第4話 転落
高温を帯びた特殊合金製の“そり”が雪はもちろん大地さえも溶解させ流動体に変貌させてしまっていた。機体後部のスラスターが火を噴き、巨体を“滑らせる”。装甲車に手足をつけたような不恰好な物体が雪原を疾風のような速度で駆け抜けていた。一見すると等速直線運動しているように見える。氷の上を滑る氷の塊のようだった。
風を切り、スラスターから青い火を噴きつつ白い偽装布を纏った巨体が疾駆する。肩に相当する部位に砲を背負って、腰を落として滑っていく。積雪もものともしない。雪もろとも岩盤を溶かし滑走しているからだ。
機体が雪溜まりに衝突するや、偽装布で雪を振り払い、空中に飛び出した。両足を揃え着地。地面から突き出したビルの壁面に飛びつくと同時にスラスターノズルが偏向した。窓枠から建材をねじ切りながらもビル屋上目掛けて進み、軽く触れさせていた片手で壁面を押して空中へ。着地。前方に見えてきた巨岩へ跳躍した。
「ひえっ!? うわぁぁぁぁ馬鹿ぁぁぁぁぁああああ!」
機体上部に取り付いていたリリィが元気な悲鳴を上げた。
機体が跳躍し、あろうことか後転したのだ。両足をぴたりと揃え両腕を屈伸させ一回転。頭部に相当するキャノピーが巨岩を掠め火花を散らした。
着地。両拳を地面に叩きつけ膝を曲げた姿勢で静止した。衝撃に大地を覆っていた雪が空中を白く彩っていた。
「シャマシュの状態は良好。気持ちよく跳べてよかった」
「あのね」
キャノピーに覆いかぶさるようにして機動装甲服の一文字のバイザーが現れた。キャノピーをがんがんと拳で叩いている。
「誰が跳べっていったよキーング!!!」
「ン? あぁ、まだいたのか」
「ひどい。ひどくない? 仮にも嫁入り前の女の子が乗ってるんだよ?」
「こっちだって王族だぞ。王の馬に乗ってるんだから多少は目を潰れ。どいてくれないか」
ラックが口元をにやにやさせながら言ってのける。無線装置のスイッチを切ると、キャノピーを開放した。ちらつく雪の彼方に望む地下空洞に繋がる穴を双眼鏡で観察してみる。一見すると雪原に口を開いた黒塗りの土地にしか見えない。
明けの明星が空で輝いていた。ラックとリリィは一晩かけてやってきたのだ。
ラックが息を吐くと、息が白く変色し、風にさらわれていった。心臓を含む機械部分を駆動させるためのバッテリーと発電装置を内蔵したバックパックからの熱が背骨を温めていることがはっきりと知覚できた。
装甲車並みの重量があるスライダー『シャマシュ』で接近するのは選ぶべきではないだろう。地面を踏み抜いて地下空洞真っ逆さまにもなろうものなら悲惨だ。スライダーは上下動に優れた乗り物ではないのだ。登坂装置を搭載していない以上は近寄るべきではない。
ラックは機体のエンジンをアイドリングにセットすると、キャノピーを開放し、縁に足をかけた。携えるのは六連装のリボルバー拳銃だった。ロングマガジン。自動小銃のストックを削った追加装備によってまるでサブマシンガンのような外見を得ていた。
「シャマシュを頼む。見てくる」
「私の装備で行ったほうがいいんじゃないのかな。飛べるよ」
ほれほれと言いつつリリィが背中の噴射装置を見せるべく機体の上でくるり一回転してみせる。
ラックは首を振ると、リボルバーのシリンダーを横に滑らせて弾を確認した。背中に銃を差すと、機体側面にくくりつけておいたフック付きのロープやら、ピッケルやらを取り出した。ヘルメットを被ると額の部分のライトを灯す。
「飛べないときのほうが多いくせによく言う。柔らかい雪に埋もれて凍死したくないなら待っておけよ。スライダーを盗みたい連中は山ほどいるんだ」
「仰せのままに。オウサマ」
ラックは歩き始めた。不安そうに視線を送ってくる腐れ縁目掛けて振り返らず拳を固めておく。任せておけ。背中で語る。
穴にたどり着く。へりの地面を指でこすって丹念に調べる。手袋を外して口に咥えると、パウダースノーを呼気で追いやる。人工物が剥き出しになっていた。経年劣化激しいコンクリートの地面。金属製のレールらしきものが地面を横切っていた。列車が走っていた痕跡だった。レールにフックをかけると、腰のラペリングベルトにロープを通す。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。あるいは悪魔か…………」
ラックは自分を奮い立たせるべく独り言を紡いでいた。
雪原に口を開けた穴へと身を投じる様は、地下に潜む怪物に挑む探求者のようだった。
ロープを緩める。締める。緩める。締める。繰り返しながら、緩やかに闇の中に身を潜り込ませていった。
ラックの表情は暗闇よりなお暗かった。額のライトで下方を照らしても、距離がありすぎるのか光が吸い込まれていくだけだったのだ。腰からケミカルライトを取るとへし折り発光させた。闇に投じる。落ちていく。落ちていき、止まった。目測では50mはある。落ちれば即死は免れない。
「ちょーーーーいだいじょーぶー?」
「おい。約束破りやがったな」
降下中声が降ってきた。すわ何事かと仰ぎ見れば頭部装甲板を外し素顔をさらけ出したリリィが覗き込んできているではないか。スライダー『シャムシュ』は無防備な状態ということになる。乗り込まれたら一巻の終わりだ。仮に乗り込まれなくてもロケット砲でも撃ち込まれたら悲惨なことになる。帰りが徒歩になること間違いなしだ。
ラックが顔を覆った。やむをえない。戻るべきだろう。
リリィが表情を変えると頭部装甲を閉じた。一拍遅れてバイザー型カメラ装置が光を灯す。
「銃撃………!」
リリィの動きは神速だったと言えるだろう。穴の中で咲いたマズルフラッシュに反応してかわそうとしたのだから。
ラックの反応は一拍遅れだった。発射音を耳にして身をよじったのだ。反応できたとしても回避は不可能だった。ロープでぶら下がっていたのだ。登るも降りるも時間がかかる。飛び降りるなどもってのほかだ。
「おっ………!?」
ロープがぷつりと切れる。銃弾が運の悪いことにロープを直撃したのだ。支えを失った肉体は暗闇へと引きずりこまれていった。
「うおおおおおッ!!!」
ラックの姿が闇に飲まれ輪郭線を失った。主人を失ったロープの切れ端だけがレールから伸びて風に揺られていた。
「オウサマー………ら、ラック? ラックー!!!」
地下空洞にリリィの金切り声が反響した。
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