36. 俺たちはできる人間を上回るために、あがく時間を平等に与えられている。

「おや? 誰もいないのかい?」

「ああ。そうみたいだな」


 決戦当日のチュガトリンプ大陸、魔王城玉座の間跡。赤い絨毯じゅうたんの上に、討伐隊の四人が闇の転移魔法で降り立った。


「なんか、不気味な感じだね」

「魔王城跡だから当然だし。もともと力が集まりやすい場所に建ててるからね」


 エックスは高山病対策のマスクを外しながら答えた。イロアスカメラのドローンも飛んでいる。


「へぇ、そっかぁ……」

「どうしたサヤ? 緊張してんのか?」

「き、緊張なんかしてないよ! 平気平気!」

「……」

(……いや、完全に緊張してるだろ)


 上空は分厚い雲が覆い、地上には強い風が吹いている。風の音だけの静寂ぶりが、かえって不気味な雰囲気を演出している。


「あ、アミアイレじゃない? おーい!」


 徐々に近づく朱色の翔空艦に向けて、サヤは両手を振った。翔空艦が瓦礫がれきの上ギリギリまで近づくと、自動ドアが開いて白を基調とした鎧に身を包んだプラノが飛び降りてきた。


「ココー! また後でねー!」


 操縦席へサヤが手を振ると、窓ガラス越しにゴーグルをしたココが親指を立てたように見えた。プラノが深くお辞儀をすると、アミアイレは上昇をして大陸から離れていった。


「皆さん。お待たせいたしました」

「ううん! 私たちも今来たばっかり!」

「悪りぃな。復興支援を手伝えなくて」

「いえ。わたくしこそ、決戦の前に無理を言ってしまい、誠に申し訳ございません」

「本当にプラちゃん偉すぎるよ。女神ってる!」

「もう、サヤったら……」

「あ、ドラグナムだし」


 銃口と竜を合わせたようなデザインの翔空艦が、玉座の間の上までやってきた。高度を保ちながら、甲板から白と黒のゴスロリ幼女をお姫様抱っこする青年が、風魔法を使ってゆっくりと降りてきた。


「タクミ、なのか?……」


 細身の体形となったタクミは、武器を持たずに上下布地の緑色の服を着ている。そして、ゆっくりとベルガを地上に立たせた。


「やぁやぁみんな! ご無沙汰ぶさただね!」

「……魔王相手に勇者の装備をしてねェのは、どういうつもりだ?」

「バルク! 今は言い争う時じゃないよ!」


 バルクが喧嘩けんかを売るのを、珍しくジュリーが止めた。その間、ベルガは無人となったドラグナムを遠隔操作で飛ばした。


「まるで巨大ドローンだし。どこに飛ばしたの?」

「隣の大陸に着陸するようにしておいたネ」

「よし、みんな集まったね?」

「待てタクミ。まだイルが――」

「全員集合。ここにいる」


 急にバルクの背後から声がした。


「うおっ! いつからいた?」

「一部始終。プラノが来た辺り」

「いやいやいや、だったら声かけてほしいし」

「……」

(相変わらず、口数が少ない奴だな……ん?)


 バルクはイルの体に傷が増え、ひと回り大きくなっているように見えた。


「この一週間で、相当修行したみたいだな?」

「……用意周到よういしゅうとう。みな同じ」

「僕とサヤだって修行してたし。ジュリーさんも、夜にこっそり修行してたもんね?」

「アタイは修行なんてしてないさ。魔法の確認といったところだね」


 バルクがメンバーをよく見渡すと、全員の姿が前に会った時よりもかなり頼もしく感じた。


「ではあらためて、みんな準備できてるかな?」

「……」

(いや、そう言うおまえが一番準備できてねェだろ)


 タクミが再び呼びかけると、それぞれの雑談は止まった。


「魔王を呼ぶ前に、集まってくれたみんなへ感謝を伝えたい。――まずジュリー。この三年間、世界を見ててくれてありがとう。今回の招集も、手間をかけたね」

「勘違いしないでおくれ。アタイは自分が強い相手と戦うためにやってるだけさ」

「それでこそジュリーだ。これからも覚悟が生半可な勇者の心はへし折ればいいし、魔王とかの強い力の持ち主も叩き潰してやってほしい。そうじゃなきゃ、世界一の魔女の名がすたるよね」

「フン。言われなくても、アタイの行動はアタイが決めるだけさ」

「……そうだね」


 タクミはニコっと笑い、エックスに向き直した。


「久しぶりだねエックス。三年ぶりかな?」

「この場所で、魔王を倒してから会ってないし」

「お互い出不精でぶしょうだもんね」

「いつも宿屋でダラダラしてた勇者と一緒にしないでほしいし。僕は魔法を研究する時間が減るのが嫌なだけだよ」

「その研究大好き君が、バルクのティームに入ったのはどんな心境の変化かな?」

「う、うるさい! 黒化と紫化を調べるには、世界を回らないと分からないだろ!」

「……」

「まぁ何はともあれ、サヤに基礎魔法を教えてくれたって聞いてるよ。ありがとう」

「さ、サヤは関係ないし! 何でそんな話になるんだよ!」

「え?……――バルク、エックスはなんで怒ってるの?」

「知るか。俺に聞くな」

「うーん……まぁ、とにかくエックス。これからもいっぱい魔法を教えてあげてね?」

「……頼まれたら、しょうがないし」

「……」


 タクミは少し考えた後、視線をイルに移した。


「イルも久しぶりだね。三年間、ずっと魔王軍の残党と戦ってたってのは本当?」

「不特定多数。元魔王軍に限らずテロ組織も含む」

「嬉しいな。あれだけ何度も戦った君が、今じゃリキュアの治安を守る側になっているなんて」

改過自新かいかじしん。人は過ちを犯すがやり直せる」

「うん。その通りだ」


 次にタクミはプラノの方を向いた。


「プラノ。何度もテュラムのお見舞いに来てくれてありがとう。『プラノは本当にいい娘だ!』っていつも喜んでるよ」

「ふふふ。まるで親戚のおじ様のようですわ」

「ははは……そういえば、テュラムの病気なんだけど――」

「必ず治す方法がありますわ。タクミさんの世界でも治療法が確立されつつあるのでしたら、リキュアなりの治療法を探すまでですの」

「……うん、よろしくね」


 タクミはバルクと目が合った。しかし、さらに見渡して魔道具の準備をするベルガの姿を見つけた。


「ベルガ。さっきドラグナムでたくさん話せて、嬉しかった。ワイサポのオファーをもらってたのに、ずっと断っててゴメンね」

「事情はよく分かったけど、本当にこれでいいんだネ?」

「いいんだ。リキュアの平和のためなら、『旧勇者』として本望だ」

「――おいタクミ。おまえはいつ勇者を引退したんだよ」


 バルクは我慢しきれずにツッコミを入れた。


「バルクにもお礼を言わせてくれ。ムロたんをここまで導いてくれてありがとう」

「『ありがとう』じゃねェよ。俺は自分の軸通りに動いただけだ。それよりも、さっきからこの時間は何なんだ?」

「魔王と戦う前の大切な会話だ。君だって里帰りをしただろう?」

「俺たちは魔王討伐隊だ。今はお礼を言い合ってる場合じゃねェだろ?」

「そうかもしれない。けれど、君たちはリキュアに故郷があったり友人がいるけれど、自分には討伐隊しか身寄りがいないんだ」

「わ、悪かったよ……」

「君はいつも正しい。魔法が使えないハンデを埋める努力は誰もが見習うべきだ。その正しさは痛いほど心に突き刺さる。『自分なんかより、バルクみたいな人に勇者の力があるべきなのに』って何度思ったことか」

「生まれ持ったポテンシャルや環境で、人生のほとんどは決まっちまうかもしれねェ――けどな、俺たちはできる人間を上回るために、あがく時間を平等に与えられている。できねェ人間だからこそ、やるべきことがはっきりしてるんだ」

「本当に正しい。正しい君が大嫌いだった」

「は?……」


 褒めて落とす急な言い回しに、一瞬バルクは言葉が出なかった。


「お、俺だってテメェは大嫌いだ! 金の魔法に甘えて努力をしねェ、何でも面倒くさがって動かねェ、にもかかわらず――」

「けれど、今のバルクは好きだ。翔空艦レースでも生き生きとしてた。それに、ティームの活動も素晴らしい。三年前よりもずっと、今の方がいい」

「……うるせェ。おまえの評価なんか聞かなくても、俺は自分が正しいと思う道を進むだけだ」

「ふふふ、それでこそバルクだよ。――そして、ムロたん」


 サヤの名字『室田』からつけたあだ名を呼ぶと、なぜか彼女の目からボロボロと涙がこぼれた。


「……えっぐ、えっぐ」

(……なんで号泣してんだよ?)

「ゴメンね。君にはとんでもない負担をかけてしまった。だけど『イロアス』にいれば大丈夫だ。迷う必要はない」

「……ぐすっ」

「君がリキュアに来てくれたおかげで吹っ切れた。本当にありがとう」

「……ひっく」

「これからもリキュアを守ってくれ。約束だ」


 タクミはセーターに埋もれた右手を取り、ガッチリと握手を交わした。するとサヤはその場に泣き崩れ、プラノが純白のハンカチを差し出した。


「……『とんでもない負担』って、何の話だ? 金の魔法を使わねェようにしたことか?」

「黙っててもらうようにお願いした負担、かな? ジュリーやイルにはとっくにバレてて、さっきベルガには翔空艦の中で言ったんだけどね……」


 タクミは少し玉座へ歩み寄り、こちらに振り返った。


「この体は、もう間もなく魔王のモノとなる」

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