肆 気迫

 木屋町通を行く人々は、おれのあさ色の羽織に驚いて道を開けて、宙を滑る花乃さんに二度驚いて跳びのいた。おかげで足を止めることなく三条通に至ると、高瀬川に架かる橋の向こうに近藤さんたちの姿が見えた。旅館、池田屋の表だ。


 おれはわざと足音を立てて、近藤さんたちに駆け寄った。振り返る一瞬だけ、警戒のまなざし。すぐに緊張を緩めた一団は、たった八人しかいない。


「近藤さん、遅くなってごめん。突入する前に追い付いてよかった」

「今にも押し込もうとしていたところだ。相変わらず間合いを読むのが見事だな、総司」


 近藤さんは角張った顔をくしゃりと緩めて、大きな口で笑った。それから、おれのすぐそばに降り立った花乃さんに視線を向ける。花乃さんは凛として、近藤さんを見つめ返した。


「花乃と申します。妖退治やったら、お任せください」


 近藤さんが曖昧にうなずいた。近藤さんのそばに立つ二番隊組長、ながくらしんぱちさんが、もっとわかりやすい表情をしている。つまり、この威勢がよくて少々変わった娘は何者なのかと、好奇心交じりでいぶかしんでいる。


 さて、どう紹介したものか。紹介するというほど、おれも花乃さんのことをよく知らないのだけど。


「さっき偶然、そのあたりの道で会ったんだ。妖堕ちした尊攘派に囲まれてたから、おれと斎藤さんで助太刀を」

「余計な気遣いどしたわ。うちひとりで十分、戦えたんどすえ?」

「まあ、腕が立つことは確かだから、足手まといにはならないと思う。足を引っ張る程度なら、捨て置くだけだしね」


 にゃあん、と、おれの肩の上でヤミが賛同する。花乃さんはきっと横目でおれをにらんだ。


 まりが弾むような足取りで跳ねて、八番隊組長のとうどうへいすけがおれに体当たりをして、おれの首に腕を回した。


「総司も隅に置けねぇな。今から命懸けの突入だってのに女を引っ掛けてくるとは」

「変な言い方するなって、平助。その子が勝手に付いてきたんだよ」

「ふぅん。やっぱり色男は違うね」


 にやにやしてみせる平助だって、目が大きくて華のある顔立ちをしているから、花街の島原に繰り出せば、女たちにずいぶん持てる。小柄なせいもあって、おれと同い年なのに三つも四つも若く見られて、ふてくされることもしばしばだけど。


 いや、そんなことはさておき。


「近藤さん、今から突っ込むの? この人数で?」


 おれの問いに、うだる暑さの夜気がぴしりと張り詰めた。近藤さんが、切れ上がった目に強い光を宿した。


「中にいる連中はまだ俺たちの動きに気付いていない。人数はおそらく二十数名。不意を突き、屋内の狭さを利用すれば、相手取れないこともない」


「土方さんたちの到着を待つのは?」

「トシたちより先に、尊攘派の増援が到着することも考えられる。長州藩邸は、このすぐ裏手だ」

「なるほどね」


 近藤さんがぐるりと全員を見渡した。低く抑えてあっても通る声で告げる。


「今から池田屋への突入作戦を決行する。討ち入るのは俺と永倉、平助、総司の四人だ。ほかの者は入口を固め、一人も逃がすな。多勢に無勢だ。捕縛の余裕はない。敵と見れば、全員、確実に斬れ」


 ざわりと背筋があわつ。今にも吠えそうな顔でうなずく永倉さんと、大きな目を鋭く尖らせる平助。心地よい興奮に、おれは思わず微笑んだ。


 と。


「にゃっ!」


 ヤミが悲鳴を上げて、おれの肩にしがみ付いた。二股に分かれた尻尾をひとまとめに、ぎゅっとつかまれている。手の主は、言うまでもなく花乃さんだ。


「うちも行きます。沖田さまと一緒に討ち入りますさかい、よろしゅうお願いします」


 目を丸くしたり顔をしかめたりする男たちを、花乃さんは平然とへいげいした。皆の視線がおれに集中する。疑問や異論があるなら、花乃さんに直接話し掛ければいいのに。


「まあ、さっきも言ったとおり、この娘、妖が相手だったら腕は立つから。妖じゃない人間相手の場合、どこまで本気の殺意を持てるか、おれにもわからないけどね」


 人を斬る覚悟はあるんだねと、言葉の裏で花乃さんに問い掛ける。花乃さんはあごを引いて、負けん気の強い目をした。どうしても来たいなら、おれは止めない。男だろうが女だろうが子どもだろうが、殺し合いの場では関係ないんだから。


 仕切り直して、近藤さんが改めて号令をかけた。


「いざ、突入するッ!」

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