29. 昔はつらかったけど、今は慣れて何ともないし。

「――俺が見せられたのは、そんなところだ」


 温泉の町『翠凜すいりん』にある旅館の男湯。大浴場に緑髪のエックスと、赤髪が濡れてストレートになっているバルクがつかっている。広々とした露天風呂に温泉の湯が戻っている。


「一人で村を守ったのは聞いていたけど、そんな壮絶な話だなんて知らなかったし。それでも生き延びるバルクもバルクだけどね」

「まさに火事場の馬鹿力だな。無我夢中でモンスターの大群を切りまくってたら、アルクラント軍よりも先に討伐隊がやって来た。タクミやプラノ、テュラムに会ったのはその時が初めてだ」

「大剣一本で村を守り抜く姿から、『豪傑ごうけつ剣神けんじん』って二つ名がついたんでしょ?」

「まぁ、な……」


 バルクは顔に湯をかけ、筋肉質な両腕を縁に出した。


「その少し前までは、『早く二つ名がつくほど強くなりてェ』って思って鍛練をしていた。だが二つ名がついた頃には、守るべき故郷の人々はボロボロになっていた。二つ名なんて、どうでもよくなってたな」

「そこにテュラムの勧誘でしょ? あのおっさん、本当に人の扱いがうまいし」

「まぁ、村の敵討かたきうちをしたい俺には、断る理由もなかったからな。――ちなみにエックスは、どんな過去を見せられたんだ?」

「小さい頃の記憶だし。『偉大な魔法使いの息子』っていうプレッシャーに耐えられずに人間不信になって、引きこもった時の話だよ」

「それもそれで、つれェ記憶だな」

「昔はつらかったけど、今は慣れて何ともないし」

「慣れ、か……」

(討伐隊の頃は人目を気にして、殻を破れてねェ奴だと思ってた。だけど、エックスはエックスなりに成長してんだな)

「――それよりバルク。さっきのドグラスの言葉が気になるし」

「『いずれ分かる』って話か? 終始からかってくる奴だったし、ただの思わせぶりじゃねェのか?」

「そうだといいけど、二人目の勇者が出現して黒化が発生してるし。何が起きても不思議じゃないよ」

「そうだな。……そういえばサヤの奴、大丈夫か?」

「まぁ、プラノがいるから大丈夫だと思うし」



―*―


 その頃の女湯。


「い、いやっ、ダメですわサヤ……」

「え? でも気持ちいいんでしょ? ほらほら……」

「あぁ……や、ダメっ!」


 プラノは湯船から立ち上がり、サヤの手から逃れた。


「やめてください!」

「えぇー! 『触っていいよ』って言ったのプラちゃんじゃん!」

「そ、それは! 元気がなさそうで、触りたそうに見てるものですから許可しただけでして、ずっと揉みしだいていいとは言っておりませんわ!」

「ずっと揉んじゃダメなの? そんなの無理じゃん! 巨乳に触れて、揉み続けない人なんているわけないよ!」

「な、なんという迷言ですの。それもお年頃の女性の口から飛び出すなんて!」

「……」

「……」

「……ぷっ、あはははは!」


 元気がなかった女勇者の顔に、笑顔が戻った。


「やっと笑顔が見られて、安心しましたわ」


 プラノは再び肩まで湯船に入った。


「……さっきね、元の世界の出来事を見たの」

「……やはり、そうでしたか」

「ほら、サージェスで彼氏が友達に取られる話をしたじゃん? 二人がキスしてるのを見た時と、別れ話をされた時の記憶を見せられたの。――バカだよね。大嫌いなはずなのに、心のどこかで『別れたくない』って思っちゃうの。術の中で叫んでも意味ないって分かってるのに、『嫌だ』って叫んじゃった……」


 サヤの目から、大粒の涙がポロポロと落ちた。


「サヤ。無理に話さなくてもいいですわ」


 プラノはサヤの背中に手をやった。


「……ぐすっ……彼氏も友達も同時に失って、……二人とも大好きだったのに、……信じてたのに、……なんでこうなるのかなぁって」

「サヤは悪くありませんわ。それだけ人を愛して信じたのは、むしろ誇るべきことですの」

「うん。……でも本当、……バカだよね」


 プラノは少しもらい泣きをしながら、そっとサヤを抱きしめた。


「その二人は愛を手に入れたかもしれませんが、他人からの信頼を今後取り戻すのは難しいはずですの。そもそもわたくしは、浮気や不倫で生まれた恋が成就するとは思いません。信じてくれている人を裏切る方々なんて、縁を切って正解ですわ」

「……そう、だよね?」


 サヤは埋めていた顔を上げた。


「一度浮気をした方は、統計的にも浮気を繰り返しやすいと聞きますわ。遅かれ早かれ、似たような悲劇が再び起こるでしょう」

「そうだよね! じゃ、やっぱり別れて正解だったんだ! すっごーい! なんかプラちゃんがスナックのママみたいに見えてきた! ほんとに十代なの?」

「……それは、老けてるという意味でしょうか?」

「違う違う! 人生経験いっぱいあるみたいだねって、いい意味で!」

「まぁ、ダメな男性をたくさん見てきましたからね」

「じゃあ今度、良い人いたら紹介してよ! プラちゃんの紹介なら信じる!」

「以前も言いましたが、それでは恋愛になりませんわ。相手を見定めるところから自分でやらないと、本当の恋愛とは言えませんのよ」

「ふ、深いっ! さすがプラノママ!」

「もう、茶化さないでください!」

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