伍 非行

 土方さんは切れ者だけど、正直だ。人の好き嫌いが顔に出る。自分には副長しか務まらないと言うのは、その正直さを自覚しているからだろう。今、土方さんがいちばん嫌っている相手が、たけかんりゅうさいだ。


 武田さんは、ぺらぺらとよくしゃべる。人をおだてるのが得意だ。背が高くて坊主頭で、オレや沖田さんあたりよりは学があるらしい。でも、勝先生を知っているオレから見れば、武田さんの言葉には中身がない。


 新撰組はへんしゃばかりだ。口が立って調子のいい武田さんのことを、直感的に毛嫌いする者も多い。それでも武田さんが新撰組にいられるのは、局長の近藤さんが武田さんを気に入っているからだ。


 近藤さんは、自分より学があって剣もそれなりに使える人が好きだ。試衛館の仲間で言えば、さんなんけいすけがそうだ。オレより十一歳年上の山南さんは、今のオレの年齢のころから何でもよく知っていた。


 頭が切れる人、口が立つ人、物知りな人をそばに置きたい近藤さんの気持ちは、オレにもわかる。自分がそうじゃないから、代わりに物を考えてくれる人がいたら安心だ。


 この冬に江戸で人集めをすることの話し合いを終えた後だった。部屋を出ようとしたオレを、土方さんが呼び止めた。


「斎藤、ちょいと様子を見ていてほしいんだが」


 土方さんが含みのある言い方をするとき、結末はたいてい流血沙汰だ。新撰組のおきてを破って脱走しそうなやつを見張る。尊攘派が送り込んだ間者を見付ける。罪が発覚し次第、しゅくせいか処刑か暗殺。何にしても殺す。手を下す役は、オレか沖田さんが多い。


「誰の様子を?」


 武田さんだろうか、と当たりを付ける。二条城に上がるようになった近藤さんに、武田さんは前にも増してまとわり付いている。


 が、予想は外れた。土方さんは、意外な人物の名前を挙げた。


「永倉と原田だ。相変わらず、あいつらは気性が荒ぇな。最近ちょくちょく近藤さんに食って掛かってる」

「なぜ、永倉さんと原田さんが?」


「武田が人前で、余計なことを近藤さんに吹き込んだせいだ。下っ端に過ぎない我ら隊士は全員、幕臣の一人に数えられるようになった近藤さんを雲の上の人として慕っているとな」

「それに対して、近藤さんは?」


「特に何もねぇよ。それほど意味のある発言だと、近藤さん自身は思っちゃいねえ。でも、下っ端扱いされた永倉や原田が異議を唱えた。手前らは近藤さんの同志であって家臣じゃねぇんだ、と」


 近藤さんは大らかだが、少し鈍い。戦場ではあれほど敏感に敵の気配を探るのに、普段はのんびりして、人の感情の機微に気付かないことがある。永倉さんたちとのすれ違いも、そのあたりが原因だろう。


 土方さんは眉間のしわを深くした。


「永倉や原田の動きを見張ってくれ。じきに落ち着くと思いたいが、二人とも猪突猛進なところがあるから心配だ」


 オレは黙ってうなずいた。火種には巻き込まれておけ、と告げる勝先生の声が脳裏によみがえった。


 土方さんから話を聞いてすぐに、オレは永倉さんや原田さんたちが額を突き合わせているところに出くわした。声を掛けていいかどうか、様子をうかがう。顔を上げた永倉さんのほうから、オレを呼んでくれた。


「斎藤、来い。正直なところを聞かせてくれ」


 永倉さんは、怒りともいらちともつかない表情をしている。これを見ろ、と突き付けられた紙には、尖った表題が書かれていた。


「近藤勇の非行五箇条?」


 原田さんの字だ。すっきりして豪快で、字が苦手な者にも読みやすい。永倉さんと原田さんが目配せして、永倉さんが口を開いた。


「新撰組は、このままじゃいけねえ。いつか、どこかで、なにがしかの道筋を決める必要がある。その時が今だと、俺や原田は考えている。近藤さんにも、そのへんをきちっと考えてもらいてえ」


「非行……近藤さんの振る舞いが、いけない?」


「試衛館の中でもいちばん年が若い斎藤と総司と平助には、ちっとわからねぇかもしれねぇが、俺たちは近藤さんを上に立つ人だとは思ってねえ。前を走る人だと思ってる。先陣を切って人をまとめるのが似合う人だ。だから局長の任に就いてもらった」


 五箇条には、単刀直入な文章が並んでいる。


 近藤さんが隊士を家臣のように扱うのは許せない。士道を貫くべきなのに、口達者なだけの武田さんを重用するのは正しくない。幕臣だからといって、自分ひとりきらびやかな鎧に身を固めるのはふさわしくない。おおよそ、そんなところだ。


「永倉さん、これを近藤さんに直接言ったことは?」

「俺と原田で何度も掛け合った。土方さんにも山南さんにも相談した。山南さんが近藤さんをたしなめてくれたが、武田の野郎のせいで状況は変わらねえ」


「沖田さんや藤堂さんには?」

「総司には言えねぇよ。ろうがいで弱ってたところに暑気に当てられたのが尾を引いて、秋も半ばだってのに、まだ寝付いてるんだぞ。平助にも言ってねえ。あいつはまだ若くて、人によく懐く。家臣扱いに腹を立てる俺たちの胸は理解できねぇだろう」


「藤堂さんが若いなら、オレも同い年だが」

「斎藤は昔から特別だ。餓鬼のくせに妙に落ち着き払って、俺たちのことをいちいち見抜いていただろう。京都に来てからますますだ。土方さんもそのあたりを誉めていた」


 オレは信用されているんだろうか。油断ができない相手だから、最初から抱き込もうと思われているのか。どっちでもいいか。火種には巻き込まれておけ。今、永倉さんたちのそばにいれば、皆の本心がわかる。


「この五箇条を、どうする?」


 オレの問いに、永倉さんは、ぐっとあごを引いて答えた。


「会津公、松平かたもりさまに直談判しに行く。会津公は新撰組の名付け親で後ろ盾だ。俺と原田が命を懸けて新撰組の行く末を案じているってことを、会津公にもわかっていただかなけりゃならねえ。屯所の中だけで話をしてたんじゃ、らちが明かねぇだろ」


 非行五箇条の最後に、永倉さんと原田さんの覚悟の深さがうかがえた。書き連ねた内容に一つでも嘘や間違いがあれば、腹を切ってもよい。そう宣誓した上で、永倉さんと原田さんの署名がある。


 土方さんが思っていた以上に、永倉さんと原田さんは熱くなっている。新撰組の上役である容保公まで巻き込むつもりとは。


 話の行方を見守っていた二番隊伍長、しまかいが名乗りを上げた。


「俺は近藤さんとの付き合いは長くないが、永倉さんと原田さんの考えには一理あると思う。局内の序列や力関係は、組織がでかくなる前に一度、きちっと考えておくべきだ」


 島田さんは永倉さんの古なじみらしい。京都で新撰組が旗揚げしてすぐに仲間に加わったうちの一人だ。


 原田さんが差し出した筆で、島田さんは非行五箇条の末尾に署名をした。視線がオレに集まった。オレは筆を執って、島田さんの名前の隣に、斎藤一と書いた。

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