37. 流されて生きて、何の意味があるんだい?
旧魔王の間付近を包む静寂。絶えず風が吹く音がしているにもかかわらず、その音が感じられないほどに一人一人が静かに思いを巡らしている。
「……おまえを何を言ってるんだ?」
ボサボサ赤髪で体格の良い剣士が沈黙を破った。
「今言った通りだよ。この
「……どういう、意味ですの?」
動揺を隠せない銀髪の聖剣士がもう一度質問した。
「実は三年前から、この体に魔王の魂が潜伏していた。そして、これから体を乗っ取られる。だからみんなには、世界が混乱する前にこの場で討伐をしてほしいんだ」
「そんな……」
「聞いてないし……」
「……」
何も知らされてなかった三人は、衝撃の事実に絶句した。
「つまり、おまえは俺たちに『自分を殺してくれ』って頼んでるのか?」
「魔王となった時点で
「……」
(違う。そんなことを聞いてるんじゃねェ……)
「だけど、これで全ての疑問に説明ができるし。――勇者が二人いた例がないのにサヤが転生してきたのは、タクミが勇者ではなく魔王としてカウントされていたから。魔王が存在するからサヤが転生してきた。ガランドルがいるから幹部が復活してる。もしかしたら黒化や紫化は、金の魔力に魔王の力が加わって生み出されたのだとすれば、つじつまが合うのかもしれない」
「さすがはマジックの息子さ。この状況でよく仮説を立てられるねぇ?」
「えへへ」
「……」
(どうでもいい。黒化の理由なんかより、もっと大事なモノがあんだろ……)
ふいにバルクは、数カ月前にタクミと口論をしたのを思い出した。タクミが『平和を満喫する』と言った真意が、今ようやく理解できた。
「……ひっく……わ、私は言いたかったんだよ!……でも、タクミさんが『バルクたちには言わないでくれ』って、『解決できる可能性もあるから』って言われて――」
「ムロたんは悪くない。余計な心配をかけたくなかったんだ。体重を増やしていたのも、急に魔王へ体を乗っ取られても動きにくくするためだった。……でも、ムロたんに出会ってリキュアを託せると安心できた。決心がついたんだ」
「ふざけんな!」
バルクが叫びながら折れた石柱に前蹴りを食らわすと、大きな音と共に柱が砕けた。
「転生のルールとか! 内緒にしてた理由とか! そんなのはどうでもいいんだよ! それよりもっと大事なモノがあんだろうが!」
「大事なモノ?」
「『最も重要なのは、自分を動かす原動力を肝に銘じ、その肝心な軸を基準に行動し続けられるかどうか』だ! そうでなければ、人は自分の意志に沿わない選択をする! その決心は、おまえのどんな軸から決まったんだよ!」
「……テュラムの口癖だね。まったく、だから君には言いたくなかったんだ」
タクミはバツが悪そうな表情を見せた。
「『世界を救ってくれ』とか、勝手に決めてんじゃねェ! 俺らにもそれぞれの軸がある!」
「魔王を倒さなければ、リキュアには再び厳しい未来が待っている。何も間違っていないし、ブレてもいない」
「救った世界におまえがいなくてどうするんだよ! そんなの俺は認めねェ!」
「自分の犠牲で、この世界が救われるなら本望だ」
「……本気で言ってんのか? 仲間を殺した人間がどれだけ傷つくのか、どれほどの罪悪感を背負って生きてかなきゃなんねェか、ちゃんと考えて言ってんのかよ!」
「考えたさ!」
ここにきて初めて、タクミは言い返した。
「あぁそうだよ! バルクはいつも正しいさ! どうせ今も『本当はもっと生きたい』って言ってほしいんだろ? できるならそうしたいよ!」
「……だったら、なんでそう言わねェんだよ?」
「無理だからだ! 諦めとか、そんなレベルの低い話じゃない! 三年も魔王を封じてきたけど、もう限界なんだ。だからせめて、魔王を倒してリキュアを守りたい。自分が大好きな世界を信頼できる仲間に託して、何がいけないんだ!」
「本当は日本に戻りたいんだろ? 『もう一度家族に感謝を伝えたい』って、三年前には言ってたじゃねェか」
「いいんだ」
タクミは何の未練もない表情で、キッパリと言い放った。
「魔王に入り込まれて、一つだけ分かったことがある」
「分かったこと?」
「転生前の浜中匠は、生きることに絶望した。そして、学校の屋上から飛び降り自殺をして死亡した」
「なに?……」
「そんな……」
誰も知らされていない事実を、ここで告げられた。
「魔王が体に入ってから思い出した。だから、もう居場所のない世界に戻る必要なんてないんだ」
「そ、そうだとしても、お前はリキュアには必要な存在だ!」
「ありがとう。――でも、もう時間だ。この世界に必要なら、ガランドルに体を奪われないだろウ。コれは運命ナんだ……ウウっ」
タクミは声にドスの効いた声が入り混じり、片膝をついた。
「タクミ!」
「はぁ、はァ……」
「ダメだし! 心を奪われ始めてる!」
「タクミさん! お気を確かに!」
「危ないネ! 離れるんだ!」
「頼ム。ダい好きなリキュあを、唯一のいバしょヲ、まもっ、テ、くれ……」
タクミは一度倒れ込んだが、すぐによろりと立ち上がった。そして、深紅色の炎のような強烈なオーラを放ち始めた。
「なんだよ……なんなんだよコレは!」
バルクは何もできない悔しさに、両手の拳を固く握った。
「覚悟を決めな! タクミはもう死んだ! 目の前にいるのは過去最も強い、勇者の力をあわせ持った魔王さ! 気ぃ抜いたら、世界ごと乗っ取られるよ!」
「……
次々と討伐隊は自分の武器を構えた。
「……ぐすっ、……守らなぎゃ、……ダグミざんのやくそぐ」
「サヤ落ち着いて。深呼吸ですわ」
プラノはサヤの背中に手を添えた。
「――バルク。君は優しいからこそ、真っすぐだからこそ、仲間を殺せない気持ちでいっぱいなんだよネ?……だけど、ここで君が戦わなきゃ、他の仲間や生まれ故郷を守れない。ジュリーの言う通りじゃないカナ?」
ベルガは抜刀せずに悩む剣士に告げた。
「俺は……俺は!……」
「気持ちは分かるけど、魔王に好き勝手されるよりもずっといいし」
「分かってる!……だけど、仲間を斬る自分は許せねェんだよ!」
「戦いたくなきゃとっとと帰りな! 剣も持てない役立たずを守る余裕なんて、アタイらにないんだよ!――来るよ!」
強烈なオーラをまとった魔王がブツブツと唱え終えると、地中から深紅色の太い触手のようなものが何本も飛び出し、全員に襲いかかった。
「かわすのが正解さ! ガードしたらペシャンコにされちまうよ!」
「くっ!――」
「なにコレ! 超しつこい!」
避けても避けても襲いかかってくる触手に、それぞれ分散していった。バルクとベルガ以外は空を使って回避した。
「なるほど。パーティの分散が目的だネ」
「感心してる場合じゃないし! これじゃ反撃できないじゃん!」
箒に乗って空中で回避するエックスがツッコんだ。
「……反撃しなくても、どうせジュリーが魔王へ止めに行くだろ」
バルクは攻撃をかわしながら、投げやりのように言った。
―*―
その頃。旧魔王の間で仁王立ちする魔王の背後に、黒い球体が現れた。そして、鎌を持った魔女へと形を変え、首を目がけて振り下ろした。――しかし、金属同士がぶつかる音が響き渡った。
「……フン、やはり金の魔法を使えるようだね?」
「我を試すとは実に愚かだ。ジュリクオン・フレシ・アレクト」
魔王は手首に金の小手を出現させて防御した。タクミの声とはかけ離れた低い声を聴き、ジュリーは鎌を元の杖の形に戻した。
「しかし、あの触手をすぐに無力化するとはな。さすがと言っておこう」
「三年前と同じ手は効かないさ。他の仲間ももうすぐ合流するんじゃないのかねぇ?」
「その願いは
魔王は地面に右手をつくと大きな深紅色の魔法陣が出現し、七人の元魔王軍幹部が現れた。そして、全員が魔王に向かい片膝をついた。
「我はここに在り。体がなじむまでに、邪魔者を始末しろ」
「はっ――」
招集された七人中、六人は空間転移をさせられた。残された一人の甲冑剣士が
「ジュリクオン・フレシ・アレクト。この地獄の門番、マツィオが相手をしよう」
「たいした忠誠心だねぇ? 姿を変えて現れたご主人様の言いなりになってさ」
「ガランドル様がおられる限り、我々は復活する。――言うなれば神。神に従うのは当然の行い!」
マツィオが念じると、空中に刀の分身がいくつも現れた。そして、それらをジュリーに向け一斉に発射した。
「流されて生きて、何の意味があるんだい? まぁ、そんなアンタはここで終わりだけどね」
「死ぬのは貴様――ぐおおっ!」
発射したはずの全ての刀がマツィオの甲冑の隙間を縫うように刺さり、大量の吐血をした。ジュリーは刀を転移させていた。
「ヘルフレイムカノン!」
「ぐわああぁー!」
そこへ容赦なく黒炎砲が襲い、マツィオは跡形もなく全身を焼き払われた。
「……さて魔王。覚悟はいいかい?」
「見事だ
「三年前も断っただろう? 『アタイはアンタと戦う方が面白い』ってね」
「マツィオの役不足は謝罪しよう。――だが、何を焦っておるのだ?」
「フン! アタイはアンタを倒したくて仕方がないんだよ!」
ジュリーは再びガランドルの背後に転移し、杖に息を吹きかけて赤い泡を大量に出した。魔王は爆発前に転移でかわすとジュリーの背後に回り、勇者の剣を出現させて切りかかるも転移でかわされた。さらにジュリーも杖を鎌に変化させて不意打ちを狙うも転移された。転移魔法での高速戦闘が続いていった。
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