第7話 ID NUKE


 数日後。

 サキは、目の下のくまを深遠に近しい深さに変えながら、灰色の脳細胞を過負荷運転させていた。


 サキは自分のことを芸術家と思っていた。

 終わった・・・・世界で数少ない高度遺失技術を使い人体の神秘に挑んでいるからだ。人体は言うならば小宇宙だった。三十七兆を数える細胞が織り成すハーモニウスは人知を超える奇跡を演出してくれる。

 特に、脳はそうだった。

 驚いたことにその拾いもののアンドロイドの脳の構造は人間のそれに酷似していた。

 数十数百数千数万層にも及ぶ電子演算装置が人間的なファジー思考を発生させていた。ノイズにより通常の思考ができなくなっているようだった。

 サキは接続口に合わせて作成した端子をパソコンに繋いでキーを叩いていた。ノイズの修復の為に手を尽くしていたのだが―――レコード円盤再生装置でデジタル装置を再生しようとしているかのようだった。ランクが違いすぎた。


 「面白い……一週間で修理なんて無理な話だったんだわ」


 サキはパソコンを畳むと―――おもむろに、別のパソコンを手術台に繋いだ。アンドロイドの配線は別のコンピュータへ。配線と配線が二人を繋いでいた。


 「ちょっとだけ。ちょおおっとだけ見るだけは許される~」


 下手な歌を歌いながらパソコンのキーをタイプ。画面を畳むと籠状のヘッドギアを被って目を閉じた。

 手術台のパネルがチカチカと赤とオレンジに点滅していたが、ややあって緑に変わった。


 「―――――――~~~~~~~~~~~っ!!!????」


 次の瞬間肺胞から喜悦の声が絞り出された。肢体がひっくり返り蜘蛛のようにくの字の橋をかける。


 「……! ……!」


 絹を裂くような声で隣人が飛んできてもおかしくないというのに、物音一つなかった。

 悪いことに彼女の部屋は防音だった。訪ね人も入れぬよう鍵までかけていた。

 更に数日後。流石に不審に思ったリリィが扉を散弾銃でぶち破って突入してようやくサキは救われた。サキは、食事も取らず水分も飲まず手術台で“七転八倒”していたのだ。


 「………」

 「………」

 「………」


 なんとも言えない気まずい雰囲気が流れていた。

 修理のはずが己が機械の実験台としてアンドロイドを利用していたことが発覚したのだ。死闘を繰り広げた相手であるアンドロイドに熱心なラックは、腕を組み指をしならせていた。


 「確実に壊れたろ。後始末はつけてくれるんだろうな」


 サキが魔法の舌ごまかしを行使せんと両手の拳を握り締めたところだった。


 「………ご心配には及びません。少々調整に手間取りましたが私の思考構造をサキ様の脳波と一時的に同期しリフレッシュを行いました」


 赤い瞳に柔和な笑みをたたえたアンドロイドがむくりと起き上がっていた。

 唖然として固まる女性二人組みをよそに、ラックが両手を肩の高さまで掲げて歓迎を示す。


 「はじめまして。個別識別ID NUKEと申します」

 「“核兵器ニューク”とはけったいな名前だ。気に入った」


 ラックとアンドロイド“ニューク”が手をがっしりと組み合った。

 数日間に及ぶ死闘の末に友情でも芽生えたのだろうか。傍から見ている二人からすれば三次元の瞳で四次元空間を見るようなものだった。


 「ン……待ってもらえるかしら」

 「ご随意に。ミス・フリーマン」

 「ミスは結構。サキでいいの。お二人はどんな仲なの?」


 一瞬一人と一体が顔を見合わせた。


 「友人だな」

 「友です」


 理解できないとサキがそっぽを向いた。殺し合いから始まる友情もあるらしい。理解は出来ないが、認識はできたらしかった。





 「まずは身なりを整えないとな」


 ラックは好奇心から外に出たがるニュークを制していた。盛りのついた犬よろしく全力疾走しかかったのだ。

 ニュークの身なりは朽ちかけた布を上着として羽織るというものだった。おまけにブロンドを腰に流した赤い目の人物である。エバーグリーンでは目立ちすぎた。顔に泥を塗りたくったところで髪は隠せない。せめて服装で誤魔化すしかなかった。

 幸いなことにニュークの背丈とラックの背丈は同格だった。

 ラックが見ている前でニュークが服を着替える。頑丈な獣皮のズボン。ベルトとポケットが無数に生える継ぎ接ぎのコート。顔をすっぽり覆う羽毛付きのフード。凍結したこの世界にはぴったりの服装だった。


 「これでよしと。この世界で生き抜くなら武器が必要だ。後で繕うからな」

 「ラック。少しよろしいですか」


 ラックはニュークのために武器を引っ張り出そうとしていた。壁の隠し武器棚に鍵穴を差し込み、ずらりと並んだリボルバーやボルトアクションを渡そうとしていた。

 ニュークが傍にやってくると両耳に手をあてがった。


 「なんだ?」

 「心臓部に微弱なパルスを検出。人工物ですか」


 ラックは上半身の服を脱いで肩に引っ掛けていた。普段着に着替えようとしていたのだ。手術の痕跡が浅黒い肌に刻み込まれていた。ピンクと赤の混じった稲妻のような跡が右胸から伸びており、電子的な回路が肌の表層を走っているのがありありと浮かんでいる。心肺機能を含む内臓のいくつかを置き換えている証拠だった。傷口を指でなぞると目を閉じる。左目だけが閉じて、右目はレンズがピントを絞った。


 「あぁ。一度死に掛けた。両手足と右目を持っていかれたよ。心臓も駄目でね。俺が生きていられたのは奇跡に近い。爺様は俺の恩人だよ」

 「実は私も動力装置の劣化が始まっています」


 ニュークが自分の胸に手を置いた。


 「全体の損傷や劣化は無視できるのですが―――心臓部たるバッテリー装置と制御機構に狂いが生じています。待機状態のままであればあと数十年は状態を保っていられましたが」

 「起動したのか」

 「些細なきっかけです。しかし、一度光を見たあとでは自分が停止する日が来ることが恐ろしくてたまらない」


 ラックはニュークにソファに座るように言うと、自分もスプリングを軋ませつつ座った。


 「俺は死ぬ。足は車椅子でいい。腕は別のやつに代わってもらえばいい。右目は、左目がある。心臓だけは代わってくれない。修理に使えるパーツを見つけない限りは」

 「実は」


 ニュークが切り出した。机の上にあったらしい付近の地図を見つめながら。眼球運動は正確無比だった。人間のように眼球が震えるようなこともなく、地図を順番に読み取っていた。


 「修理のあてがあると言ったら?」

 「………聞こう」


 ラックが身を乗り出した。肘を腿について前傾姿勢をとった。

 ニュークが人差し指をぴんと立てて歌うように発言した。


 「私の記録メモリーに該当が一見あります。北限の土地。水没した廃都に眠れる姫がいると。彼女が有する技術力は遺失技術のなかでもずば抜けて高いと」


 ニュークの赤い瞳がきらりと光った。


 「エバーグリーンの記録に侵入……や、失言を。閲覧させてもらいました。伝承として伝わっているそうですね。霜の巨人を従え地下深くで眠っているという姫君を。スノーホワイトという名前で」

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