捌 山桜

 新撰組ご用達の旅籠はたご、かわせみ屋から人を寄越してもらって、山南さんの体を運んだ。体を清める仕事は、島田さんが手際よく務めた。


 島田かいという人は江戸にいたころから永倉さんと親しくて、おれたちが京都に来てすぐに仲間に加わった。表立った任務だけじゃなく、隊士に処罰を与える汚れ仕事も引き受ける。切腹の後始末にも多くたずさわっている。


 端正な姿になった山南さんに花乃さんが術を掛けて、氷に閉じ込めた。こうしておけば、山南さんの時が止まる。醜く腐れてしまわない。


 翌朝早く、眠るような山南さんを荷車に載せてこもかぶせて、おれたちは京都に戻った。日が高くなる前に屯所に着いて、近藤さんと土方さんに、山南さんと対面してもらった。


 近藤さんの切れ上がった目からぼうの涙があふれて、抑え切れない声が低く床を這った。黙って青ざめていた土方さんが、冷たく硬い山南さんに触れて、そして自分のふとももを強く殴り付けた。


 言葉のない時間が流れる。大津を出て今に至るまで、おれはほとんど口を開いていない。泣いてすらいなかったことには、近藤さんの涙を見て初めて気が付いた。


 髪を掻きむしった土方さんが、普段じゃあり得ないほどめちゃくちゃな頭のまま顔を上げて、おれたちを見渡した。言葉がようやく絞り出される。


「山南さんの死は、私闘の果ての討ち死になどと、誰にも言っちゃならねえ。山南さんは脱走の責を負って、士道を曲げることなく、誇り高く切腹して果てたと、皆には公表する。それが山南さんへのはなむけになる」


 私闘だろうと切腹だろうと、死んじまったら同じじゃないか。そんなことを思うおれは、やっぱりいやしい孤児みなしごに過ぎないんだろう。山南さんが大事にしていたはずの武士としての美しい死に様を、おれは理解できない。


 元治二年(一八六五年)二月二十三日、花が咲き始めた春の日に、山南さんは散っていった。野辺送りでは、新撰組の仲間はもちろん、屯所の家主である武家屋敷の人々も、近所の子どもたちも花街の女たちも、たくさんの人が泣いた。


 墓はの光縁寺に建てられた。光縁寺の寺紋は三つ葉 たちあおいだから山南さんの家紋と同じで、気さくな住職は山南さんと同い年で話も合った。山南さんの訃報を聞いた住職は、ぜひ自分にとむらわせてくれと、近藤さんと土方さんに頼み込んだ。


 おれは毎日、山南さんの墓に出向いている。線香の匂いが苦手なくせに、ヤミも必ず付いてくる。花を手向けたことはない。おれが持ってくるまでもなく、山南さんの墓前は綺麗な花であふれているから。


 今朝は先客がいた。


「伊東さん」


 呼び掛けると、顔を上げた伊東さんは、げっそりと隈のできた目元を無理に微笑ませた。


「山南さんの最期は立派だったそうだね。沖田くんが切腹のかいしゃくを務めたのだろう? 弟のようにかわいがっていたあなたに武士の最期の作法を示すことができて、山南さんは誇らしかったに違いない」


「ああ……そうだと思いたいね」

「しかし、寂しいね。私は大切な朋友をうしなってしまった」


 伊東さんは墓石を見つめて手を合わせて、立ち上がった。おれに場所を譲るように、墓石の建ち並ぶ狭い道を去っていこうとする。


 花にまぎれて紙片が供えられている。紙片には、流れるような字で歌が書き付けられていた。伊東さんの字だと、わけもなく直感した。


 ――春風に 吹き誘われて 山桜 散りてぞ人に 惜しまれるかな


「春風ってのは、東から吹くよね。伊東さん自身ってことかい?」


 立ち去る足音が止まる。力なく笑う気配がある。


「東から来て東の字を名に持つ私は、芽吹きを促す優しい風ではなく、春先の嵐だった。寺社を巡り、桜を愛でながら歌を詠もうと約束していた矢先に、早咲きの山桜は私の手の届かないところで散ってしまった」


「あんたは何も悪くない。でも、あんたが山南さんの居場所を奪った。おれはきっと、あんたを好きにはなれないよ。おれは善人じゃないからね」


 山南さんの墓前で、ひどいことを言っている。ごめんね、山南さん。だけどさ、おれがどんなに行儀の悪いことをしても、もう叱ってもらえないんだよね。


 花に埋もれそうな真新しい墓石を見つめても、そこに山南さんの気配なんてこれっぽっちもない。この手にあったはずの、山南さんの喉笛を切り裂いた感触の記憶も、だんだん薄れようとしている。


 山南さんが消えていく。


 視界が熱くにじんだ。まばたきと同時に涙があふれ出した。ああ、やっとだ。山南さんが死んでから初めて、やっと、おれは泣いている。


 墓の前に這いつくばって、声を上げて泣いた。その晩から高熱が出て、幾日も寝付いた。病魔に魅入られた悪夢の中で亡者に追い立てられたけれど、山南さんには出会えなかった。

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