肆 朋友

 佐幕派は勝った。でも、嫌われて憎まれた。京都の町に及ぼした害が大きすぎたせいだ。


 オレたちは残党狩りに手段を選ばなかった。長州藩とつながりのある者の屋敷に火を放った。文字どおり、長州藩士をあぶり出そうとしたわけだ。


 残暑の風にあおられて、火はまたたく間に大きくなった。建物がひしめく京都の町は、火事に弱い。類焼を止める手立てはなかった。火は町全体を呑み込んだ。武士も町衆も、迫り来る火から逃げ惑うだけだった。


 京都の町の大半を焼く大火が収まったのは戦闘の翌々日だ。


 炎の中で三百人以上が死んだ。二万数千軒の家や寺や神社が焼けた。祇園祭の華やかな山車だしも焼けた。火傷やけどをした者、怪我をした者、仕事をなくした者がたくさんいる。身ひとつで焼け出されて、飯にありつくこともままならない。


壬生狼みぶろと会津の田舎者が、いらんことしよって」


 誠の一文字に段だら模様の羽織で焼け跡を歩けば、聞こえよがしの陰口が耳に届く。新撰組の屯所がある壬生や会津藩が拠点とするくろだにこんかいこうみょうは焼けなかった。だから、なおさら風当たりが強い。


 残党狩りそのものは成功した。幕府からも朝廷からもかたもり公からも、新撰組はよくやったと評価された。給金も弾んで、武器や鎧を新調する算段が付いた。近藤さんは幕臣の一人と認められて、将軍が開く二条城の会議にも出られるようになった。


 でも、これは本当に手柄と言えるのか? オレたちは京都の町を守るために江戸から出てきたんじゃないのか? 武士の争いを京都に持ち込んで、大火を起こして人を死なせて、手柄だと喜んでいいのか?


 屯所から近いでらの庭の隅で、木刀を抱えて座り込む。新撰組の屯所は一ヶ所じゃなくて、オレたちは、壬生に並んで建つ武家屋敷の数軒に分かれて間借りしている。道場なんかない。寺の庭を借りて稽古をする。


 じっとしていられなくて寺に来た。いざ木刀を握ると体が動かない。なぜなのか、わかっている。考えすぎだ。頭を使うのは苦手なくせに。


 頭上で羽ばたきの音がした。白いはとが降りてくる。腕を伸ばしてやったのに、鳩はわざわざ肩に止まってオレに頬ずりした。


「懐くな。あんたは道具なんだぞ」


 脚に結ばれた手紙を運ぶだけの道具だ。勝先生に使われるための生き物。オレと同じだ。


 手紙を開くと、普段どおり質問が連ねてある。はまぐりもんの戦闘のことと、その後の新撰組の動きについて。これで三往復目だ。


 勝先生の質問は、会津藩の配置から銃や大砲の型、容保公の表情ひとつまで、いちいち細かい。それを問うて何になるのかという項目もある。オレが見たままを書いて寄越せと、勝先生は言う。嘘を書いたところで、きっと簡単に見破られる。


 手紙をふところにしまって、息をつく。オレは勝先生に言われたとおりに動いている。人の顔と名前を覚えろ。表情と仕草をよく見ろ。しゃべる訛りを聞き分けろ。火種には率先して巻き込まれろ。でも、決して熱くなるな。


 熱くなっちゃいけないのは、自分でもよくわかっている。感情と欲望に身を任せて人を斬った結果、恐ろしい思いをした。あれ以来、数えられないくらい人を斬ったのに、最初に殺した男のことは今でも夢に見る。呪われているのかもしれない。


 くるくると喉を鳴らしていた鳩が急に飛び立った。まりが弾むような足取りで、藤堂さんが庭を突っ切って駆けてくる。飛んでいった鳩を見上げて、藤堂さんは、にっと笑った。


「あの白い鳩、斎藤にしか懐かねぇんだな。近寄ることもできやしねえ」


 そんなふうに勝先生が仕込んだからだ。鳩は存外、頭のいい鳥らしい。


「懐いてくれとは言ってないんだが」

「そうひねくれるなよ。鳥だろうが獣だろうが、他人に懐かないやつが自分にだけ惚れてるってのぁ、気分がいいもんだろ? あの鳩、名前は?」


「ハトと呼んでる」

「いや、鳩だけど。そこはもうちょっとこう、かわいげのある名前で呼んでやれよ。真っ白な鳩なんざ、そうそういねぇぞ」


 年より若く見える顔に呆れ笑いを浮かべて、藤堂さんはオレの隣にしゃがみ込んだ。新撰組にはたいろうようの細身の者が多いが、藤堂さんはひときわ華奢だ。オレや沖田さんと同じで月代さかやきも伸ばしっぱなしだから、元服をしていない年頃にも見える。


 でも、子どもっぽい見てくれに反して、藤堂さんの剣ははげしい。威勢よく体ごと突っ込んでいって、敵のふところで剣を振るう。近すぎる間合いは、小柄な藤堂さんだからこそだ。体の大きな者ほど、藤堂さんの剣技に対するすべがない。


「藤堂さん、何か用か?」

「土方さんからの招集だ。自分の隊でいりようのものがあれば、まとめて計上して報告するようにって。それと、江戸に腕の立つ知人がいるなら教えてほしいって」


「腕の立つ知人?」

「今回の手柄で金が手に入って、隊士を増員しても十分に養えるようになった。この冬、池田屋と蛤御門の手柄話をねたに、江戸で新たな人手を募るんだそうだ。そのついでに、俺たちの知人にも声を掛けるつもりらしい」


「オレには、いないな。心当たりがない」

「そうか。俺は、同じほくしん一刀流の使い手を何人か当たってみようと思ってるよ。中でも一人、すげぇ人がいるんだ。交流試合で一度会っただけなんだが、たぶん向こうも俺を覚えてる。あの人が合流してくれたら心強いぜ」


 藤堂さんは屈託なく笑って、ひょいと立ち上がった。行くぞ、と手で示す。池田屋で傷を負った額に、最近ようやく包帯を巻かなくなった。くっついたばかりの傷はまだ赤々としている。花街の女の中には、目を背ける者もいる。


 オレも立って、藤堂さんに並んで歩き出す。土方さんから、いろいろと聞いておかないといけない。土方さんはたくさんのものを見ている。あの人のそばにいれば、オレにもたくさんのものが見える。


 見て、学んで、盗め。蛤御門で戦う会津藩を前に、土方さんからそう言われた。似たようなことを、土方さんより先に、勝先生から言われた。勝先生の指示に従って、オレは土方さんの動きさえ、見て学んで盗んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る