タロット館解決編 不格好な名探偵

犯人はあなたです

 クローズドサークルは全滅が花なので、とりあえず最悪の事態に備えて書置きを残すことにした。

 要するに遺書だ。

 呉さんに頼んで、紙は大量に用意してもらった。僕は書斎で、それを夜中にひたすら書いていた。

 この事件が起きた経緯。一日何をしていたか。そのとき僕が何を思ったか。覚えている限りは詳細に書いていく。その過程で、僕は自分の推理を補完し、仕上げていくこともできた。

 推理の上で欠けていた、あるいはうろ覚えだった知識は書斎の書物で補う。タロットの知識について、この書斎で困るということは無い。

 書き上げた遺書は、悩んだが書斎に残しておくことにした。金庫の上を調べると僅かに隙間があったので、そこに入れておく。もし不要になったら、後で回収して破棄すればいい。

「それじゃあ、行こう」

 既に手はずは整えてもらった。紙を用意してもらったとき、呉さんに犯人が分かったことは伝えている。食堂に行くと、そこには使用人を含めた全員が待機していた。

「瓦礫くん、顔色悪いわよ。眠れなかったの?」

 まず僕に話しかけてきたのは帳だった。起きたばかりなのだろうか(というか今何時だ?)、着ていたのは寝間着替わりの黒い浴衣と赤い羽織。顔はいつも通りだが、すっきりしている。

「そういうお前は、よく眠れたみたいだな」

「睡眠薬が効いたみたいね。おかげで頭が今は冴えてるわ」

「今何時だ?」

「午前九時八分です」

 帳が時計を出すよりも早く、呉さんが答える。僕は初日と同じ、ロッタちゃんと帳の間の席に座って、そこから全員を見渡した。

 すぎたさんや須郷さんは、どこかぼんやりとした表情をしている。疲労がピークなのか、須郷さんに至っては舟をこぎ出す始末だ。

 道明寺さんは何かを考えるように、正面に置かれたコーヒーカップをじっと睨んでいた。

 ロッタちゃんは帳と同じくいつも通りの余裕ある表情。疲れや緊張はまるで窺えない。それは彼女の後ろに控える使用人三人も同じで、粛々とたたずんでいた。

「犯人、分かったんでしょ?」

 道明寺さんはコーヒーカップを視線から外さないまま、僕に言う。

「さっさとしないさいよ。帰りたいのはみんな同じなんだから」

 うんざりしたような声色に、ロッタちゃんがクスリと笑った。

「森には既に、事件が解決し次第クルーザーを動かせるよう指示しています。本来でしたら警察の捜査が終わるまではみなさんを拘束しなければならないのでしょうが……警察を呼ぶより先に、みなさんをお帰しすることもできます」

 それはやっちゃいけない気がするんだが……。まあ、今はいいや。

「ともかく、今は猫目石先輩の推理を聞きましょう。では、先輩、お願いします」

 主催者の言葉で、推理劇は幕を開ける。探偵役の面目躍如、道化師の本領発揮だ。

「さて、まずはこの事件、概要をまとめてみましょう。七月三十日、ここにいるゲストのみなさんはサロンのため、愛知県知多半島の師崎港からクルーザーに乗って三十分で、この架空島に到着しました。時刻は昼頃。僕は遅れて夕方に。一日目は顔合わせと夕食があって、特に何事も無く終わりました。問題は二日目から。

 一日目のどこか、誰が言いだしたかは忘れましたが、ビーチに行こうという話になりましたね。二日目の午前中、ビーチに向かったのは僕、帳、道明寺さん、新藤さん、須郷さんの五人でした。使用人の呉さん、坂東さん、森さんはそれぞれ仕事をしていたんですよね? ロッタちゃんはまだ寝ていました。一度起きてエレベータールームまで来たのは僕と森さん、それから今は亡き宇津木さんが現認しています。ゲストの内、海へ行かなかったのは宇津木さんとすぎたさんですが、宇津木さんは書斎に籠っていたようです。ところで、すぎたさんは何をしていたんですか?」

「ちょっと新作のネタを思いついたから、それをパソコンにまとめてたのよ。自室でね」

 すぎたさんは面倒そうに答えた。まあ、荷物に水着の類はなかったから、特に理由が無くてもビーチには来なかっただろう。どちらにしても、宇津木さんの死亡推定時刻が午後である以上、午前の動きは関係ない。

「そうですか。では、話を戻しましょう。重要なのはここからです。午後、昼食のためにビーチで遊んでいた総員は引き揚げます。しかし僕と帳は『鷲の座』に残っていました。なのでここから先、みなさんの動きは二日目に聞いた話をそのまま流用させていただきますが、みなさんは遊戯室でゲームに興じていたんですよね? そしてその場には、午前中にはいなかったすぎたさんの姿もあった。ゲーム中は全員が相互監視状態にあったようなものですが、実際には所用で立つことが何度もあった。適当な用を作って中座し、その間に宇津木さんを殺害することは遊戯室にいる全員が可能だったと言ってもいいでしょう。あらかじめ宇津木さんをどこかに呼び出しておけば、探す時間は不要ですしね。

 アリバイ等の確認は一旦保留しましょうか。夕食の時間になって、僕と帳は『鷲の座』から引き揚げてタロット館に戻りました。途中、宇津木さんを探す森さんと出くわし、また、僕は自室に戻ると『正義』の部屋の前に呉さんが立っているのを見つけます。呉さんが話すことによると、宇津木さんが見つからず、しかも『正義』の客間で誰かが倒れているらしいのを発見したと。客間の鍵はウォード錠と呼ばれるタイプの物で、これは外側からも内側からも操作に鍵を必要とするものです。そのため構造上、鍵穴から部屋の中を覗くことができた。鍵穴から部屋を覗くと、確かに宇津木さんらしい人が倒れているように見える。呉さんが予備の鍵を取りに戻り、それで扉を開いてみると、倒れているのはやはり宇津木さんでした。僕が近づいて確認すると、宇津木さんは胸をナイフで刺され死んでいて、鍵は彼のポケットから発見されました。と、ここまでが宇津木さんが死亡するまでのおおよそのながれですが、特に異論はありませんか?」

 須郷さんは神経質そうにメガネを押し上げる。僕の発言内容を反芻していたのか、少しだけ間を開けてから言葉を発した。

「……特に、オレの視点からは訂正することも無いな。どうだい、すぎたさんや道明寺さんは」

「合ってるんじゃない?」

 道明寺さんは頷くだけで、言葉を発したのはすぎたさんだけだった。

「そうですか。でしたら、この宇津木博士殺害事件から、謎を解いていきましょう。この事件は新藤さんの件もそうですが、密室が難点なんです。アリバイ、動機、その他諸々の面からいくら容疑者を突っついても、この密室を解決しないことには話が始まらない。そこでまず、この密室のトリックについてお話ししましょう。

 ここで最初に確認しますが、タロット館の客間の鍵は各部屋に二本ずつ。それぞれ、特別な装飾の施されたものが書斎の金庫に保管されています。金庫は確認したところダイアル式ですが、番号を知っているのはロッタちゃんだけ。そしてマスターキーは存在しないと言っていいでしょう。三日目の朝に発見されましたが、使用できる状態ではなかったからです。

 つまり、二本ある『正義』の客間の鍵のうち一本は宇津木さんが所持し客間の中、一本はきちんと金庫の中。マスターキーを使用することは不可能。犯人が外側から施錠するには、『正義』の客間の鍵とマスターキー以外の方法が必要になるということです。

 そこで犯人が利用したのは、館の構造でした」

「構造?」

 意外なことに、反応したのは森さんだ。

「はい。今回の密室トリックは、タロット館に仕掛けられたある性質を利用したものでした。まずみなさんにお聞きしたいのですが、このタロット館、おかしな構造をしていると思いませんでしたか?」

「そりゃおかしいだろうな。俺だってそう思うんだ。マイちゃんはどうだ?」

「は、はあ。確かに変と言われれば変ですよね。客間のある建物がタロット館全体をぐるりと囲んでいるのが顕著な例ですが……。あの構造のせいで、館の出入り口がエレベーターになってますから」

「『まるで中村青司が建てたよう』とはみなさんがおっしゃりますね」

 館の主人であるロッタちゃん自身も、そう答えた。

「猫目石先輩は、やはりこの構造が鍵だと?」

「まあ、ね。特に僕が気になったのは客間の円形構造。さらに言えば『愚者』と『魔術師』の客間だ」

 初日から、どうにも意識の端に引っ掛かって落ちない疑問があった。

「みなさんご存知のように、客間のある建物――城壁とでも言うのですか、あれは十二時の方向に書斎があります。そして書斎の左側に『愚者』、右側に『魔術師』と位置し、『魔術師』からは時計回りに『女教皇』『女帝』『皇帝』『法王』『恋人たち』『戦車』『力』『隠者』『運命の輪』『正義』『吊るされた男』『死神』『節制』『悪魔』『塔』『星』『月』『太陽』『審判』、そして一周して『愚者』の左に『世界』となっています。この配置には違和感がありますよね?」

「タロット館の並びはウェイト版だけど、だったらスタートである零番の『愚者』は『魔術師』の位置でいいはずよね」

 帳は人差し指を唇に当てて、何かを考えているようなそぶりを見せながらそう言った。

「とはいえ、零番をスタートとする方に違和感を覚えて、大九さんが『魔術師』をスタートにしたというだけの話かもしれないじゃない」

「僕も最初はそう思ったんだよ。とりあえず順番は合ってるんだから、特に気にするような点じゃないって。でも、密室トリックを考えるときに、この違和感は鍵になった。……ロッタちゃん。タロット館には大アルカナの絵が大量に残されているんだよね。初日にロッタちゃんと帳が賭けをしてたけど、そのとき帳に渡した『女教皇』の絵もその中の一枚だとか」

「ええ。倉庫に、大量の絵が眠っているんです。帳さんに渡したのは、マルセイユ版『女教皇』の模写ですね。それが、どうかしましたか?」

「どうして、マルセイユ版が存在しているのかと疑問には思わなかったかい?」

「それは、そうですね。予備なのかと思っていましたが、だとしてもマルセイユ版は不要です。マルセイユ版に限らず、さまざまな版の絵を模したものが倉庫には大量に残っていますから。……もしかして、マルセイユ版の並びにも対応するため、ですか?」

「それはないわ」

 ロッタちゃんの推測を、帳は否定する。

「ロッタちゃんがよく知っているように、鍵はそれぞれ大アルカナをモチーフにしているわ。ウェイト版とマルセイユ版は『力』と『正義』を入れ替えるだけで再現できるけど、鍵までは入れ替えられないじゃない」

 彼女は懐から自室の鍵を取り出す。書物を持つ女性の姿。『女教皇』の鍵。脳裏に浮かぶのは何故か逆位置にされていた『女教皇』の絵。帳の持つ本来のアルカナとは……。

 今は、まだいい。

「確かに帳の言う通りで、僕も最初はその可能性を否定した。でも、推理を進めていくと、やっぱりそれしかないと思うんだよ。マルセイユ版のアルカナを模した絵があるということは、タロット館の客間はウェイト版にもマルセイユ版にも、とにかく絵が用意されている版の並びには対応できるはずだ」

「でも、鍵は……」

「帳、僕の鍵を見てみろ」

 僕も自分のポケットから鍵を取り出す。最初は何の気なしに見ていた『戦車』の鍵。鎧を着た男性が彫られたそれに、実は答えが隠されていた。

「僕の部屋は『戦車』だが、このアルカナはウェイト版とマルセイユ版で大きくデザインが異なる。戦車を引っ張っている動物が違うんだ。ウェイト版はスフィンクス、マルセイユ版は馬。そしてこの鍵には、どちらも彫られていない。どっちの版にも対応できるようになっているんだ」

 その手の加工は、水差しにも行われていた。『戦車』の客間にあった水差しにも、スフィンクスと馬はいなかった。

「昨日ロッタちゃんが渡してくれたタロット辞典で初めて知ったよ。同じアルカナでも、ウェイト版とマルセイユ版でこんなに違うとはね」

「そうみたいね。でも、問題は『力』と『正義』でしょう? この二つの客間の順番を入れ替えること自体は難しくないわ。精々、水差しと扉の絵を替えるだけで済むもの。でも、装飾された鍵がある以上は――」

「その鍵も、入れ替えられるとしたら?」

 仮定のように話しているが、それが今回の答えだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 道明寺さんが焦ったように叫ぶ。その反応は予想通りだ。なにせ、この結論で犯人になるのは……。

「さすがにそれは……。つまり、装飾が違うだけで同じ鍵だったってこと?」

「確かなのは、『力』と『正義』の鍵でどちらの部屋も開くということです」

「暴論じゃない! 同じ鍵なら、先端部分も同じでしょ? そんな露骨な仕掛け、ロッタちゃんたちがもっと早く気付いてるわよ!」

「ウォード錠は内部にウォードと呼ばれる障害物がありまして、鍵の先端部がその障害物に引っ掛からず一回転すると開く仕組みです。その理屈で言えば、障害物に引っ掛かりさえしなければ先端部が違うデザインでも鍵は開くということでしょう。先端部がパッと見には違うから、ロッタちゃんたちも気付かなかったんですね」

 そうやって『違う鍵』を装っている分には、セキュリティ上の問題もほぼ無いからな。もともとタロット館は、親族身内でだけ使用すること前提の別荘だ。そもそも論として、そこまで頑健なセキュリティシステムが必要なのかという話でもある。

 装飾を替えて鍵を複数本用意すれば事足りるのだから、不合理なことをしていると最初は思った。だが、同じ鍵を何本も用意するのはそれこそ安全性を欠くだろう。実際、マスターキーでさえあの扱いだったのだから、大九さんの対策は存外まともだ。

 じゃあ鍵をこんな装飾のあるものにしなければいいのにとも考えたが……。別荘なんてのは雰囲気第一主義みたいなものだからな。デザイン性と合理性の、ここが狭間だったのかもしれない。

 変人というレッテルは免れないだろうが、朝山大九という建築家は変人なだけではないようだ。

「もうお分かりでしょう? 犯人は、『正義』の鍵もマスターキーも要らなかった。宇津木さんの持つ『正義』の鍵を中に閉じ込めたままで問題ない。自分の持つ『力』の鍵で『正義』の客間を施錠できるから。そうですよね? 道明寺桜さん」

 犯人は、この人だ。

 このトリックなら、どうして宇津木さんから殺害したのかという謎も解決する。そりゃそうだ。こんなトリック、見破られた瞬間自分が犯人だって分かるんだから。返り討ちのリスクを冒してでも名探偵から殺したくもなる。

「…………で?」

「はい?」

「『はい?』じゃないわよ! 分かってんでしょ! そのトリックで宇津木さんを殺したと仮定しても、まだ新藤さんの密室トリックが残ってるじゃない! ひとつの事件のトリックがわたしを示していたとしても、新藤さんの方が解けなきゃ――」

「別に解けなくてもいいんですけどね。こっちの方は解いても、道明寺さんが犯人だと確定する証拠にはなりませんし。精々、アリバイの無い総員が実行可能だったということが分かるくらいで」

 だから先に、宇津木さん殺しのトリックを出した。面倒だったから。あまり長広舌の演説は得意ではない。道化師は適当に舞台を茶化したら、適当なタイミングで降りるべきだ。

「少年。オレも道明寺さんの言い分は分かるぞ。君の言う通り、新藤先生殺しにかかる密室トリックが明確に彼女を犯人としなくても、まず手順的に明らかにせねば」

 須郷さんは興奮気味に、額の汗を手の甲で拭った。この人は恩人である新藤さん殺しの方が気になるんだろうな。まあ、ここで言い争っても仕方ないか。どの道話さざるをえないだろうけど。

「了解しました。それでは、第二の殺人、新藤さん殺しの件についてお話ししましょう。例によって事件の概要から……と思いましたが、昨日起きたことですから改めてまとめるほどでもないですね」

 事件が起きたのは、昨日の朝。『愚者』の客間で新藤さんは宇津木さん同様、胸を刺されて死んでいた。現場はまたしても密室。死亡推定時刻は午前五時から六時くらいか。僕が遺体を確認したとき、まだ僅かに体温があった。

 密室トリックでは肝心の鍵だが、マスターキーは言うに及ばず、『愚者』の鍵は二本とも金庫の中だ。森さんが確認している。

「こちらの密室トリックについても、実は宇津木さん殺しの件と大差ないんですよ。ある鍵と『愚者』の鍵が、『力』と『正義』の鍵がそうであったように対応関係にあったというだけのこと」

「ある鍵……? 猫男、それは――」

「『世界』の鍵が、対応していたということでございましょうか、猫目石様」

 すぎたさんの言葉をあろうことか遮ったのは坂東さんで……ってこの人、無口なのに突然喋ったら客人の台詞を途切れさせるとか……。無口というより、単に喋るのが下手なのか?

「坂東さんのおっしゃるとおり。対応していたのは『世界』の鍵とみて間違いないでしょう。新藤さんの持つ『世界』の鍵は『世界』の客間にありましたが、そっちの部屋は施錠されていませんでしたからね。犯人――道明寺さんは新藤さんの持つ『世界』の鍵で『愚者』の客間を施錠し、その鍵を『世界』の客間に置いたと」

「『愚者』に零番を配したのはウェイトだと言われております。それ以前のマルセイユ版では当然、番号はありません。また、パピュスの作ったエジプシャン・タロットにおいては、二十一番……つまり審判と世界の間に配されておりました。ああ、では、客間が円形に並べられているのは」

「部屋同士の移動を最小限にするため、でしょうね。『力』と『正義』の場合とはまるで違いますから。もし部屋が一直線にでも並んでいれば、『愚者』が二十一番に移動したとき、『審判』以下の客間をすべてひとつずつずらさなければならなくなります。でも、客間が円形に並んでいれば、『愚者』と『世界』を入れ替えるだけで解決する」

 辞典で確認したところ、『愚者』は渡り歩く者と解釈されるために、番号を与えられないパターンもあったという。帳が四月に話してくれたことを覚えていたから僕もここまで辿り着いたが、エジプシャン・タロットなんて種類を知ったのはついさっきだ。

「まあ要するに、新藤さん殺しの密室トリックは、被害者が新藤さんである時点で成立していたというわけです。誰にでもできるんですよ」

「そ、それよ!」

 道明寺さんは僕の言葉に、それこそ反射的に見える反応を示した。

「宇津木さん殺しの件はともかく、新藤さん殺しの件はわたしだという証拠がないじゃない! だったら……」

「動機、ありますよね。結構ヘビーなのが」

「そ、そもそも、そのトリックは本当に実行可能なの? あんたの妄想じゃ……」

「演説する前に確認くらいしますよ。『力』と『正義』、『愚者』と『世界』の鍵の関係性は実証済みです」

 第一、この鍵の関係性自体、一部の人間にしか気付くチャンスは与えられていない。すなわち、それぞれの鍵を有し、かつ以前に館を訪れた人物である道明寺さん、宇津木さん、新藤さんしか。うち二人が死亡となれば、消去法的に考えても道明寺さんが犯人だろう。

 使用人の坂東さんや呉さんが例えば客間の掃除など、多くの鍵を使わなければならない業務の最中に気付く可能性もあるが……(森さんは同じ使用人でも役職が違うし、ロッタちゃんは複数の鍵を同時に使う機会なんてないだろう)。鍵はゲストに渡されたもの以外、ロッタちゃんしか番号を知らない金庫の中。『塔』の客間と『恋人たち』の客間にそれぞれ宿っている二人はトリックとして使用することができない。

 これで詰みだ。

「ロッタちゃん、警察を呼ぶのにこれじゃあ不足かい?」

 ロッタちゃんが口を開く前に、道明寺さんが叫んだ。

「不足だらけじゃないの! 実際に鍵がそういう仕組みだったとして、その仕組みが今回使われた証拠なんてあるの?」

 その言葉に対し、隣に座っていた帳はため息を漏らした。

「どっかの誰かさんの推理よりは隙が無いと思うわ」

「ぶ、……物証は」

「物証が必要かしら? 論理的な回答が得られれば、それでいいじゃない」

 皮肉にもそれは、道明寺さんが言った台詞であり。

「そうですね。状況からして、道明寺先生以外の犯行と考えるのは難しくなりました。猫目石先輩を犯人とした推理の時よりは、疑問の余地も少ないようですし……。呉」

「はい」

「警察に連絡を。それから帳さん。お手数かと思いますが、夜島家の名前で警察の介入をなんとか最小限にできませんか?」

「さあ? ともかく、掛け合ってみるわ」

「……………………」

 既に後片付けの始まった空間で、彼女はただ椅子に体を預けるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る