31. 孤独こそ最強の鍛練。

 剣と剣がぶつかる、目が覚めるような音。バルクは背後から自分の首筋を狙う斬撃を、振り向かずに察知して抜刀した。


「バルク!」

「っぶねェな!」


 バルクが後方の人物を大剣でなぎ払った。相手はバックステップで距離を取り、顔を伏せた。


「どこのどいつだ? 武器を手にしてねェ相手に名乗りもせず、不意打ちしてくる常識外れは?」

「……」


 頭半分を覆う黒いバンダナの上から、黄色い髪の毛が縦にグンとはみ出している。首から下は黒い全身タイツのような特殊素材のバトルスーツに、両膝両肘には銀でできたサポーターに紫色で魔法陣が画かれている。右手には赤い刀身の剣、左手には青い刀身の剣が握られ、それぞれの柄には手を保護する護拳ごけんがついている。二本の剣を納める鞘が、腰の後ろ側にクロスして固く巻かれている。


「って、イルじゃねェか!」

「え? イルさんって、会いに来た討伐隊の人?」

「……」


 バルクへ向いていた髪の毛がゆっくり上にあがると、釣り目の青年が睨みつけてきた。


「……おい」

「……」


 バルクの呼びかけに応答がない。その間に他のメンバーも二階に登った。サヤが自力でよじ登ろうとしたが、途中で風魔法を使って着地した。


「どういうつもりだ? 俺が剣を抜いてなければ、首を切っていたぞ?」

「……問題皆無。魔石で無効」

「それでも名乗りのねェ不意打ちはタブーだろうが! どういうつもりだ!」

蹈常襲故とうじょうしゅうこ。バルクなら平気」

「キュロストじゃ当たり前で、俺なら止めるだろうってか?」

明々白々めいめいはくはく


 興奮気味に話すバルクに対し、声を発するのに最低限の力しか使うまいとでもするかのように、イルは短い言葉をボソボソと呟いている。


「ね、ねぇプラちゃん。イルさん何言ってるの? 誰かに操られてんの?」

「いえ、あれが普段通りのイルさんですの。少し口下手ですので、不思議な会話に聞こえますわね。『キュロストストーンで無効化されるのに、不意打ちくらいで何を怒っているんだ?』と、イルさんはおっしゃってますの」

「よ、よく分かるね……」


 イルは左右の剣を構えた。


「待て。俺はおまえと話をしたい」

「……問答無用」


 イルは一気に間合いを詰め、バルクへ斬りかかった。さらに素早い連続斬りに、バルクは防戦一方になった。


「はやっ! 一瞬でバルクの前に来た!」

「イルは討伐隊一のスピードがあるし。普通の人間が一つ行動する間に、二つ行動できる程にね」

「すごい! リアル二回行動!――って、まずいじゃん! バルクは早い相手が苦手だって言ってたよ!」


 今もバルクが攻められないほど、イルの手数が多い。


「バルクさんが最も苦手とされてるのは、おそらくイルさんのスピードですわ。三年前は毎日のように手合わせを申し込んでいましたの」

「苦手な人なのに毎日手合わせ? どんだけストイックなの!」

「あえて挑むのはいいんだけどさ、バルクが勝つのを一回も見てないし」

「えええ! イルさんそんなに強いんだ!」


 バルクは分が悪いと感じたのか、間合いを広げ始めた。建物の上を走り回るように隙を伺い始めると、イルは武器を持った手から弾丸のようなものを放ち、バルクの足運びを牽制けんせいしている。


「すごい! 剣を持った手で魔法使ってる!」

「魔法じゃないし。圧縮した空気を飛ばす『圧空砲あっくうほう』っていうんだ」

「あっくうほう? なにそれ!」

「リキュアのはずれに位置する村、アストガルドに古来より伝わる武術『圧空波動流あっくうはどうりゅう』の一つだし。極めると空気を圧縮して飛ばしたり、空中を走り回ったりできるし」

「それすごくない? 私も空を走りたい!」


 イルは後方の空気を蹴り出した加速で一気に距離を詰め、両刀斬りをお見舞いした。しかしバルクは大剣一本で止めた。


「地面と空気を蹴りまくるから、あのスピードが出せるんだし」

「それであれだけ速いんだね」

「イルさんは一般人アンス獣人セリアのハーフなので、身体能力も高いですわ。魔王軍時代の二つ名は『疾空しっくう鬼神きしん』と呼ばれておりましたの」

「めっちゃカッコいい!……ん、魔王軍時代? イルさんは討伐隊なんだよね?」

「……」


 バルクとイルの戦いが激しさを増す中、サヤの質問にプラノとエックスは深妙な面持ちになった。


「……イルの強さに感づいた魔王軍が、アストガルドを占拠して村人全員を人質にしたんだし」

「え? なにそれ?」

「――そしてイルに言ったんだし。『魔王軍に入れ。さもなくば村人を殺す』ってね」

「そんな……ひどすぎる……」

「イルさんと討伐隊は何度も相まみえましたわ。討伐隊以外のパーティも狙われ、次々と倒されていきました。ですが、イルさん率いる魔王軍がバルクさんの故郷ラベラタを襲った時、心境の変化があったそうですの」

「しんきょうのへんか?」

「おそらく、自分の故郷と重なって見えたんだし。その後、テュラムがイルさんを勧誘して、討伐隊に入ったんだ」

「つまり、本当は良い人なんだね?」

「ふふふ、そういうことですわ」


 再びイルの両刀斬りを、バルクが大剣一本で止める音が響き渡った。


「相変わらずとんでもねェ速さだ。だが、今の俺なら止められる。なんでか分かるか?」

「……老成円熟ろうせいえんじゅく臥薪嘗胆がしんしょうたんの極み」

「ああ! 三年前とは違ェんだよ!」


 バルクはガードしていた大剣でイルをなぎ払い、吹き飛ばしたイルを追撃する体勢になった。


あめあられやいばの嵐!」


 バルクの斬撃の嵐に、攻防が入れ替わった。


「っ! テュラムの技!」

「へへっ、やっと漢字を羅列する余裕がねェようだな!」

邯鄲之歩かんたんのほ!」


 イルが手のひらを地面に向けると強烈な風圧が発生し、バルクは後方へ吹っ飛んだ。


邯鄲之歩かんたんのほ。他人の真似ばかりして、自分を見失うって意味だし」

「はぁ、はぁ……」


 発生した風圧が収まると、イルの息が少しあがっていた。バルクはゆっくりと立ち上がった。


「俺は自分を見失うどころか鼓舞してるぜ? テュラムと一緒に戦ってる気分になるからな。イルだって、師匠から教わった技を使ってるんだろ?」

美辞麗句びじれいく。孤独こそ己を磨く!」


 イルはさらにスピードを上げてバルクに斬りかかった。とても二人で戦っているとは思えないほど、複数の剣と剣がぶつかる音が絶えず鳴り響く。ただ事ではない剣の音を聞いてか、周囲にはギャラリーが集まりだしていた。


疾風怒濤しっぷうどとう!」


 イルがそう言うと、さらに斬撃の数が増えた。あまりの速さに、剣と腕が何重もあるように錯覚して見える。


「すごっ! まだ速くなるの? バルクが止めるだけで精一杯になってる!」

「ですが、全て止めておりますわ。イルさんの目線と体の使い方を見て、必要最低限の動きでさばいていますの」

「うるぁ!」


 バルクが再び豪快になぎ払うと、イルは一度バックステップで距離を取った。


「この三年でイルは強くなった。敵う人間はリキュアでもひと握りだろう。――だがな、俺もこの三年で強くなった。特にここ数ヶ月は、強い相手や仲間に刺激されて大きく成長できた。そうでなきゃ、俺はとっくにやられてるだろうな」

好敵手こうてきしゅと、仲間?」

「ああ。三年前に置き換えりゃ、魔王軍と討伐メンバーだな」

「……理解不能!」


 イルは空中を駆けるようにバルクへ間合いを詰め、一太刀を浴びせた。さらにバルクの周りの空気を蹴りながら四方八方から斬りつけたが、すべて大剣で止められた。


「今のイルと俺の差。――それは、守るべき仲間がいることだ!」


 バルクはイルの連続斬りを見極め、タイミングを見計らって回転斬りをした。イルは両腕の小手でガードしたが、後方の観衆の中へ吹っ飛ばされた。


協心戮力きょうしんりくりょくなぞ、ただの幻想」


 観衆が離れる中、イルはよろりと立ち上がりながら呼吸を整えて言った。


「だったら、証明してやるよ! 流星雨りゅうせいう!」


 バルクは一気に距離を詰め、手数の多い斬撃を放った。


「バルクすごい! イルさんより速い!」

「風林火山!」


 イルはそう言うと、青い剣で受け流しと素早い反撃、赤い剣でガードから力強い攻撃を繰り出した。


「ぐはっ!」


 赤い剣の斬撃を食らい、バルクが後方へ吹っ飛んだ。そしてゆっくりと立ち上がり、かろうじて大剣は手放していなかった。


舌先三寸したさきさんすん。孤独こそ最強の鍛練」

「あぁ? 聞こえねェよ!」


 再び、二人の激しい戦いが始まった。


「ねぇプラちゃん、この戦いって決着つくの? 二人とも、全然剣を落としそうにないじゃん」

「ふふふ、ここまでもつれますとスタミナ勝負ですわね。勝敗をつけるよりも互いの強さを確認し合うことを優先してるようで、楽しんでおりますわ」

「なんだかんだで強い相手と戦うのが好きな二人だし。ニヤつきが隠せてないね」

「え? そうなの?」


 サヤが目を凝らすと、激しい攻防の中で笑みがこぼれているのが見えた。


「……不思議な関係だね。出会う前に敵同士だったのが、一緒に魔王を倒したメンバーだなんて。それで今はライバルみたいで、羨ましいかも」

「――それならお嬢さん。アタイのライバルにならないかい?」


 後ろにいた魔女が、サヤの肩を掴んでほほ笑みかけてきた。黒のローブと三角帽子を身にまとい、深紫色の前髪ぱっつんショートカット。両耳の耳たぶには赤い魔石のイヤリングをしていて、右手に持つ杖には三日月のようにかたどった黄色い魔石の中に、大きな赤い球体の魔石がはめ込まれている。


「誰?」

「って、ジュリーさんだし!」

「ジュリーさん? じゃあ、この人が世界三大魔女の?」

「この世界で一番強い魔女、ジュリクオン・フレシ・アレクトさ。よろしくね、室田紗弥」


 深紫色の口紅をした口元が不敵な笑みを浮かべながら、握手を求めてきた。


「私のフルネーム……どうして? はじめましてのはずなのに」


 警戒しつつも、サヤは左手の握手に応じた。

 

「アタイはずっと見てきたのさ。そして、この時をずっと待ち望んでいた!」

「サヤ!」


 ジュリーは握手の手を離さずに、転移魔法の黒い球体で自分とサヤを包み込んだ。プラノが引き離そうとしたが、間に合わなかった。

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