまいたち三匹も天ぷらとか食べてる。

 えっと……これは……ぬえ? 確かに、胴体が子狸、手足にトラの縞模様があって、しっぽが蛇の顔になってる。

 でも顔はニホンザルじゃなくてキツネザルみたいなのが、鳥の照り焼きを両手で持って食べてる。私と目が合うと会釈した。

 おかえりなさい。

 小さな鵼はお肉の皿を持って百々花ちゃんの隣に座った。


 そういえば、岳臣君は? いた。浴衣に着替えては、いる。

 けど、女子(?)だけの宴会に入りづらいのか、平テーブルの端っこで、切れ子の明太子と一緒に、旅館で出されたおひつのご飯を握った塩むすびを食べている。私は彼にそっと近づいた。


「岳臣君、改めてお疲れ様。もう、戦って疲れてるんでしょ。もっと豪勢なの食べればいいのに」


「いや、とにかくおなか減ったんで。

 でもよかったです。いつだか僕が『牛鬼がいい』とか言い出したから、責任っていうかちょっと考えちゃって。

 結果的にだけど濡れ女と、奴らに取られた鵼まで帰って来たから……」


 言いながら、岳臣君は百々花ちゃんの方を見た。浴衣には着替えないで、薄いピンク色のスゥェット姿だ。

 両手で塩むすびを持って、ちびちび食べている。上目遣いで私を見てきた。


「ああ、彩月さつきも言ってたけど、鵼はあなたが持ってていいから。他の妖魅の宝珠も必要に応じて貸すし。

 逆に、鵼も必要があったら私や六花に貸してくれるかな」


 百々花ちゃんは、塩むすびを口に当ててこくこくとうなずく。


「さつき、って夜叉姫さんのことですか?」


「うん、さっき身体の主導権を貸した時そう名乗ってた。でも苗字は三滝って言ってたし」


「それじゃあ、夜叉姫、いや彩月さんって、涼子さんのご先祖様とかですか?」


「どうなんだろ? 濡れ女には久しぶりとか言ってたから、何百年も前から存在してたのは確かだし」


 私は無意識に右手の甲にある水滴みたいな水晶を見る。いつも通り蒼いままだ。


 ――――彩月、彩月? 起きてる?


『……すー、すー、すー、すー』心の裡で声をかけても返事がない。今は完全に眠ってるみたいね。



「――――こさん、涼子さん?」


「ん?」


 意識が現実に戻る。意識を自分の内側に集中させると、外界の声とかが聞こえなくなる。ぼーーっとしてると思われたみたい。


「なんでもない、大丈夫――――」


 そういえば……! 岳臣君の顔を見て、思い出したことがあった。

 あの時は彩月に何の気なしにOKしたけど、よく考えたら結構軽率だったんじゃ――――!


「涼子さん? 顔が……また夜叉姫さつきさんに替わってお酒飲まされたんですか?」


 心配されるくらい顔が真っ赤になってる。「違う、そうじゃない」慌てて否定する。

 出先だろうが何だろうが、私は絶対羽目を外してお酒飲むわけにはいかないから。

 百々花ちゃんが視線をこっちに向けてる。私と岳臣君を交互に見た。




「――――二人は付き合ってるの?」




 次の瞬間、それまで騒がしかった場が、しんと静まった。全員の視線が私に集まる。


「え? ああ百々花ちゃん? 私と岳臣君はそんなんじゃなくて……。

 そう、あの友達は友達なんだけど、なんていうか……」


 不意に百々花ちゃんが手を伸ばしてきた。反射的に手を握り返す。

 百々花ちゃんが今度は岳臣君をじっと見る。彼は固まったままだ。


「だいじょうぶ、片思いじゃなくて、ちゃんと気持ちは通じてる。

 でも、ちゃんと付き合うにはもうひと押しみたい」


「――――!?」


「そうなんですか? 涼子さま?」


「いつの間にそんなことに……!」周りのみんな、特に猫又と五徳猫が騒ぎ出す。


「はあ……男かーー、ええなあ」


てっわあ! 夜叉姫とその従者との禁断の恋! 燃えるじゃんますねーー!」


 二人だけじゃなく、刑部まで煽ってくる。白蔵主は顔に両手を当てて立ち上がった。だから岳臣君は従者じゃないから。

 すぐに、ねこ妖魅ときつね妖魅に詰め寄られた。


「……違う。そうじゃなくて!

 そんなことよりも、今、百々花ちゃんが……」


 六花が手をぱんぱんと叩く。


「はいそこ、話をそらさない。まあ、あれだ、私ら邪魔しないから。

 二人 おふとぅん並べて休んで。いつもなら無理でも、出先ならこう、気が大きくなるとかあるだろ?」


「なにバカなこと! 岳臣君、あなたもちゃんと……!」


 すー、すー、すー。


 見ると、当の岳臣君は塩むすびを握りしめて寝こけていた。この状況でなんで寝てるの? 釈明してよ!!


「こんなこともあろうかと、部屋はもう一つ先んじて予約しといた。

 いいGood 夜をnight!!」


 六花は親指を立てサムズアップして白い歯をのぞかせる。


     き らーーーーん☆


「ダメです! 涼子さまがその気でもぜったい阻止しますから!」


「涼子さまは私たちのものです!!」


「ええんちゃう? 私たちの時代なんか、逢引きなんてしょっちゅうやったし」


「涼子さま、がんばってくれろしください!!」




「だーーかーーらーー!!! ちーーがーーうーーーーっ!!!!!」




 私のこの時の叫びは、蚊帳吊りの結界を破って、深夜の旅館全体に響き渡った、らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る