〇〇三 邂 逅

「……おい、……おい、岳臣たけおみ

 たーけーおーみーくーーーーん!

 ユースケ・ターケオーミ君」


「ん? あーー、おはよう岡崎。てかなんだよその俳優みたいな呼び方。」


「なにぼーーっとしてんだよ。まあ、ぼーーーーっとしてんのはいつものことか。

 あーー、はいはい。お前もあれだ、やっぱしオトコだな」


 なんのことだと聞く間もなく、去年からの同級生兼悪友は話を続ける。


「今あの子のこと見てただろ」


 視線の先には、目も覚めるような美少女がいる。

 さらさらの、肩を覆うくらい伸びた黒髪で、昔の貴族みたいな姫カット。

 意志の強そうな眉。大きな目、通った鼻筋にきゅっと結んだ桜色の唇、とがったあご

 すらっと伸びた細くて長い脚に、健康そうな絶対領域。

 意識しなくても目が行ってしまう豊かな胸(あんまり凝視すると、周りからも本人からも白い目で見られるけど)。

 容姿、スタイルのよさは、誰が着ても同じような制服の青色のブレザー、黒いハイソックスでさえ、彼女を引き立てる、そんな感じだ。

 どこか見てる、と思ったらスマホを操作しだした。

 しばらく見ていると、僕の方を向いて少しだけ目が合った。が、向こうがすぐに逸らした。

 今朝もあいさつはしてくれたけど、言うほど仲良くもない。

 前に妖怪関連のこと、この地、陽見台ようみだいに伝わる『御滝様おんたきさま』について話はしたけど、それくらいだ。

 お父さんの話題を出したら少し食いついてくれたけど、居場所はわからないって知ったら少しがっかりしてた。

 両親ともめったに家に帰らない上に、最近は連絡も取れてない。はっきり言わないけど、そんな感じだった


「すげえ美少女だよなーー、三滝涼子。

 ただ可愛いってだけじゃなくって、彼女にはすげえ二つ名があるんだ、聞いて驚くな」


 聞いてないし、驚くかどうかもわかんないけどだまっとこ。


「彼女の二つ名、それは『陽見台のスリー・フォール』だ」


 ……どうしたらいいんだ? 驚くどころかツッコミようがないよ。


「この二つ名のいわれを教えてやろう。この高校だけでなく、陽見台の全ての男は彼女に三回恋をするんだ。では内訳を教えよう。

 第一に、見た目だな。容姿端麗辛口、成績優秀、運動神経抜群。

 剣道、薙刀なぎなた和弓わきゅう。それから空手に柔道、合気道と格闘能力抜群。これで好きにならない男はどうかしてる」


 そう、かな? 相手によっては尻込みするだろうし、なんか日本酒ほめてるみたいだったけど。


「特筆すべきは目元だな。大きくてぱっちりした目で、左目の下の泣きぼくろ。

 知ってるか?

 『目の下にほくろがある人は、一生、泣き続ける運命に、あるそうだよ』」


 それ、こないだ岡崎んで一緒に見た、アニメで出てたセリフだろ。

 まだ完結してないみたいだけど、今のセリフ出たのって、僕らが生まれるよりだいぶ前だし。


「続けるぞ。三滝涼子はあの通りくーるびゅーてぃーを装ってはいるが、実は優しい一面があるんだ。

 隣のクラスのヤツが部活帰りに見たらしいんだけどな、彼女すげえかわいいもの、特にネコ好きなんだ」


 ねこ?


「夜中みんなが寝静まったころに公園に現れてな。

 白い母猫と6匹の子猫に、夜な夜な牛乳をあげる『ねこ牛乳』を実践してるらしいんだよーー。

 くーー、溢れる母性愛!

 それにぬいぐるみとかを、もふもふするのも好きらしい」


 白い母猫と6匹の子猫? 公園で『ねこ牛乳』? どっかで見たような聞いたような……。

 っていうか、夜な夜な現れるって怪談じゃないのか?


「んで最後、彼女、本物の姫なんだ!」


「……姫? どういうこと?」


「とはいえ国王の令嬢とかそういうことじゃない。ただし、いいとこの子っていうのは確かだ。

 おじいさん、っていうか一族はここいらの土地持ちで、賃貸マンションとかアパートの家賃収入が結構すごいらしい。でもお金持ちっていうのはこの際置いておこう。

 彼女の周りって幸運が集まったり不運が逃げたりするんだ」


「へえ」


「おそらく俺の勘では、ラプラスの魔石とかそういうので幸運量を操作してるんだよ、すげえだろ」


「……まあなんとなく。たださ、二つ名って『三滝』を訳したんだろ? 

 でも滝の英訳って”waterfall”だろ? スリー・フォールって訳としては三落ちになるからある意味失礼なんじゃ?」


「そこは……それ、あれだ! フィーリングだよ、フィーリング。

 それよりも、だ。たまに三滝涼子のこと見てるよな、俺にはわかる。

 ……好きなのか?」


 僕は言葉に詰まる。いつだか図書室で三滝さんから話しかけられて、妖怪の事とか聞かれたとき、できる限り平静を装って受け答えしてた。

 だけど、横顔だけじゃなく、雰囲気やその物腰。髪をかき上げるしぐさとか、漂ってくる甘い匂いで、ドキドキしたのは確かだ。

 今朝も、後ろから声をかけてもらった時は、心臓が真上に跳ね上がったみたいだったし。

 そっけなく振る舞ったつもりだけど、正直嬉しかった。気がつくと視界の端で、三滝さんを追ってる時もけっこうある。

 図星を指されたからってわけでもないけど、少し顔が熱くなった。


「まあ、お前には荷が勝ちすぎる相手かもしれないがな。

 仮に付き合えたとしても、気苦労は絶えないと思うな。でも、お前がそれでもいいって言うなら俺は止めない。

 もしそれでも、って言うなら陰ながら応援させてもらう。

 ああ、もうH Rホームルームだ、行こうぜ」


 言うだけ言うと岡崎は校門に向かう。

 というか、お互いに『彼女いない歴』=『実年齢』だろ? なんでそんな上から目線なんだよ。


 彼女……三滝さん本人のことはそんなには知らない。

 本人のことを調べなくても、この街の歴史とかを調べると三滝の名前は多かれ少なかれ出てくる。この街では名士の部類に入る家だ。

 それにお父さんは県内外の妖怪について調べてサイトにまとめてある。すごい丁寧な内容だから、僕もよく利用してる。


 でも……なんで今朝の今になって三滝さんのことPRしだしたんだ? クラスメイト、それに悪友としてのつきあいは一年ちょっとだけど、よくわかんない奴だ。

 僕は岡崎の後に続いて教室に向かった。



 ただ、この時の僕は知る由もなかった。

 岡崎の言うことがある意味では正解で、校内、いやこの地域一の美少女が噂通りの姫。

 そのとてつもない運命に彼女だけでなく、僕も否応なく巻き込まれていくことに。 

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