最終章 戦いの先にあるもの

34. あの時はもっと思い悩んだ顔をしておったが、今は迷いが無いように見えるのう?

『さあ! 翔空艦レースワールドツアー、サージェス杯もいよいよ大詰め! ついに世界ランク1位対2位の優勝争いとなっております! 夕陽に染まるシャインクロスとドラグナム!  栄冠を手にするのはどちらの翔空艦でしょうか!』

『ベルガさん! サイコロで決着を決めるのはやめてくださいよ!』

「無論だネ! ワイサポ抜きの、操縦技術で決めようではないか!」

『いざ! 尋常に勝負です!』


 アレンと通信を交わしたメイド服機械人ミカニは船内に入り、操縦席に座って集中を始めた。ゴール地点のサージェス上空へ向け、シャインクロスとドラグナムが最短飛行をめぐりデッドヒートを繰り広げている。


「……ルガ。……ベルガ!」

「ン?」


 他に誰もいないはずの翔空艦内で、自分の名を呼ぶ声にベルガは振り返った。しかし、人がいるわけがない。


「……」

(気のせいカナ? 名前を呼ばれたような……)

「――後ろさ」

「キャッ!」


 急に現れた世界三大魔女に、ベルガは声を上げた。翔空艦のコントロールが失われかけたが、持ち直した。


「百歳を超えた機械人も、そんなにかわいい反応ができるんだねぇ?」

「やめないかジュリー。レースの重要な局面だ。ベルガおねえさんの中枢機関にバグが発生したら、墜落してリタイアするところだった」

「アタイが甲板から呼びかけたのに、反応がないから転移しなおしたんじゃないか。高速移動する翔空艦の座標軸を計算して転移ができる魔法使いは、リキュアでも数人しかいないのさ」

「まったく、君は相変わらずだネ……」


 ジュリーと会話をしながらも、ベルガは前方を注視し続けた。


「とにかく今は、レースの重要な局面だ」

「分かっているさ。それも踏まえて伝えに来たんだよ」

「このレースで優勝するよりも、重要なのカナ?」

「世界の存続に関わる話さ。優勝しても喜ぶ世界がなければ意味がないねぇ。選手会長として、自らの怠慢たいまんで翔空艦レースの歴史にピリオドを打ちたくないだろう?」


 ジュリーが話す間も、ベルガはシャインクロスとのデッドヒートを繰り広げている。


「重要な話なのはよく分かった。しかし、会話に集中できないこの状況より、このレースが終わってから話す方が得策じゃないカナ?」

「レースが終わった後の方が不都合だねぇ。レース後の注目が集まる中で話せる内容ではない。この密室だからこそ話しておきたいのさ」

「アアもう分かったよ! 早く用件を言いたまえ!」

「アタイは一週間後に向け、元討伐メンバーの集結をしている。新勇者と共に、魔王城の跡地で『ガランドル』の再討伐を行うためにね」

「!――」


 ドラグナムが一時コントロールを失った。しかし、なんとかレースに復帰した。



―*―*―*―……


「……」


 日が沈んだ後の月明かりが窓から入る病院の一室。暗い部屋のベッドから、白髪の大男が翔空艦型のお城を眺めている。


「――テュラム」


 外の高い木から青年の声がその名を呼んだ。


「タクミか? どうした、こんな時間に」

「さっきジュリーが転移してきて、元討伐隊に招集がかかった。一週間後、旧魔王城跡に集まり、魔王討伐を決行する」


 テュラムは声の方向へ視線を向けたが、タクミらしき姿は見えない。


「そうか……共存の道はないのか?」

「魔王と共存? できるなら素敵な話だけど、魔王次第かな」

「しかし、どちらにせよ魔王をなんとかせんといかんな。こうして討伐と復活を繰り返されてもな」

「――テュラム。今までありがとう」


 タクミは急に声を震わせながらお礼を言い出した。


「急になんじゃ? 死にに行くようなその言い草は?」

「そういうんじゃなくてさ、単純にテュラムへお礼を言いたくなった」

「やめんか。むずかゆい」

「初めて会った時のこと覚えてる? アルクラント軍が軍事演習している中心に突然現れて、無意識に金の魔法を使ったら牢屋にぶち込まれてさ。だけどその後、転生人って見抜いたテュラムが解放しに来てくれた」

「ガハハ、もちろん覚えているぞ! ならず者が襲撃してきたと軍が騒いでおってな、金色の光を操ると聞いてピンときたのだ!」

「あそこで助けてもらえなかったら処刑されてた。テュラムがいたから自分はここにいる」

「大げさに言うでない。人として当然の行動を取っただけだ」

「思い起こせばテュラムには、ずっと助けてもらってばっかりだ。こんな不真面目な勇者を誰よりも信用してくれた。なのに、病気を治す手段を見つけられなくて、恩返しも何一つできない自分が情けない。本当に、ゴメンね……」

「だから、互いに死ぬような言い方はやめんか。生きている限り希望は必ずある。何があっても心が折れぬ限り、大逆転のチャンスは存在する。――人が生きるうえで最も重要なのは、自分を動かす原動力を肝に銘じ、その肝心な軸を基準に行動し続けられるかどうかなのだ。自分がどうしたいかという確固たる軸を、どの状況においても変えずにいられるのならば、人を前進させる。それこそが生きる源であり、お主が三年間軸を変えずにいられた証でもあるだろう?」

「……うん、そうだね」


 暗くてタクミの表情は見えないが、泣いているのが伝わってくる。


「……こちらこそスマンのう。魔王の討伐に参加できなくて」

「な、なに言ってんだよ! 病人だから仕方ないだろ!」

「――ほらな。弱気な発言は人の心へプレッシャーを与える。余計な気遣いをさせるだけだろう?」

「はぁ、分かったよテュラム将軍……ありがとう。……本当に、ありがとう」

「ガハハハッ! お礼を言われるほどでもないわ! 当然じゃ!」



―*―*―*―*―*―……


 小さな田舎村ラベラタの裏山にある墓地。早朝から赤髪の剣士が訪れていた。


「……」


 バルクは墓掃除後のお祈りを済ませ、立ち上がった。


「ふぉっふぉっ。『珍しく、こんな朝早くから墓参りする若者がおる』と感心しておったら、しばらく帰っていない村の英雄ではないか」

「じいさん。ご無沙汰ぶさただな」


 立派な白髭を蓄えた神父が、バルクへ笑顔を向けた。


「また体が大きくなったのではないか? 特に足回りが」

「よく分かったな! 最近素早い相手とよく戦うもんで、脚力を強化してるんだ。いきなり足が速くなることはねェが、足の力を剣に伝えたり、機敏な動きができるようになってきた」

「長く帰って来んかったのは、やはりサヤは転生人なのじゃな?」

「ああ。間違いねェ……」


 思えばあの旅立ちから、半年以上が経過していた。黒化モンスターに翔空艦レース、ティーム活動に魔王復活と、バルクたちはほぼ休む間もなく今日を迎えた。


「いろいろと噂は届いておるぞ。ティームの面々は来ておるのか?」

「いや、ここには俺しかいねェよ。ジュリーの転移魔法で運んでもらったが、『サヤとエックスに魔法を教える』って言って、さっさと戻ってった」

「修行、か……あの子は鎧も着ないので心配してたが、元気そうで何よりじゃ。あの時は疑ってすまなかったと伝えてくれ」

「ハハッ、そんなこともあったな。伝えておくよ。しかも、いまだに防具は着ねェ主義だ」

「いまだに着ないじゃと? ふぉっふぉっふぉっ! 若いのう! じゃが、それでも生き残れるのは、勇者の証じゃのう」

「そうだな」


 バルクは、墓場の掃除道具をバケツにまとめ始めた。


「忙しいにもかかわらず墓参りに来たのは、三年ぶりじゃの」

「ん? そうだったか?」

「ああ。魔王戦の前じゃよ」

「……そうか」


 村長は、バルクの反応からこれから起こることを推測した。バルクはバケツを持ち、墓場の入口へ歩きだした。


「今回ここに来たのも、近しい理由があるんじゃな?」

「見抜くとは、さすがは村長様だ」

「当然じゃ」


 バルクは入口近くの用具置き場でバケツを重ねた。


「隠すつもりはなかったが、言動で読み取られちまってるのが小っ恥ずかしいな」

「あの時はもっと思い悩んだ顔をしておったが、今は迷いがないように見えるのう?」

「そりゃそうだ。三年前は討伐隊の二軍で、故郷も救えねェどころかボス戦じゃ役立たずだった。それが今は新勇者の道標みちしるべとティームリーダーの兼務だ。迷ってる場合じゃねェ」

「責任感は人を育む。バルクも成長を遂げたのじゃな?」

「ああ。特に翔空艦レースグランプリの戦いがいい経験になった。攻撃の手段が何であろうと、一番大切なのは危険察知だ。攻撃を先に予測して動けば魔法使いに十分勝てる。それからの毎朝の修行は、魔法使い対策がメインだ」

「ふぉっふぉっ、さすがはラベラタの英雄じゃな。――それで、今回はどんな相手なのだ?」

「魔王『ガランドル』が、六日後に復活する」

「前魔王の復活じゃと! 魔王軍も復活するのか?」

「ジュリーが言うには、『幹部はともかく、すぐに魔王軍の復活はない』らしい」

「知りうる情報は推測のみで、確かなのは魔王復活のみという訳か」

「だからじいさん。頼みがあるんだが――」

「『もしも俺たちに何かあったら、リキュアは混沌こんとんと化すだろう。その前に、ラベラタのみんなを避難をさせてくれ』――じゃな?」

「あ、ああ……」


 村長はバルクの言葉を遮るように、言いたいことを当てた。


「身も心も成長を遂げながら、三年前と同じ台詞が出てくるのは嬉しい限りじゃ。魔王討伐の褒賞金ほうしょうきんでラベラタにシェルターを造ったのも、本当に感謝しかないわい。しかし、自分のためにお金を使ってもよかったのじゃぞ?」

「ラベラタのために使うことが、自分のためになるんだよ――!」


 バルクは視線を感じると、入口にジュリーが立っていた。


「そろそろ時間だ。いってくる」

「そうか……ラベラタの英雄バルクよ! 無事を祈っておるぞ!」

「おう! 帰ったら盛大に歓迎してくれ!」

「もちろんじゃ! しっかりのう!」

「ああ! 任せとけ!」


 バルクがきびすを返すと表情が引き締まり、ジュリーのもとへ歩いていった。

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