「牛鬼(うしおに)の章」

〇四三 旅 路

「……ふう……」


 またため息ついた。今の今だけじゃない、この負のオーラをまき散らす吐息を今朝から何回聞かされたことか。

 新幹線の車内、私は通路を挟んだ向かいに座っている岳臣たけおみ君を横目で軽くにらむ。

 視線に気づいた彼はすまなそうに頭を下げるけど、視線をそらしてまた嘆息たんそくする。


「もう、ため息つくと自分だけじゃなく周りの幸せも逃げちゃうでしょ。おばあちゃんが言ってたんだから。気持ちは分かるけど、ため息やめなさい」


 私に小声で注意された岳臣君は、びくっと身体を震わせる。

 だいぶ声は抑えたはずだけど、寝ていた乗客を何人か起こしてしまったみたい。咳払せきばらいが聞こえる。

 私は自由席を移動し、彼に窓側に詰めさせて隣に座る。


「男の人がいないと『牛鬼うしおに』と契約出来ないんだから、しっかりして」


「……はい……」


 全くもう、『夜叉姫』も六花りっかも肝心な時に冷たいんだから。


 時間はは少しさかのぼる。

 せっかく苦労して契約した『ぬえ』の宝珠を虚神の少年、ディクスン・ドゥーガルに奪われた。その直後『火車』と契約した次の朝のことだ。

 普段なら私とおじいさまだけなのに、その日は六花と岳臣君。それに酒盛りで寝落ちしてそのまま泊まった、公安部F課の刑事清楽きよらさん。それに『火車』に料理や給仕係の猫又に五徳猫。

 妙に大所帯になった自宅の朝食で、いきなり六花に話を振られる。


「で、昨日の話の続きなんだけど、涼子と少年、二人で『牛鬼』と契約しに行って」


     ぶっ


 いきなり話を振られた岳臣君はみそ汁を軽く吹いた。私はだし巻き卵のお皿を持ったまま六花を見る。


「昨日そんな話したの覚えてない?

 だいぶ昔の話になるんだけど、『夜叉姫』が失敗ポカしたらしくってさあ。『牛鬼』と契約出来ずじまいなんだって。

 んでちょうど少年がいるから同伴して――――」


「ちょっと待って、それって『夜叉姫』のミスでしょ? なんで私が……」


「うん、それなんだけど夜叉姫むこう夜叉姫むこうで『私が出張でばると涼子がやきもきするから、本当に心苦しいけど、ここは涙を呑んであとは任せる』だって。

 要は夜叉姫じぶんが少年を取っちまわないかって、涼子が心配するんじゃないかって」


「なんで私が――――」


「涼子さま、不忠を承知で進言します。『牛鬼』には涼子さまが交渉、契約してください。もちろん今のご主人様は涼子さま、それは間違いありません。ですが私たちにとっては、夜叉姫様は同じかそれ以上に大事なのです」


「そうです、それに夜叉姫様があんな下賤げせんな男と――――」


 なぜか五徳猫と猫又に抗議される。


「まあまあ、難しく考えんでいいから。責任の所在とかじゃなくって、あくまで主導権イニシアティブがあるのは涼子なんだし。

 それに私たちも出張あるから」


 ――――私たち・・


「言ってなかったっけ? 清楽ちゃんと倉持安吾アンコと一緒に虚神退治に出るから。

 こればっかりは現役女子高生JKの涼子には頼めないし。

 でも『牛鬼』の方は今日の今出かけろってことじゃないから。事前の情報収集は少年得意だろうし、対策は夜叉姫に聞けばいいから。

 まあ、初めての共同作業だと思って頑張って」


 冗談じゃない、なぜ私の周りは岳臣君とつきあっている、もしくはくっつけようと画策するのか、意味が解らない。

 岳臣君は――――私と同じかそれ以上に苦々しい表情だ。それはそれで気に入らない。

 私に協力するのがそんなにイヤなの?


「わかったわよ、やるわよ」やればいいんでしょやれば。


「うむ、強い妖魅と心を交わし力を得る。得難き経験は夜叉姫としての力をさらに増すことだろう。

 家のことは心配ない。涼子、行ってきなさい」と、おじいさま。


「確かに、雷と風。二つの属性を持つ鵼に対して、歴史も深くて知名度も高い牛鬼は選択肢として最適ですね」これは清楽さん。


「あの……僕がやるかどうかは聞かないんですか……?」


 岳臣君の質問は、ほぼ全員が黙殺した。


「大丈夫、夜叉の浄眼で強化できる装備がありますから。

 使用方法はメールで送信しておきます。訓練も含めて一週間もあればできますから」


「んじゃ少年は説明受けてから、放課後とか私とつきあって。訓練するから」


 清楽さんと六花が決定事項を告げる。岳臣君はがくりと肩を落とした。

 それからしばらくの間、岳臣君は六花に引きずられるように訓練に付き合わされていた。

 放課後とか、早朝に呼び出されては、虚退治につき合わされたり、格闘技の組手なんかをやらされていたようだ。

 せっかくだからと、おじいさまも道場で剣道や合気道、空手の組手の相手をしていた。

 その指導方法に私情が混じっていたようだけど、以外にも彼はくらいついていた。




 そして『牛鬼』と契約すべく(せっかくの土曜日に)新幹線で九州に向かう現在に至る。

 新しい装備品と訓練のおかげか、身体は鍛えられたようだけど、生来の気の弱さはいかんともしがたいみたい。


「おなか、減ってない? 観光に行くわけじゃないけど、駅弁とか名物とかなんかないの?」


 まあ、逃げ出さないところだけでも、良しとして立てておくか。言っても彼がいないと『牛鬼』と契約出来ないし。


「あっはい、九州だったら何がいいですかね」タブレット端末を取り出した。


「ええと、佐賀牛、豊後ぶんご牛とか宮崎牛、福岡だったら博多牛ですね」


「……さすがに『牛鬼』と契約する前にウシはまずいんじゃない? あとタブレットじゃなくって、口で教えて」


 彼はなんともないのかな。私はタブレットをのぞきこんだだけで酔ってしまった。


「そうだ、駅弁食べてもいいですか? なんかおなか空いちゃって」


 岳臣君はすまなそうにしながらも駅弁を広げる。それも三食。


「遠慮しなくていいわよ。でも、そんなに食べるってことはやっぱり……」


「はい、もらった武器とか防具に『食取りジキトリ』や『バイローン』が憑いてるから、どうしても消費カロリーが増えますね。

 でも、こう言っちゃなんだけどごはんがおいしいです」


「えっと……それって六花の妖魅?」


「そうです、名前は『バイローン』。『ウバリオン』と同類、亜種の妖魅ですね。

 六花さんが山形県で契約した妖魅らしいです。

 それが憑りついた相手に重くのしかかるんですが、うまく持ち上げられれば憑いた相手に力を貸し与えてくれます。

 ただ今の僕一人だと、持ち上がらないから『食取りジキトリ』に満腹感を吸収させて、力をもらって、『バイローン』を持ち上げる。そういう二段構えでやってます。

 あと、六花さんが協力してる機関で、生身の人間でも負担なく妖魅の能力ちからを借りれるように研究してるらしいです」


「……その話、あんまり人がいるところでしない方がいいかも」


 私が声をひそめると、岳臣君も声を小さくする。


「あっ、そうか。守秘義務があるんですね」


 いや、そーいう……。私は言葉を飲み込んだ。はっきり言って荒唐無稽こうとうむけいにも程がある。

 六花は解ったうえで彼に話しているんだろうけど、今の話を無関係の人に聞かれても小ばかにされるだけね。

 研究機関とかも六花は頻繁に出入りして協力してるらしいけど、私ははっきり言って願い下げだ。

 全く実験動物モルモット扱いでもないんだろうけど、プライバシーにまで踏み込んでほしくない。


 私たちの後ろの席に目をやる。今回は猫又と五徳猫も同行してる。

 二人とも新幹線は初めてだから、かなりはしゃいだ様子だ。

 細いプレッツェルチョコ菓子に冷凍みかん、ポテトチップスと旅行の三種の神器(?)をそろえて流れる風景を楽しんでいた。


「すごい速い、見てみて舞、早馬なんか目じゃないわ」


「ねーー、苗さんこの氷蜜柑こおりみかんすごい美味しいです。

 私たちがったころなんて、諸国行脚あんぎゃとか物見遊山ものみゆさんなんて夢のまた夢でしたからねーー」


 ……完全に浮かれ切ってるわけでもないんだろうけど、どちらかというと物見遊山えんそく気分が強そう。

 と、二人が前の席まで来る。


「涼子さま、昨日のことは覚えてますか?」


「私たち二人も妖具化ぐるかできるようになりました」


 なぜかねこ妖魅二人は気合十分だ。

 昨日のことは忘れたくても忘れられない。あの惨状を考えると、とても連れていく気にはなれなかったけど、あれは火車が引き起こしたことだと、自分を納得させる。


「まあ、二人にも戦いに参加してもらうかも。でも、危なくなったらすぐ交代させるからね」


「「はい」」

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