第五章 上の戦い
30. 強者の頂
「はぁ、はぁ、はぁ……」
朝日でオレンジ色に染まる土の斜面。雲よりも遥かに高い標高がある山を、バルクたちは登っている。
「もぅ……こんなの
傾斜がなくなったところでサヤは背中の大剣を地面に降ろし、ドサリと座り込んだ。
「――そうは言うけどよ、登りきったじゃねェか」
「え?」
青と白の鎧を着た赤髪剣士がそう言うと、風が止んで
「わあぁ! なにあれ!」
山の天辺を切り取ったような、それでいて雲より高い高度にある広大な敷地。一階建ての建物が高さをそろえる町並みが見えだした。そして町の中央には、唯一二階以上の高さがある建造物のスタジアムがそびえ立ち、屋根を覆う骨組みの頂点には装飾された巨大な白銀の魔石が光り輝いている。
「きれい。あんな大きさの宝石、見たことない……」
「キュロストアレーナの上にある巨大銀魔石――キュロストストーンだし」
エックスは高山病予防で、酸素マスクを着用している。
「あのアレーナは、別名『
「きょうしゃの、いただき?」
「最も強い方のみが戦うことを許されているのが、あの建物なのですわ」
「へー! なんかすごそう!」
「この町は強さが全てなんだし。強い人は優遇されるけど、弱い人は居場所を失うんだ」
「ん? なんかヤな感じ」
「イカれたルールだよな」
バルクがキッパリと言い放った。
「弱い人間ほど救済するべきなのに、何で強い奴を甘やかしてんだよ? 強い人間はほっといても自分で何とかできんのによ」
「だからこそ、『弱い者は努力しなさい』って意味らしいし。二階で戦った結果だから、僕はアリだと思うよ」
「まぁ、そうだな……」
「二階で戦う? どういう意味?」
「
頭を赤いバンダナで括った、サヤと同い年くらいの茶髪ツインテールの女の子が話しかけてきた。深緑色のワンピースを着ていて、左腕には巾着袋がたくさん入った茶色のかごを下げている。
「ああ。四人だ」
「かしこまりました! 『豪傑の剣神』さん、『狂気の聖剣士』さん、そしてそちらは翔空艦アミアイレのワイサポ、サヤさんですね?……それと、んー、魔法使いマスクさん!」
「ちょ、おい! 僕は大魔導士――」
「さすがキュロストの案内人だな。翔空艦レースまで見てるなんて」
エックスは酸素マスクを外して自己アピールしようとしたが、バルクが口を挟んだ。
「もちろん見てました! あれだけ素晴らしい戦いをチェックするのも、キュロスト案内人の務めなのです!」
案内人は自慢げにドヤ顔を決めている。
「いや、僕もワイルドカードレースに出てるし――」
「では皆さん! キュロストバッジが三つ入った巾着袋です! お一つずつどうぞ!」
町の女の子はそう言ってかごから巾着袋を一つずつ取り出し、バルクたちへ配った。
「それでは! ご武運をお祈りしています! いってらっしゃいませ!」
案内人は勢いよくお辞儀をし、案内所の小屋に戻っていった。
―*―
「まったく! 失礼な話だし! 僕だって翔空艦レースに出てたじゃんか! しかも討伐メンバーでもあるのに、何で知らないのさ!」
入り組んだ町の奥の方まで歩いてきたところで、エックスは不満を爆発させた。酸素マスクの中で呼吸を荒げながら、土の地面をドカドカと足音を立てている。
(そりゃあ翔空艦レースは予選で、討伐隊のエックスはほぼ活躍してねェからな……)
「まぁまぁエックスくん、悪気はないのですから……」
「マスクをしてて分からなかったんだろ。気にすんな」
「ふんっ!」
「ねぇバルク、このバッジって何なの?」
サヤは歩きながら、剣と杖が交差している絵が描かれているバッジを三つ取りだして眺めていた。
「それはキュロストバッジ。この町ではバッジの数で人の地位が決まる。強さを判別するための物だな」
「へぇ。それでみんな服とかにつけてるんだ?」
通りを歩く剣士や魔法使いは、見せびらかすようにバッジを何個もつけている。
「本当に強い奴はわざわざつけねェけどな。数が多いからこの袋に入れる」
バルクがそう言うと、周りの戦士からの視線を感じた。
「どうやって集めるの?」
「二階で戦って勝てば敗者からもらう。負けたらバッジを一つ渡す」
「その『二階』ってのがよく分かんないんだよね。この町の建物って全部一階建てで、二階がありそうなのって真ん中のアレーナくらいだから、あそこで戦うって意味?」
「この町の戦闘区域は二階――アレーナ以外の全建物、屋根の上だ」
「えええ! そういえばさっきから上で音がしてたけど、戦う音だったの? 屋根壊しちゃったりしたら危なくない?」
「ご心配には及びませんわ。キュロストストーンのご加護がありますので、建物はおろか人々もけがをしませんのよ。武器や魔法が人に触れても危害はないので、皆さん安心して戦えますの」
「そうなの? でもいきなり剣が降ってきたら、ダメージは受けなくても心臓に悪いような……」
「この町の人たちにとっては当たり前じゃん? 銀の魔石は、近くにある全ての物体や生き物の防御力を上げる効果があるんだし。キュロストストーンほどの大きさになると、範囲は絶大って感じだね」
サヤはハッとして、自分の右耳に付けているイヤリングに触れた。
「ちなみにキュロストアレーナは、バッジを百個以上集めた人間しか入れねェ」
「ひゃ、ひゃっこ! つまり、百回勝つってこと?」
「最初に三つもらえるから、最短で九十七連勝だし。実際は勝ったり負けたりするだろうから百回以上勝つ必要があるけど」
「きゅ、九十七連勝……」
「年に一度だけあのアレーナで、百個以上のバッジを持つ人間だけで頂点を争うトーナメントがある。そこで優勝すると本物の『
「ふーん。でも、誰もダメージ受けないのにどうやって勝ち負けを決めるの?」
「『ウェポンストライク』。相手の武器を弾いて、屋根とか地面に落としたら勝ちだし」
「なるほどね。二階に登った瞬間から狙われるの? 不意打ちもアリなの?」
「アリだ。ただし、武器を持つ相手じゃねェと無効だ。あとは最初の攻撃をする時に自分の名前を名乗るっていう、暗黙のルールはある」
「んんん? それじゃ名乗るだけ名乗って不意打ちしまくる、ズルい人がいるんじゃない?」
「あまりに卑怯な行動が多いと、集中的に狙われやすくなるらしいし。『強者の頂』に近い人たちが黙ってないんだってさ」
「そっか。じゃあ悪い人にはバチが当たるんだね? 少し安心」
「ま、強い人間なら不意打ちされても返り討ちにするけどな。しかし治安が守れれば、こういう戦闘主義も実はアリなのか?」
「治安が良い国でも犯罪はあるし、この町のルールは逆転の発想だね。奪い合いをするならこのバッチを使いなさいって感じ」
「争いを容認する中でルールを設ける、か……」
バルクは考え込み始めた。
「ねぇバルク! 早くバッジ集めようよ! 汚くてせまい宿屋に泊まるとか、ほんとにありえないからね!」
「あ、ああ。そうだな」
サヤは近くの建物にトコトコと寄っていった。
「ん? ええっと、うーん?」
「どうした? 早く登れよ」
「いや、どうやって登るの?
「建物は壊れねェんだから、蹴っ飛ばしていきゃいいんだよ。こんな風になっ!」
バルクは助走をつけて民家の外壁を駆け上がり、屋根に手をかけてよじ登った。
「いやいやいや! そんなんやったことないよ!」
「できるさ。つべこべ言わずやってみろ」
「バルク後ろ!」
「!――」
バルクが屋根の上から会話する最中。後方に黒い影が覆い、赤い刀身の剣からピカッと光が反射した。
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