〇四四 浜 辺
にゃーー。
専用のキャリーバッグから小さく鳴き声がする。私は口の前に人差し指を立てて静かにするよう促す。バッグの中からねこカリカリを取り出す。
手に乗せたエサを黒い子猫はおいしそうに食べだした。
「もうすぐ着くからおとなしくしててね」
子猫は身体に似合わない
「涼子さん、その子猫って、その……」
「そう、『火車』。契約したし、戦力になるからついてきてもらったの」
「え? 戦力ってことは
さっきまで沈んでいた
「……まあ、
無言でうなずく岳臣君。少しからかいたくなった。
「それは、
ケースの中の子猫『火車』も爪を出してふーーっと
「いっ、いや、いいです! 見るだけで!」
「冗談よ。でも夜叉の浄眼に入れたままだと、弊害っていうか副作用が出るって
「副作用、ってなんですか?」
「いわゆる浪費っていうか散財癖がつくみたい。特に人間態だと周りの人も巻き込むみたいだから」
「『火車』……ああ、なるほど」
世間一般でいう借金で首が回らないことを『火の車』と表現するけど、元はこの火車から来ているみたい。
「そう言えば、ミステリー作家の宮部みゆき先生の小説でも、同じタイトルの作品がありますからね。
今みたいな法規制が十分にされてない時代、借金を苦に自殺とか多かったみたいですから。
もしかしたら『火車』さんが、そういう人たちの救われない魂を冥府に連れていくのかも」
彼は相変わらずのロマンチストぶりだ。それでも少しは精神的に
ゆっくりあくびをしてるとメールが来た。
【やっっっほーーーー! 九州に出張お疲れさまだモン!
私は
六花からだ。なぜこんなテンションが高いんだろう。私はスマホを胸に当て窓の外を見る。外の光景が矢のように流れている。
見ると、彼はもう二食目の駅弁に手を付けていた。
――――ふう、九州まで来て収穫なしだったら目も当てられない。岳臣君には頑張ってもらわないと。
***
「六花さん、お疲れ様」
「ありがとう。ふう、これで姫路はOKか。まずは第一関門クリアだね」
車中の後部座席で、さっき手に入れた宝珠をかざしてみる。
白地に紺色がマーブル状に混じった、きれいな真球の宝石。科学的に見るなら、比重とかで一番近いのは水晶、石英らしいけど。
妖魅の力をそのまま封じ込めた宝珠は、ドリルとかレーザーでは傷一つつかない。
研究者曰く、『三次元軸に
「――全く、妖魅の親族関係ってのも結構広範囲だねえ。西は兵庫の姉に北は福島、会津の妹か。これから行く妹の方が本命っちゃ本命だけどね。
んで、途中の山梨にはあとどれくらいで着く? アンコ」
「
今のうちに寝ておけ」
「ああーー、はいはい。んじゃーそうすっかね。
ねー
「ええ、あります」清楽ちゃんは黒いバッグを探ると、ビスケットにチョコレートをかけたスナック菓子を出してくれた。
「おおーー、お得パック。ありがたい。もぐもぐ」
「んん――疲れた身体に
話変わるけど『きのこたけのこ戦争』って
両方とも、チョコにクラッカーとかビスケットでしょ? どっちが上なの? もぐもぐ」
「それはたぶん、お菓子メーカー側がどちらが上か優位を競わせる、と見せかけて、実際には顧客に購買欲を掻き立てるために
同じメーカーが販売しているわけだから、どちらが勝っても売り上げが伸びるわけですから」
「まあ、メーカー側はね。でもその顧客の清楽ちゃんはどっち派なの? もぐもぐ」
「そう――――ですね、チョコレートの比率が多いのがきのこ。ビスケットが多いのがたけのこです。
食感で言えばたけのこ。でも私は両方入ったお得パックで買いますから」
「ほお、その二つって同時に発売されたんだっけ? もぐもぐ」
清楽ちゃんは素早くスマホで検索する。
「いえ、きのこが1975、昭和50年。たけのこはきのこの4年あとの昭和54年発売です」
「ふうん、4歳違いかーー。
お菓子をぽりぽりと食べる。うん、やっぱりお菓子はいつの時代でも女子の
「……さっきから何の話をしてるんだ? 菓子なんかいつ発売したかなんてどうでもいいだろう」
信号待ちしている
「なんだそれ?」
「んーー、度胸試しの褒美でもらった。兜の首後ろを守る……
涼子は私の妹みたいなものだからね。守らないと……もう、あんな思いはたくさんだからね。
***
「……ここか。だいぶ風が強いね」
「はい」
私たち4人は福岡県の浜辺に来た。
海水浴にはまだ早いけど、それでもマリンスポーツするのには差し支えないみたい。
ウェットスーツを着た人たちが、早くもサーフィンに興じている。
「ここだと目立つから少し移動しましょう」
砂浜を4人で進む、だけど……。
「岳臣君、ちょっと」私のキャリーバッグを引いている彼と腕を組む。
「……!? え? 涼子さん!?」
「涼子さま!」
「なぜですか?」
「これも、牛鬼契約に必要だから、黙って腕組んで。……嫌なの?」
「いっ、いえ! ぜ、ぜぜん、ど、どぜう!」
「そう、良かった」いやとか言ったらどうしてくれようか、とか思ったけど。我ながらぎこちなさすぎるとは思う。
でも、男子と手をつなぐのって、オクラホマミキサーくらいしかなかったし。
「二人とも、ちょっと荷物見ておいて」
ねこ二人に荷物番を頼む。二人はしぶしぶ従ってシートを広げて座った。
五徳猫は体育座りしてさみしそうに目を潤ませているし、猫又は自前の手拭いをとがった前歯で
火車は子猫の姿のまま、モンシロチョウを追いかけてる。
私だって牛鬼と契約するのに必要とか言われなかったら、人前で積極的に男子と腕なんて組んだりしない。
これが神奈川から離れた、西の海水浴場でほんとに良かったと思う。
ふーーん、ぱっと見は細いけどしっかり筋肉はついてるのか。背は男子としてはそんなに高くないけど、私よりは(ほんの少しだけ)高い。
……あれ? 私の方から腕にムネ、当ててない!?
で、でも今さら離したりすると余計に意識しちゃうし。とりあえず、なんか間をもたせるための話を……。
「「…………」」会話が無い。
「――――ね、なんかカップルらしいお話しして」
「へ? カップル?」
言ってしまってから大失敗したと思う。
最近顔を合わせることが多いから忘れてたけど、やっぱり彼の中身は朴念仁だ。
今の話の振り方も、難易度を底上げしてしまっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます