〇六四 拝 謁
「ああ、でかした、
夜叉戦舞『
ザシュッ! ズシッ! ザンッ! バシュッ!
巨躯の虚兵の周囲を、残像ができるくらい高速で動いて、連続で斬りつける。全身が黒い虚兵は、為すすべなく斬り刻まれた。
「妖魅顕現、幽獣、『
身体が丸い、体長20cmくらいの無数の蟲の群れは、そのまま足場になる。百々花ちゃんがテリベスティアに駆け寄った。
「そうはいくか! させないよ!」
さっき
「はっ!」
ザシュッ!
「ぐっ!!」
すかさず彩月が
「百々花、その虚神は核になっている鵼の宝珠を、正確に打ち抜かないと
「解ってる、夜叉の浄眼、開眼!!」
文言を唱えた瞬間。百々花ちゃんの両眼の間が輝いた。瞳に色が無くなって、代わりに顔の中央に『瞳』が一つ出現した。
いわゆる感覚器官としてじゃなく、白いラインが丸く何本も走ってる。
同時に私、いや夜叉の浄眼が
あの子の『夜叉の浄眼』は手じゃなく眉間にあるんだ。
百々花ちゃんが構えている銃の砲身が、電磁気を
「砲術、『サーマルショット』!!」
海面、そしてこのあたり一帯が白く輝いた。
轟音と共に、巨大な虚兵の上半身は吹き飛ばされた。肩から上が丸く
残った虚神の身体は、海上に浮かんだまま黒い雷が放たれだした。行き場を
バチッ、 バチバチバチバチ!
「
彩月は、百々花ちゃんを抱えてその場を退避する。
ド ォ ン!!
一際大きな水柱が立った。虚兵の躰が四散爆発したんだ。
「ぐっ、ぐはあっ!!」
ディクスン・ドゥ―ガルも、爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。
「はあ、はあ、はあ……。ようやく
不意に目の前の風景がずれて見えた。そこから声が聞こえる。
「ああ、付喪神を着たままでした。今脱ぎますね」
すぐ近くに大きな布の塊が顕れる。モスグリーン、というか、文字通りのくすんだ緑色だ。
布の中から足が突き出た。と、岳臣君が姿を現す。白い虫妖の上におっかなびっくり立った。
「援護ご苦労、岳臣」
「いえ、夜叉姫さん。それにありがとう、百々花さん。この付喪神のおかげで助かった」
「ううん、援護ありがとう」
岳臣君が羽織っているのは、向こうの風景が透けて見える古びたマントだった。
――――全く、女の子相手だと、年下でも『さん』付けで呼ぶんだから。
「付喪神
岳臣さんは、
海の上が
「おお、ようやく
「いいの?」
「ああ、今回ので濡れ女と牛鬼が手に入った。戦力バランスを考えると百々花、お前が持ってるのがいいだろ。とりあえず預けておく」
『ちょっと、彩月?』
「いいだろ、鵼に限らず妖魅の宝珠は、お互いシェアできるようにしといた方が今後有利になる」
『そりゃそうだけど……』
百々花ちゃんは、
と、鵺の宝珠を取った場所から鬼力の揺らぎを感じた。
『彩月、あの場所に夜叉の浄眼の光を当てて』
「ああ」
右手にはまっている夜叉の浄眼。篭手の手の甲にはまっている水晶部分に念を込めた。
白い浄化の光が海面を照らす。
ほどなく、髪を膝まで伸ばした、小さい女の子の妖魅が顕現される。栄養状態が悪いのか、ひょろひょろだ。
「あれが、
風貌から察するに、妖魅になる前は戦災孤児だったんだろう。土埃まみれの顔に笑顔が戻った。小さな女の子の妖魅は、ゆっくり上空に上がりながら搔き消えた。
――――おねえちゃんたち、それにおにいちゃん、ありがとうー―――
百々花ちゃんは魍魎に小さく手を振る。
「だいじょうぶ、虚兵から妖魅に戻った。これから自然の力を吸収すれば、鬼力が回復して元に戻るはず」
「そうだな。よし、取る物も取ったし、旅館に帰ろう」
いつの間にかジェットスキーの付喪神も近くに来ていた。
***
「夜叉姫様! それに涼子さま! お疲れ様です!」
「ああ、岳臣もおつかれ。まあ、涼子さまたちになにかあったら、ただじゃ済まさなかったけど」
岩浜にねこ妖魅三人がいた。五徳猫と猫又が岳臣君を
それにしても、岩浜が粉々だ。自衛隊が演習に使ってもこうはならないと思う。
「だいぶ派手に壊したニャ。下手したら誰か観光客か、地元の人間が通報したかもしれんニャ。さっさと旅館に戻って宴会の続きニャ。
濡れ女、それに牛鬼。私ほどじゃないけど、強力な妖魅が二体も契約できた。
この後飲む酒はさぞかしうまいだろうニャー――――」
「――――なに
甲高い叫び声が聞こえた。振り向くとディクスン・ドゥーガルが海から上がって来た。
黒いノースリーブのロングパーカーは、海水でぐしゃぐしゃだ。さっきまでの余裕は全くない。
「お前、爆発に巻き込まれたんじゃなかったのか!?」
「そんなくらいで、僕がやられるわけないだろう!? 勝ち逃げなんて許さない! さあミタキリョウコ、再戦だ! 今度は僕が直接戦ってやる!!」
魔少年の身体の輪郭が不明瞭になった。両肩から薄く広い何かが伸びて拡がった。
「牛鬼だけじゃない! お前が契約している妖魅の宝珠、それも全部僕がもらう!!」
「――――そうはいかぬ。ドゥーガル、お前の敗けだ。ここは潔く退け」
どこからか低くくぐもった声が聞こえてきた。
見ると、空中に白い糸の塊が浮いてきた。その中から黒いローブの男が現れる。
「誰!? あの気配は虚神!?」
さっきまでの威勢と裏腹に、ドゥーガルが冷や汗を流し出した。絞り出すようにつぶやく。
「……ヴェーレン……!」
***
ヴェーレンと呼ばれた虚神らしき男は、両手をかざした。不意に強い光に照らされる。私は思わず目を閉じた。
「――――ここは、どこ?」
不意に意識が、身体全体にいきわたった感覚があった。
彩月が身体の主導権を私に返したみたい。さっきまでの脱力感が無くなって、身体が嘘みたいに軽く感じる。鬼力が回復したんだ。
今まで夜の海にいたからか、今いる空間が眩しく感じる。
「お初にお目にかかる。
夜叉姫、いえ三滝涼子様。
申し遅れました。
名をヴェーレン・リー・ヴァンと申します。今後お見知りおきを。
近いうちにご挨拶を、と思ってはいましたが、何分仕事、諸事が詰まっていましてな。延び延びになってしまいました。
何もないぼんやりとした白い空間。周囲には海や陸の区別も全くない。ただ地面らしき平面に自分たちがいる。分かるのはそれくらいだった。
目の前のローブの男は
その様子は、言葉通り敵軍に交渉に来た軍師のようだった。私に敵対する者の言葉とも思えない、どちらかと言えば、協力者のような言い方に違和感を覚える。
今この場にいるのは5人。私と岳臣君、百々花ちゃん。それからこの奇妙な空間を創り出して私たちを取り込んだ、ヴェーレン。
それに正体を顕そうとして、ヴェーレンに取り押さえられた魔少年ドゥーガル・ディクスン。彼は太い帯状の糸で右腕を縛られていた。
その戒めを解こうと左手で引きちぎろうとするけど、粘性の高い糸はびくともしない。
「くっ、なんだよヴェーレン! ミタキリョウコは僕がやる! お前は引っ込んでろよ!!」
魔少年は、悪戯が見つかっても
「黙れ、この
静かな、けれども有無を言わさない口調にディクスンは怯んだ。
「ひっ」と小さく息を洩らす。
「貴様の役目はあくまで
それと、新たな夜叉姫の『ゴリョウ』の覚醒が発動するか確認して報告する、それのみだ。
何も言われんことをいいことに、増長しおってからに。
少々大目に見ていたのは、その姫の成長を促すためだ。決して貴様の子守りをさせるためではない。
貴重な戦力、切り羽虚や
これ以上失態を重ねるようなら……!」
ヴェーレンは節足動物、例えるなら一番良く似ているのはアシナガグモか。細長い腕を一気に伸ばす。魔少年の細い腕をつかんだ。
「
ボ ギン
「…………かはっ!」
白い空間に鈍い音が響く。ヴェーレンが仲間の腕を、花でも摘むように折ったんだ。私は思わず顔をしかめる。
「これは失礼、内輪の話です。どうぞご容赦を。
本題に入りましょう。あなた様は御身に宿る
「ごりょう……まさかど……?」
相手が言うことを
もちろん将門というのは知ってる。
平将門、日本史でも普通に出てくる、武士社会の蜂起に一役買った人物だ。確か当時の朝廷に反旗を
でも、私が変身した時のあの状態が、そんな呼ばれ方してるなんて知らなかった。
それともう一人の私とも言える、夜叉姫こと彩月。
思えば虚神が人と妖魅に
無言をどうとったのか、ヴェーレンは言葉を続ける。
「知りえる範囲でも構いません、お教え下さればこちらもあなたの知りたいことを、できる範囲で答えましょう。
例えばあなたの父上、
心臓が跳ねた。なぜそれをと聞く間も惜しい。
「お父さん、父はどこにいるの!?」
「息災ですよ、とても。ですが、あなたの知っていることを教えていただかないことには」
老科学者のような痩身の男は、ローブの中から不自然に長い両腕を出し、肩をすくめる。
「なんとも言いようがありませんな。ここはひとつ情報交換と参りましょう」
「
「おや、交渉不成立ですか。いや、息災というのは居場所が分かる、というわけではないのですよ」
「……どういうこと?」
「こちらに居場所を悟らせない。というので無事、息災だということまでは分かるのですが……。
なにしろ、それまでいた痕跡を消して回っているのですよ。捜そうとするたび煙のように消えてしまう。
まるで……そう
私たちは無言で相手の話を聞いていた。
「いいでしょう、そちらもお疲れの様子だ。話はまた今度にしましょう」
ヴェーレンは岳臣君を見やる。彼は
「美しい姫君だ。
さあ、ドゥーガル、行くぞ。
夜叉姫、また会い
黒いローブの男と魔少年は、白い空間に溶け込むように消えていった。
***
気がつくとまた元の浜辺に戻っていた。猫又達とだいぶ離れた砂浜に、私と岳臣君、百々花ちゃんは立っていた。
三人とも辺りを見回す。身体とかに特に異常はないみたい。
「なぜやつらが私のお父さんを?」
「三滝渓介さん……涼子さんのお父さんで民俗学者、ですよね。なんであいつらが……」
「そう、私が聞きたいこともそれ。
三滝涼子、あなたの父親の居場所を知りたい。
「そんな……ほんとに知らないの」
百々花ちゃんはまだ付喪神の機銃を持ったままだ。
「隠すと、ためにならないし、私は三滝渓介に会って知りたい事がある。でないと私が困る」
私が言葉に詰まっていると、百々花ちゃんはさらに続けた。
「どうしても教えてくれないなら、三滝涼子、あなたと戦ってでも聞きだす」
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