五 沖田総司之章:Withdrawal 京都撤退
壱 去洛
頬を撫でた風に、冷たいつぶてが交じっていた。空を仰ぐと、どんよりと重い灰色の雲から雪が落ちてくる。
「冷え込んでると思ったら、雪か」
吐く息が白い。寒いのは困りものだけれど、雪は好きだ。
試衛館で過ごしたころは、雪が積もるたびに平助と雪玉をぶつけ合って遊んだ。大人ぶった斎藤さんも、ちょっと挑発すると、むきになって参戦する。しまいには三人とも雪まみれのびしょ濡れで、永倉さんや原田さんに呆れられながら湯屋に連行された。
京都に降る雪は水っぽいから、すぐに解けてしまう。
四年前の春に京都に出てきて、三年前の夏に池田屋の大手柄を立てて、二年前の春に山南さんが死んだ。おれは山南さんの墓を見つめる。時が過ぎるのは早い。病が進んで眠ってばかりだったこの半年は、特に。
おれの隣で手を合わせていた花乃さんが、目を開けておれを見上げた。
「お別れの挨拶はもう十分どすか?」
「うん。まあ、そもそも、ここで何か念じたところで山南さんと話ができるわけじゃないしね。おれも墓の下の住人になったら、山南さんの声が聞こえるのかもしれないけど」
「縁起でもないこと言わんといてください」
「そうかな? おれは京都に骨をうずめるつもりだったんだよ。山南さんの墓の隣にね」
「せやったら、沖田さまだけこのまま京都に残らはったらええやないの」
「新撰組を抜けるなんて絶対にできない。おれはまだ戦える。ヤミの力を借りれば、この体は動くんだ」
「無茶どす。一度でも激しゅう動かはったら、沖田さまの体は壊れてしまいます」
「いいよ。壊れていいから、そのたった一度のために、おれは新撰組一番隊組長であり続ける」
花乃さんは目を伏せた。ヤミがおれの脚に身を寄せながら、にゃあと鳴いた。
慶応三年(一八六七年)冬、十月に突然、徳川
会津藩を始めとする佐幕派は、大坂城の慶喜公を旗印に再集結し始めた。京都では薩長を中心とする倒幕派が勢いを増している。
いや、もう佐幕派と倒幕派じゃないんだ。旧幕府と新政府という言葉が生まれた。世の中がすごい勢いで変わりつつある。
新撰組も京都を引き払って大坂に向かう。おれは単身、先に大坂へ行けと言われた。新撰組の屯所が西本願寺から不動堂村へ移った半年前からこっち、おれは一人になってばかりだ。おれは不動堂村へは行かず、壬生の光縁寺で療養していた。
山南敬助の名が刻まれた墓石に触れる。ざらざらして冷たい。
少し左を向くと、そこにも新しい墓がある。引き取り手のない隊士たちをまとめて葬った墓だ。一人ずつの墓を建ててやれなくて申し訳ないと住職は言うけれど、狼と
「それに、平助はにぎやかなほうが好きだしね。墓の下でも一人じゃないから、寂しくないだろ?」
平助が死んだと聞かされたのは、光縁寺で葬式が済んだ後だった。十一月の凍える晩に何が起こったのか、平助が葬られた墓の前で初めて知った。
何をやっているんだろう、おれは。
戦うために京都に来た。強くなるために環の力に手を出した。それなのに、もう一年も戦列に加わっていない。稽古もろくにできない体になっちまった。こんなんじゃ、生きている意味がない。
花乃さんがおれの袖を引いた。
「そろそろ行きまひょ。
おれが光縁寺で療養するようになってから、花乃さんが身のまわりの面倒を見てくれている。そして今、花乃さんは
「本当にいいのかい? 次はいつ京都に戻れるか、わからないんだよ」
「へえ、承知しとります」
「家の人は認めてくれているの?」
「勘当されました。ええねん。うちは自分が決めたように行きます」
花乃さんは笑った。とっくに吹っ切れた、と言わんばかりの顔だ。勘当されたって、いつの話なんだろう? おれが寝込んでいるうちに、一人で悩んで一人で決めてしまったのか。
「ごめんね」
「何で謝らはるのどす?」
おれたち新撰組が一人の女の人生を狂わせてしまった。戦いに巻き込んで、火事で家を奪って、嫌われ者の屯所で働かせて、
「このままじゃ、嫁のもらい手がなくなっちまうよね」
「いけず!」
そっぽを向く横顔は、化粧なんかしなくても綺麗だ。小間物問屋のお嬢さんのままなら、言い寄る男が引きも切らなかっただろう。
花乃さんはヤミを拾い上げると、山南さんの墓にお辞儀をして、歩き出した。おれももう行かなけりゃいけない。
寺の裏手で、新撰組見習いの少年が荷車を
おれは二つの墓石に、そっと笑ってみせた。
じゃあ、さよなら、山南さん、平助。おれもここに入るんじゃないかと思ってたんだけどね。大坂で死ぬことになるのかな。まだわからないや。一緒に江戸に帰りたかったね。
「沖田さま!」
花乃さんに呼ばれて、おれは墓に背を向けた。立ち止まって待っている花乃さんに追い付く。ごめんごめんと言ったら、謝りすぎだとぷりぷりされた。
「謝っちゃ駄目なら、違う言葉にしようか。花乃さん、いつもおおきに」
目を丸くした花乃さんは、すごい勢いで明後日のほうを向いた。
「沖田さまは
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