第5話 遭遇




 ぽつり。鼻先に水滴がかかった。意識という魚が無意識という大海原の居心地悪さに尾を翻し上昇を始めた。

 鈍痛。あるはずの無い足と腕が熱を持つように痛い。幻肢痛だった。ラックが時折苦しめられる現象が感覚を圧迫していた。目を開く。氷柱が見えた。雪に刺さっている。


 「いつつ………腕……足は……無事か」


 身を起こす。腕と手足をばたつかせて姿勢を元通りにする。義足義手が動くということは故障しておらず、バッテリー切れも起こしていないということだ。手足が動かなければ文字通り手も足も出なくなる。

 ―――しかし、なぜ氷柱が雪に刺さっているのだろうという疑問が去来する。答え合わせは見上げることで得られた。天井と思っていたのは研究施設かなにかの瓦礫であり、ナイフのように尖った氷柱がびっしり生えていたのだ。己の立っている箇所の真上に穴が無い。直接落ちてきたわけではないようだった。


 「くそっ!?」


 次の瞬間、氷柱の一本が肩先を掠めた。咄嗟に身を屈める。氷柱が雨のように降ってくる。背中のバッテリー装置にぶつかりはじける衝撃があった。例えいくら氷柱が鋭かろうと鉄板を抜くことは出来ない。防寒服にかかった氷片を払って立ち上がる。


 「お………」


 どう見ても人間としか思えない残骸を引きずったナニカと目が合ってしまった。

 身長170cm程度。ボロ布を頭からすっぽり被った両手足を持つ人型。爛々と輝く赤い瞳がラックの青い双眸を睨み付けていた。遭遇において重要なのはお互いの関係だ。敵対ならば先手必勝。友好的なのであれば握手を。不明なのであれば――。


 「止まれフリーズ。動けば頭を吹っ飛ばす」


 素早く背中のリボルバーを抜くとぴたりフロントサイトとリアサイトに対象物を重ね合わせる。距離10m地点から放たれる秒速400mの弾丸を回避できる人間など存在しない。等しく肉体を損傷させられる。

 ラックは油断無く引き金に指をかけていた。不審な動きがあれば発砲できるようにと。


 「聞きたい。俺はこの場所にあるという過去の遺産を探しに来た。よければ一緒に探さないか。山は半分半分。どうだ」


 緊張感溢れる対面というのに、ラックは口元に浅い笑いまで浮かべていた。敵意がないことを示すべく銃を下ろす。相手の出方を伺おうとしていた。しかし腕に琴線を張っていた。つま弾くようにして、銃を跳ね上げられるように。

 相手は握り締めていた人間の残骸を離すと、ぶつぶつなにやらつぶやき始めた。ノイズ混じりの声。支離滅裂な内容が流れては消えていく。


 「ウ   ガァァァァァァァァ!」


 相手が――否、敵が吼えた。

 発砲。強装弾が吼える。銃口から黄金の火が吹き出るや、雷光の如く空間を穿ち、しかし対象者のボロ布を貫き腕にめり込んで止まる。


 「何? ちいっ」


 敵がボロ布を振り払う。長く美しい金色の髪の毛。白い肌。赤い瞳は瞼よ引き裂かれよと言わんばかりに上下に見開かれていた。首筋からは回路が、額からはフレーム構造が覗いていた。


 「アンドロイド!」


 暴走していたアンドロイドだった。探索しにやってきた哀れな犠牲者はこのアンドロイドに殺されたのだろう。

 ラックは駆け寄ってくるアンドロイド目掛け発砲しようとしてやめた。ストッピングパワーが足りない。アンドロイドを撃退するにはショットガンのような近接で優位な銃が必要だ。それか対物ライフルや、手榴弾のような爆発物が。いずれも所有していない。ならば選択肢は一つだけ。

 銃を捨て、両腕を素早く固め、相手の懐にステップで潜り込む。


 「―――シッ!」


 浅く息を吐き、胴体の振りを乗せた右アッパーを振りぬく。手ごたえあり。アンドロイドの頭部が激しく後部にぶれる。次の瞬間首根っこを掴むと足を払い地面に叩き付けた。

 アンドロイドが目を回したかのように瞼を痙攣させていたが、刹那、開いた。脳が無いのだ。脳震盪など起こるはずが無い。ラックの襟首を掴むと腹に蹴りをぶち込み5mの距離を浮遊させ地面に叩きつける。

 

 「ぐあっ!?」


 ゆらりとアンドロイドが起き上がり、ラックが足を振った反動で立ち上がった。


 「ぐううううううぅぅぅ!!」

 「おおおおッ!!」


 アンドロイドが駆けた。両手を振り回し、獣のように咆哮を上げながら。

 ラックは敵が繰り出す凡庸な腕の振り回しを、姿勢を低くしてかいくぐった。腹部に肘をぶち込む。宙に浮いた敵を地に引き倒し馬乗りになった。


 「このっ! いちいち! うるさいんだよ! 鉄屑がッ!」


 四発のパンチを顔面にお見舞いした。五発目は阻止された。次の瞬間、ラックの体が空中に投げ飛ばされた。


 「く……ぐ、ぁ」


 腕を掴み放っただけだと気が付いたのは、壁面に背中から叩きつけられバッテリー装置からきな臭い香りがした辺りだった。腕も足も機械なのだ。独立した発電装置を積んでいる心臓はともかく、足と腕の背中の装置せいめいせんは守らねばならない。

 ラックは口の中がざっくりと切れて出血していることを味覚で知った。唾液を吐き出すと、口元に笑みを乗せて拳を構えた。首を回す。こきりと小気味いい音。


 「上等だ。喧嘩は久々だ」


 アンドロイドが吼えた。

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