やしゃ ひめ!
「御滝様(おんたきさま)の章」
〇〇一 浄 眼
「ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ……。
はぁッ!!」
ザンッ! ――――ザアアアアアアアアアアアアーーーー
真一文字に振り抜いた私の木刀は、滝壺に勢いよく落ちる大量の水を斬り裂いた……。
はずだったけど、当然木刀で水が斬れるはずもなく、間断なく落ちる滝は相変わらず。
滝壺へ落ちたあと、川になって下流に流れていく。
――――すぅぅぅぅぅぅぅ――――………… ぴたっ。
両腕を開いて、胸いっぱいに息を吸う。止める。
「――――っていうか……今の私には……。
……マイナスの効果しか、ないっていうのーーーーッ!!!」
腹筋に力を入れて、胸を反らして、空に向かって叫んだ。
その叫び声も、滝の音にかき消されて吸い込まれていく。
ザアアアアアアアアアアアア――――
「はくしゅん!!」
何が悲しくて、5月の寒空に16歳の若い身空で、早朝5時に起きて剣道着着て。
滝壺で水に打たれながら、木刀で滝斬りなんてしなくちゃならないの?
ここは滝壷のほぼ真ん中。すぐ右には大きな岩が
聞けば、古い昔に
滝になって、この地域は餓死者を出すのを免れたとか。そのあとこの岩を祀ったらしいわね。
まあどこにでもある
なにか、岩じゃなく他の何かに見える時もあるけど、なんだろう。
――――ああそうか、思い出した。大きな虎だ。
私自身は覚えてないけど、2歳くらいのころ、夜中にお月様に照らされてる岩を見て、虎だと思った私がわんわん泣いたって。
そうしたらお母さんがあやしてくれて、お父さんが肩車して『こわくないよ』ってなだめてくれたんだった。
思い出すと懐かしいな……。
おっと、のんびり脳内解説してる場合じゃないわ、心臓
「――――あれ?」
滝壺の底に何か光るのが見えた。もう剣道着もずぶ濡れだから、としゃがんで光った部分を手で探る。
拾い上げると、直径7cmくらいの水晶があった。
「きれい……」
思わず見とれてしまった。今の私、滝壺でびしょびしょだわ。身体が冷えちゃう、早く上がらないと。
「あーーさむい」
滝行もそこそこに滝口から出た。そのまま家の裏口に向かう。
珍しいことにうちは家の真裏に滝がある。というか滝の近くに家を建てた、っていうのが正確な表現か。
「こりゃ、涼子。こんなに早く滝行から帰ってきおって」
「おじいさま、くしゅん、どうにも寒くって。それに滝斬りの行は済ませました」
「なんだ、そんなことで
「お説教は後で、今はお風呂に入らないと」
寒さで歯の根が合わない。
ガチガチガチガチガチ
「ちょっと待ちなさい、その手に持っているのはなんじゃ?」
「なにって、今滝壺の底にあったのを拾いました」
おじいさまに今しがた拾った水晶を見せる。
「……んんーーーー? こ、これは……。ああ、身体が冷えるといかん。早く風呂に入りなさい」
まったくもう……スポーツブラはしてるけど、濡れた道着着たままだから寒いし。透けてないでしょうね。
――――シャァァァァァァァァァァ
……はあ、やっぱりシャワーって気持ちいいなあ。身体が冷えてたから余計あったかい。
指先に血が通っていくのが分かる。しっかりマッサージしとかないと。
滝に入ると、時々だけど初めて滝壺に入ったこと思い出すなあ。
自分ではそんなにはっきり覚えてないけど、4歳くらいだったかな。
庭で一人遊びしてて、弾みで滝の淵に落ちちゃって。
下手したら、滝壺に呑まれて溺れ死ぬかもしれなかったみたいだけど、奇跡的に助かったんだよね。
その滝にまた修行で入るんだから、ほんっと人生って皮肉なものだわ。
――――カサッ
ガラッ
ガスッ!!!
「ぐおう!!」
「なにやってんのこのスケベじじい!! 孫娘のお風呂、堂々と
私は素早くバスタオルを身体に巻きつけて、おじいさま、いやもとい回春スケベじじいにハイキックを見舞う。
足の甲がじじいの首、そして頬にクリーンヒットした。
「な、なにを……
「案じるなら、朝っぱらから滝行なんてやらせないでよ!!
どうせ、シャワー浴びるから
わなわな震えたかと思うと、今度は突っ伏してしくしく泣き出す。
「う、ううっ……おばあさん、涼子が、涼子がーー……ぁぁぁ……」
「困った時におばあさんに泣きつくの悪いクセ。第一、とっくに他界してるでしょうが」
おばあさまが生きていたなら、この広い家で二人で暮らすこともなかったろうし、私の気ももう少し安らいでいただろう。
それだけにおばあさまが先に
おじいさま、いや今はエロじじいか。
名前は三滝
見かけは伸びた白髪を首の後ろで束ねて、口ひげを整えて道場着を着ている。
やや面長の顔立ちと相まって、黙っていればそこそこ見栄えはいいんだろうけど、年甲斐もなく、とにかくスケベなことに目がない。
「突っ伏して号泣してないでさっさと
おじいさまは両手を顔につけて、黙って出ていこうとするけども――――
「その前に、私のブラ返しなさい!」
振り向きざまの、背徳煩悩じじいに右フックを
どむっ! ダァン!!
拳はじじいの
その懐には私のブラが入れられていた。すかさず回収する(加齢臭が気になるから、洗濯しなおそう)。
スローモーションで倒れながら、じじいは感慨深げにつぶやく。
「……
ばたん、 ガクッ
どこで成長確認してるんだか、全く。
制服のブレザーに着替えて、お茶の間で食後のほうじ茶を飲んでいると、不意におじいさまが、奥座敷から私を呼びつける。
行ってみると座敷の上座にいたおじいさまは、納戸から何か桐の箱を持ち出してきた。
「その箱を開けてみなさい涼子。それは、のちのちお前の人生に必要になるものだ」
目を閉じて
布にくるまれて何かが入っている。
「……? ……………!」
「どうだ? 驚きのあまり声も出んか」
「確かに驚いてます……。これが本当に、のちのちの私に必要なんですか?」
「うむ」
おじいさまは、目を閉じて腕を組んで
「――ええと、
『ツインテール
もう一枚は――
『田舎暮らしの
他は――――」
「うわっ!」
「こ、これは
い、いやうら若き乙女がそんなもの読み上げるな!!」
うら若き乙女に、まかり間違っても
けっこうオールラウンダーね 源さん)。
「……これじゃ」
桐の箱に入れられてる、紫色の絹の布を開くと一種異様なモノが入っていた。
一見すると、昆虫の幼虫とかタツノオトシゴみたいにも見えるけど、フォルムは、人間の胎児? 未熟児にも似てる。
そして目に当たる部分には、直径7cmほどのくぼみがあった。色は黄色で全体の長さは25cm程だ。数珠や勾玉が巻きつけられている。
あんまり可愛くは、ないかな。
「今朝お前が拾ったという水晶があったろう。それをここに」
言われるまま、水晶をくぼみに押し込む。きれいに収まった。全体が少し輝いたようにも見える。
「これはお前も名前は知っていよう、『夜叉の浄眼』だ」
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