〇一六 外 套
「ふう、なんとか契約は完了したみたいだな。
しかし、あの涼子って
ただ、確実に戦力を強化してるのは間違いない。問題はあいつとどのタイミングで会わせるか、だが」
神社の境内、茂みの中に身を隠すように、先ほどのスーツの男がいた。男のスマホが振動する。
――――ヴーーーーン ――――ヴーーーーン ――――ヴーーーーン
――噂をすれば影だが、こっちの身元を明かしてない。ちょっと早いだろ。……あーーもう。
「はい、倉持です」
【遅い。私からかかってきたら、1コール以内にでないと駄目だって何度言わせりゃ……】
「物理的に不可能だろ、っていうかもうこっちに着いたのか? 早いな」
【まーーねーー、迅速的確がモットーですから。
それよりも、
「ああ、ただまだ目覚めて間もないから、扱いは慎重にしないとな」
【念のため確認するけど、本物でしょうね】
言われた倉持は手に持ったもう一台のスマホを確認する。
「ああ、間違いない。高い
おい、聞いてるのか?」
ツ―――― ツ―――― ツ――――
それ以上の言葉は聞かれなかった。すでに通話が切れている。男はスマホの画面を見ながら、頭をがしがしとかく。
「また悪いクセが出たな。本腰入れて覚醒するまで伏せておけば良かった。まあどの道、すぐにばれるんだがな。
問題はこちらのお
男は木の陰から涼子を見る。彼の任務はまだ終わりそうになかった。
***
「……う、うーーん」
「あ、気がついたわね。気分はどう?」
「……どうって……ここは?」
「ここは神社の建物の軒下よ。あのまま地面に転がした状態で、風邪でも引かれたら後味悪いし」
「そうか、あれ? いででででで。なんで顔が痛いんだ?」
「……覚えてないの?」
少しほっとする。まさか後遺症が残るほど、強く叩いてはいないはず。
だけど万が一ということもある。脳を揺らしたりせず安静にさせておく必要があった。
「それでもなんだろう?
「――――それ以上はしゃべらない方がお互いの身のため……解るわよね?」
「は、はいっ」
私は岳臣君の首元に鎌を当てがい、彼の言葉を強制終了させる。
彼の口から『白』という単語が出るたびに、顔から火が出るみたいに恥ずかしい。
次から戦闘用ブレザーを着るときは、アンダーパンツも
「涼子さん、分かったから鎌下ろして下さい。そんなのどこから出してくるの?」
「これ? 鎌鼬と契約したら出せるようになった」
私は右手を伸ばして見せる。彼ら鎌鼬と同じように小指の下、手首部分から草刈り鎌と同様の、黒く濡れたような鋭利な鎌が生えるように付いている。
ほんの少し意識するだけで出現、収納ができるから便利といえば便利ね。
「もっともこれは鎌鼬の力の顕現のほんの片鱗、お遊びみたいなものだから。
鎌鼬の
「いや、いいです。それよりも、涼子さん先に帰らなかったんですか?」
そうしたいのはやまやまだったけど(できることなら市中引き回しした後、
「まあほっとくのも後味悪い……っていうのは建て前で、案内してくれないと帰れないから。
最寄り駅とかでいいんで送って」
「ああ、はい、わかりました」
***
「座ったら? 見上げながら話しするのって結構疲れるから」
「……じゃ、じゃあ」
岳臣君はバスの最後部、私の隣に一人分間隔を空けてこわごわ座る。そんなに警戒しなくてもいいのに。
と思ったけど、ビンタした上に鎌で脅された相手に、愛想を振りまくなんてそうそうできることでもないか。
成り行きとはいえ少しやり過ぎたな、反省。
なんかおなか空いてきた。お詫びもかねて、挽回のチャンスをあげることにしよう。
「ね、岳臣君はこの後予定はあるの?」
「予定? えーーと、これから本屋に寄って調べものして、何冊か買って帰りますけど」
……行きにバスに乗っていた男の言葉じゃないけど、彼は異性の気を引こうとかいうのに全く興味がないみたい。
ひょっとしたら、ということも考えてしまう。
私は異性として認識されてないのか。
私に女子として魅力がない?(いやまさかそれだけは絶対にない。)
全く好みのタイプから外れてるのかな? それとも岳臣君は女子に興味が持てない? いわゆるゲ……。
考えすぎか。
「なんか
岳臣君は目を丸くして動きを止める。
「……えーーと、それって……」
「うん、海が見えるとこ、でなくてもいいからお茶したいなって」
***
「……どうぞ」
「いただきまーす」
私達は行きのルートとは違うバス停で降り、『海が見えるカフェ』で昼食を取っていた。もちろん彼のおごりだ。
せっかくだから、一番高いパンケーキを頼んだ。
と言っても一方的にたかるわけじゃない。
『神社での一件』を帳消し、じゃないけどとりあえず不可抗力ということで
そうしたら、なぜか何度もうなずいてOKしてくれた。
ほんとならこういう提案は、男子からするのが筋だと思うけど。相手は
私自身こういうお店に来るのは初めてだけど、オレンジ、バナナ、苺にマンゴー、キウイ。
フルーツと生クリームがたっぷり乗った、ふわふわのパンケーキを口に運ぶだけで、口元だけでなく顔全体がほころんでくる。
こんなにおいしくて楽しいなら、もっと早くくればよかったな。
「……おいしい……ですか?」
「うん、とっても」
自分の席の隣、ソファーにいる みことみとら、それに鎌鼬の一番小さい子にもパンケーキを食べさせる。
最初はおっかなびっくりだったけど、慣れてくると みこたちもおいしいのがわかったらしい、手に乗せたのをはくはくと食べている。
鎌鼬の子は苺を両手で持って食べてる。念願のしっぽをもふもふして、人差し指で頭を撫でると目を細めた。やっぱり可愛い。
「これは、もう一皿頼まないと」
岳臣君はびくっとする。まだたかるつもりか? そういう表情だった。
「ああ、心配しなくてもこれ以上のは、自分で出すから」
「うん、いやそうじゃなくて……」
岳臣君があごで何かを示す。視線の先には――――
「なあ、あと何皿食べるつもりだ?」
「そうねえ、あと三皿でメニューコンプリートだから、そこまで?」
「経費で落ちるからって、いい加減にしろ」
「あーー、自腹で頼むからだいじょぶ」
今朝会った男がいた。しかも女連れで。
「いやーー、こういうおいしいもの食べると、つくづく日本人で良かったって思うね――」
「それに関して俺は突っ込まんぞ」
女の方は細身で背が高いけど、こんな店内に似つかわしくない季節外れの黒いロングコートを着ている。
しかもきれいなブロンドヘアー、それも銀髪だ。テーブルにはすでに食べたであろうパンケーキの皿が何枚も積んである。それにしても店内の雰囲気とは合わない格好だ。
コスプレ会場じゃあるまいし。私は自分のことを棚に上げて心の中で少し毒づく。
「岳臣君、出ましょ」
子供の頃からの教えで、出された食べ物は全部食べ終わった後で、私は席を立った。
「おい、行ったぜ」
「うん、わかってる。気配で分かる」
「しかし、ほんとにこの店に来るなんてな。ついていかなくていいのか?」
「言ったでしょ、私には『第三の眼』があるって。次行くとこもだいたい分かるし」
「……それは大声で言わない方がいいぞ。『顔見せ』はするのか?」
「もちろん、とりあえずスペック確認しないと前後策立てられないし。
というわけで、パンケーキ三皿追加」
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