第10話 生存領域『スタジアム』

 ごろつきが襟首を掴むや否や、ラックが姿勢を崩した。上半身を捻ることで襟首で手首を巻き込み関節を固め床に引き倒す。別の男が困惑に拳を固めた。脳天目掛け突きを叩き込む。ラックの頭部が横にぶれる。懐に潜り込まれたと男が認識したときには遅かった。首に金属製の二の腕が絡みついていた。前傾姿勢から一転、後方へと吹き飛ばされる。

 三人目。目にも留まらぬ足捌きで肉薄するラックに怖気付き背中を見せる。そして脱兎の如く逃亡した。


 「ふん。風下にも置けない連中だ。さしずめキャラバンとでも思ったんだろう」


 ラックは襟を正すとため息を漏らしていた。件の双子から場を仕切っているリーダーに会えといわれてスタジアムを歩いていた最中に襲われたのだ。


 「で折角の機動装甲服を役立てないお前はなんなんだ」


 ラックは頭を抱えて隅っこの方で布を被って隠れているリリィを見てあきれ返っていた。最盛期は砲弾をかわし、銃撃を弾き返し、スラスターユニットで障害物を乗り越えながら高速移動できたというその兵器を、リリィは使うことも無くおどおどしていたのだ。

 リリィは布を脱ぎ捨てると両手を腰にやり偉そうに頷いていた。


 「どーだ参ったかコノヤロー!」

 「おい! はぁ……アースイーター相手に銃ぶっ放してたくせに人間相手だと妙に弱気なんだな。的の大きさが違うだけじゃないか。狙うだろ? 撃つだろ? 死ぬって寸法よ」


 リリィがバイザーの奥でくぐもった声を上げた。まるで洞穴で冬眠していた熊がたたき起こされたような声だった。

 ラックは見落としていた。リリィはメカニック・整備士でありレンジャーのように死線を潜り抜けてきたわけでもなければ、猟師のように獲物を追いかけた経験もないということを。兵器を扱えるのと、戦えるのとでは、違う次元の話なのだ。

 

 「早いことリーダーとやらに謁見しよう。敵意が無いことはわかってくれてるだろうからな」

 「何をお願いするってのさ」

 「ガスの補給のあてをつけたい。対価となる物資は積んできてるからな、あとは交渉次第だ。こんなでかいスタジアムにスライダー二機を運用できているということはガス資源の安定供給先があるはずだ」


 この時代の『資源』と言えば第一にガスを指す。採掘途中で放棄された深度資源を入手できたものがその地区を制するとも言われている。第二に、旧世界の資源を指す。希少金属。電子機器。情報。その他。これらが無くては生存領域は守れないのだ。


 「強引にぶんどりにきたらどうする?」

 「そんときは世界共通言語でお答えしよう」

 「なんそれ」

 「武力」


 ラックが笑った。


 一方そのころ、ニュークは格納庫にすっぽり収まり両膝を付いて沈黙しているシャマシュの足元で自動拳銃を弄って遊んでいた。もとい、守っていた。両足を負って体育座りをしていた。つまらなそうに銃のチャンバーを開けたり閉じたり安全装置をカチカチ言わせていた。


 「遅いですね……寒いといいたいところですけど」

 

 生憎寒さを“検出”することはできても、不快な感覚は覚えないのだ。むしろ冷たいほうがCPUの冷却機能が高まるので好都合なほどだ。

 にゃーと泣き声がした。つま先に黒い猫が擦り寄ってきていた。

 銃で遊んで誤射しては一大事だ。銃を置くと、猫を胸元に抱え込む。


 「猫。………にゃ、にゃー」


 ニュークが精一杯の高い声で鳴きまねをした。女性のソプラノボイス音域に近い声質なためか、猫が聞いても違和感の無い鳴き方だったろうに、しかし、猫としてはイントネーションがおかしいのか内容に違和感があったのかきょとんとしていた。


 「ごめんなさい。猫の言語はインストールされていないんです」


 猫がごろごろと喉を鳴らす。ニュークは猫の頭を撫で始めた。






 スタジアム。大昔、木の棒と球体で選手が競い合っていたという場所へやってきた。

 外壁は強固なコンクリートで固められており、対空機関砲を含む銃座がびっしり並んでいた。周辺にはいまだ朽ちぬビルがそそり立っており、スタジアムとの間に縄梯子やワイヤによって蜘蛛の巣が形成されていた。

 話は通っていたらしい。だが歓迎はしてくれなかった。


 「手足を外せと……? 馬鹿いうんじゃない。どこの世界に両足捥げというやつがいるんだ」


 守衛の男たちの表情は暗かった。支持命令をそのまま伝えているのであって、面白半分にからかっているわけではないということを暗に伝えていた。


 「ボスからの命令だ。女は装備を外せ。男は両手両足の義足義脚を外せ。金髪の女はくるな。ということだ。早くしろ。装備を盗まれることを心配しているなら、お前たちには無用なことだな。用件を飲まないなら進ません」


 ヘルメットを被り大型リボルバーを腰に挿した黒人男性が言った。ボスとやらがいる部屋は頑丈な金属製で、車両止めコンクリートブロックで固められていた。押し入るには少々骨が折れそうだった。

 ラックは首を振ると皮肉げに口元を緩めた。


 「更衣室はあるかい? 鏡と椅子も欲しいね」


 男が苦々しげに顔を歪めると首を振った。


 「バスルームでやれ」

 「へいへい」


 やむを得ないらしい。ほかに燃料補給のあてもないのだ、従うほかに無い。手足を外せば文字通りに手も足も出ない状態に陥るが。


 「車椅子くらいは用意してくれ」








 「王様のご登場なんて、歓迎するわ」

 「歓迎していただいて誠にありがとうございますってか」


 車椅子に乗せられボスの部屋へと通されたラックはご機嫌斜めだった。腕は無く、足もない。バッテリー装置も取り外され武器一つ持たぬ身で車椅子の上でふんぞり返っていた。無力な青年に見えるだろうが剣呑な眼光が牙を秘めた猛獣であることを外部に伝えていた。

 ラックらが訪れた生存領域『スタジアム』のボスは時代にそぐわぬ赤いパーティードレスを着込んでいた。たわわに実った肉感的な胸元を強調するスリットの入った大胆なデザイン。安楽椅子の前で組まれたしなやかな二の足はむしゃぶりたくなる色香を放っていた。堀の深い顔立ち。黒髪を腰まで垂らした美麗な姿があった。


 「“スタジアム”の主が女とはね」

 「あら。エバーグリーンの王子様が若い男の子だなんて意外だったわ」

 「知っててこの扱いは酷すぎやしないか?」


 ラックは室内をぐるりと見回した。ガソリン駆動車。バイク。レシプロ機などが並ぶ格納庫のような場所。ボスの部屋というには油くさく、その割りにボスの格好が浮世離れしていた。到底整備の出来る格好ではない。高貴な身分のものたちが酒を嗜む場であれば混ざることができただろう。


 「知ってて手ひどい扱いしてみたのだけれど……お嫌いかしら?」

 「嫌いだね。俺の手足を外しやがって。こちとら燃料と食料の補給がしたいだけだ」

 「対価があればなんなりと」

 「積荷なら持ってきた。希少金属、電子機器、欲しいものを言ってみろ」


 ラックは強気な姿勢を崩さなかった。完全に場の空気に呑まれて萎縮しているリリィとは対照的だった。

 女は椅子から腰を上げると、ラックのすぐ傍にやってきた。だぶだぶの服に巻かれて眼光鋭くしているラックの正面で屈み車椅子の肘掛けに手を置く。


 「エバーグリーンの王子様が欲しいわ。若くて可愛いものね」

 「ハ。やれるか、お前にな。いずれそちら側から欲しがるかもしれないぜ」


 女がラックの鼻を突いた。息と息が交じり合うような距離感だった。


 「ま、待ってよお姉さん! ぶぶぶ物資のが欲しいんでしょ! ね! ねぇってば」


 俯き沈黙していたリリィが素っ頓狂な裏返り声を上げた。二人の間に割って入ろうと手をわたわたさせ、距離感の近さに割って入れず隣でうろたえていた。

 女が口元を押さえてクスクス笑った。


 「じょーだんよ。冗談冗談。取って食うってわけじゃないわ。それともなぁに、王子様が“そういう目”に遭うのが許せないのかしらオタク娘ギークガールちゃん」

 「ち、ちっちがわい! この素人坊やがでしゃばるのが我慢なら無いんだい!」


 リリィが顔を真っ赤にして肩を震わせる。拳を握り締め、精一杯の鋭さを視線に乗せてはいるが、羞恥心をこらえているようにしか見えない。海千山千の相手には通用しない。

 女は妖艶な笑みを崩さなかった。


 「はいはい。だぁいすきな王子様のことは食べたりしないわよ。もう少し大人な子のが好きなの。三年後にいらっしゃい」

 「本題ビジネスに入ろうぜ。姉さん」


 ふん。鼻先で吐息を漏らしたラックは、平然とした顔でいた。心なし頬が引きあがってにやついてはいたが。嫌いじゃないのだ。女性は。“棒切れ”かなにかではなかった。


 「姉さんじゃないわ。私はクラウディア。クラウディア=イレールア。呼びにくいでしょうしクラウディアで結構。ディーディーでもいいわよ。そちらの要求は燃料と整備。身の安全の確保。そんなところかしら」

 「食料もつけてくれ」

 「食料ね。こちらの要求はあの怪物を打ち倒すこと。優秀な兵士が必要だわ。私たちの生存領域は人員を減らしたくないの」


 クラウディアが一枚の写真をリリィに投げてよこした。

 リリィは写真を受け取ろうと奇妙な盆踊りを踊った挙句取り落とし、顔を赤くして恥ずかしそうに拾った。リリィは写真を車椅子に乗っているラックへ見える位置にかざした。

 ビルを遥かに超える巨体が映りこんでいた。鉄塔よりも高く、山のように巨大な姿。表層にはびっしりと常緑樹が繁殖しており、無数の鳥の群れが取り囲んでいた。頭部に該当する武器には一対の角のような物体が生えていた。

 この世界には人知の及ばない存在が徘徊していることがある。歩くだけで都市を破壊し、毒を撒き散らす怪物たち。人々は次のような括りに当てはめて呼んでいた。


 「私たちはあの災厄ディザスターを“死の森の主”と呼んでいるの。生存領域最大の敵にして最大の資源。討伐のために過去挑んできた兵士たちはことごとく死んだわ」


 クラウディアは続けていった。方法は問わない。あいつを倒せと。

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