〇四五 準 備
どうしようか、と思っていると、
「潮風が気持ちいいですね」不意に
そう言えば、
「きれい……」自分の家、私の部屋の窓からも海が見えるけど、太平洋とはまた違う感じね。
ゆっくり深呼吸する。潮の香りがなんともいえない。
雲の切れ間から陽が射して海に光が注ぐ。陽の光が帯状にまっすぐ下りて海面が反射してきらきら光ってる。
「ああして、白い光が雲から射すのを、『天使の
「へえ」思わずその光景をじっと見ていた。けっこう神秘的だな……。
「……んっ、んんっ、んんっ」
振り向くと猫又が口に手を当てて、わざとらしくせきこんでいた。その隣で五徳猫が体育座りして身体を前後に揺らしている。明らかに面白くなさそう。
「あの、これは牛鬼契約に必要だからしてることで。岳臣君のことは……」
弁明しようと思った言葉を途中で飲み込む。
勢いで「なんとも思ってない」とか言ったら、九州くんだりまで来てもらった彼が傷つくし。
事実すぐ隣でびみょーな表情になってるし。もう、どうしたらいいのよ。
『とりあえず、日中は散策に専念しましょう。本番は夜中ってことで』
岳臣君が小声で提案する。確かにまだ日が射しているときに契約は少し難しそうね。
「あなた方二人と、おみやげとか洋服なんか一緒に買うから」それを聞いたねこ妖魅二人の顔がぱあっと明るくなる。もう、
ごぼり
――――その時、海が泡立つ感覚を私は確かに背中で感じていた。
***
「「「「「かんぱーーい!」」」」」
カチン カチン カチン
ごくっ ごくっ ごくっ
「ぷはーー、やはり旅の
早くも浴衣の前をはだけて、日本酒を美味しそうに飲むのはもちろん火車だ。
日中海沿いで、仕込みのため岳臣君と(形の上で)デートしたあと私たちは道の駅やショッピングモールで買い物をしていた。
これは岳臣君を
こんなことならお留守番してもらえば良かったとも思うけど、それはそれでメールとかLINEが大量に来そうだし。
特に猫又が私の腕にずっとしがみついていたから、他の観光客にだいぶ白い目で見られた。
ホテルのチェックインでも、ぱっと見年長者の火車はやってくれそうもない。っていうか明らかに向いてないし。
それどころか『五人一部屋で
子どもの頃から留守番とか、外泊が多かった彼は、難なくチェックインを済ませる。
深夜までゆっくり
お刺身は船盛りで豪勢だし、アワビや牛肉のステーキなんか、一応質素倹約を
私は目を光らせて、品揃えにざっと目を通す。
「猫又、五徳猫」
「「はい!」」
夜叉の浄眼から、キャスター付きのクーラーボックスを何個か取り出す。ここに来る前、神奈川のホームセンターで買っておいたものだ。
「さ、てきぱきやるわよ」
「「はい!」」
三人でお膳に載っている料理をなるべく崩さずに、保存用タッパーに移し替えていく。
ものの数分も経たないうちに、船盛りのお刺身も含めてほぼ全部の料理をタッパーに詰めた。タッパーの間にはキンキンに凍らせた保冷材を挟み込む。
「ああーー、カツオのタタキ食わせろニャ! それにイカの活け造りも!」
「猫妖魅のあなたがイカなんか食べたら、腰抜かすでしょ」
「バカにすんなニャ! 私はイカでもエビでもへっちゃらニャ!!」
普通に宴会気分の火車そっちのけで、私たちは保冷材が詰まったクーラーボックスに料理を詰めるだけ詰めた。
続けて五徳猫がお
「…………」岳臣君は無言で椀物と茶碗蒸し、お漬け物をおかずに塩むすびを食べている。
彼には申し訳ないけど、今晩のことを考えるとのんびり宴会をするわけにもいかない。我慢してもらわないと。
「お客様方、そろそろお膳の方お下げしま……」
客間に来た仲居さんは目を丸くする。それもそのはず、私たちは主だった料理はもちろん、ステーキの付け合わせやお刺身のツマ、菊の花、焼き魚の
来た当初の御着き菓子まできれいに無くなって、食器は全部、種類ごとに重ね合わせてあれば、まあ驚かない方がおかしいか。
「まったく、せっかくの温泉宿の宴会なのにニャーー……」
火車はフロントに内線を入れて、ビールや焼酎を頼んでいた。柿ピーとか
「なに言ってるの、遊びに来たんじゃないんだから。あなたにも
「もうーー、みんなと一緒に呑むから酒は美味いのニャ。これじゃまるで最後の
ほんとに火車が言うとシャレにならない。
「じゃ、岳臣君、用意はいい?」
「は、はい」
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