27. 何度やっても無駄なことなんか、この世に一つたりとも存在しねェ!

 コウモリ系モンスターの大群、体の大きなムカデ系や蛇系のモンスターを倒し、一行は洞窟の深い場所まで進んで来た。


「はぁ、はぁ、洞窟のモンスター、マジで無理だよぅ!」

「サヤ、顔色が優れないようですが大丈夫ですの? 状態異常攻撃でも受けましたか?」


 エックスは魔法の光をサヤに近付けた。顔は血の気が引いている。


「う、ううん。攻撃は食らってないんだけど、モンスターの見た目が生理的に無理で吐きそう」

「確かに不気味な動きなのが多いし。コウモリ系はウジャウジャしてるし、蛇やムカデはウネウネしてるしね」

「エクスくんやめて! 想像もしたくないから!」

「ん? なんかあったかい空気が来てねェか?」

「かすかに水の音がするし……まさか!」


 エックスが走り出すと魔法の明かりが遠ざかり、残された三人の周囲が暗くなった。


「ちょ、エクスくん! 待ってよ!」


 バルクたちも走ってエックスを追いかけた。すると、洞窟の奥から光が見えてきたところでエックスは止まり、人差し指を口元に立ててこちらへ合図した。


「どうしたの?」


 小さい声でサヤが質問した。


「洞窟の奥から明かりがあるので、誰かがいるということですわ。気付かれないように進みましょう」


 エックスは光を消した。


「物音を出さないように進むし。足元に気を付けて」


 そろりそろりと四人は進んだ。だんだんと暖かい空気が近くなり、水の音が聞こえてきた。全員は明かりの入り口手前で止まり、先の様子を伺った。


「フン、フン、フン。良い湯だな……」

「――!」


 叫びそうになったサヤの口を塞ごうと、他の三人が一斉に手をやった。温泉に浸かる白と黄色のメッシュ髪中年男性が、上機嫌に鼻唄を歌っている。今までで最も広い空間の中に、一人で入るには広大な範囲の温泉が湧いていた。


「何で温泉が出てるの? しかも超広い。あの人が魔王の側近?」


 サヤはヒソヒソと質問した。


「確かドグラスは、女性だったと記憶していますの」

「よく考えたら全身甲冑に包まれてて、性別までは分からないし――それにしても温泉の容積が大きいね。街の温泉が全てここで出てるかもしれないし」

「街の温泉を独り占めとは、誰であろうと許さん!」


 バルクは大剣を抜いて飛び出し、湯に浸かる男性に斬りかかった。


「いやん!」


 男性は湯船の近くに置いていた杖をすぐさま振りかざし、バルクを跳ね返した。


「ぐはっ!」


 吹っ飛ばされたバルクは壁に背中を打ちつけると、振動で天井から水滴が落ちてきた。そしてバルクは地面に着地した。


「あらやだ! 誰かと思えば『豪傑の剣神』ちゃんじゃないの! 乙女のお風呂を邪魔するなんて、良い趣味してるわぁ!」

「……乙女?」

「この口調、ドグラスで間違いありませんわ。男性でしたのね」

「んん? オネエ系なの?」


 当人はタオルに身を包みながら岩陰に隠れた。


「そのようですわ。色んな意味でやりにくい方ですの」

「やりにくい?」


 プラノたち三人も広い空間に入った。高い鍾乳洞の天井に向かって湯気がモクモクと上がり、ドグラスが設置したのかオレンジ色のライトがいくつかの岩に括りつけられている。温泉が湧いている巨大な円形の上を横断するように、人工の橋がアーチ状に架けられている。


「まったくもう、油断も隙もないわね! プンプン丸!」


 元側近は高い声を発しながら、禍々まがまがしい模様が彫り込まれている黒い甲冑に頭から指先まで身を包んで再登場した。


「それはこっちのセリフだ。村の温泉を独り占めしやがって」

「独り占め? おほほ、何のことかしら?」

「しらばっくれんな! おまえの仕業だろ!」


 バルクは再び斬りかかるフリを見せ、さっきと同じ術をかわした。背後に回ると再び杖だけ向けられ、後方に吹っ飛ばされた。


「ぐほっ!」

「あらあら。レディの後ろから抱きつこうなんて、さらにいい趣味してるじゃない?」

「抱きつこうとしてねェし、乙女でもレディでもねェだろうが……」


 ドグラスは杖を片腕でクルクル回し、余裕を見せている。


「それで、あなたたちも覗くだけかしら? 四人で戦えば勝てるかもしれないわよ?」

「ぬぬぬ、あのオカマ、言わせておけば! プラちゃん行こう!」

「え、ええ!」

「……」


 サヤの背中からミラーソードが浮かび上がった。その間にプラノはバルクへ回復魔法をかけた。


「あら、鏡の剣を浮かせてどうするのかしらん? 洞窟の中で設置魔法を打ちまくったら、全員生き埋めになるわよん」

「むぅ、なんか知られてる」

「洞窟では相手をピンポイントで狙う戦い方をしなくてはなりませんわ」

「どうすれば……」

「俺がたたく! 補助を頼む!」


 バルクは再び突進した。


「さすがにそろそろ、何度やっても無駄って悟ってほしいわん」

「何度やっても無駄なことなんか、この世に一つたりとも存在しねェ!」

「あらカッコいい。――でも、そういう人ほど早死にするのよね」

「うおおおぉー!」


 バルクは再び斬りかかると、闇魔導師は再び杖を構えた。するとバルクの横からミラーソードが追い越して斬りかかってきた。先にドグラスは浮遊する剣から跳ね返すと、バルクが斬撃を頑丈そうな杖で受け止めた。


「さすが討伐隊一の力自慢だわん。ああん、興奮しちゃう!」

「うるせェ! 変な声を出すな!」


 プラノが詠唱を終えて強化魔法をバルクにかけた。体が青く光り始めるとスピードが上がり、バルクは無数の斬撃を加えた。しかし、すべて杖に弾かれた。


「いやん、もっと早くぅ! 頑張らないと当たらないわよ!」

「その割には魔法を使う余裕がなさそうだな! もういっちょ追加だ!」


 再びサヤの操るミラーソードが戻ってきて、ニ対一の攻防になった。それでも斬撃はことごとく受け流されている。


「そんなにムキになってどうしたのかしらん? そんなに私に勝ちたいの?」

「油断させようとしても無駄だ! 土十字!」


 バルクは地面に大剣を突き刺し、その衝撃波でドグラスの体を浮かせた。浮いた体に向けて十字斬りをお見舞いした。頑丈な鎧に傷はつかなかったが、斬撃の衝撃でドグラスは後方に飛ばされた。


「やんっ! いったーい!」

「嘘つけ。その装備じゃ痛くねェだろ。――なぁ、そろそろ本気で戦ったらどうだ?」

「あらやだ! 気付いてたのね? なら、こっちから行くわよん」


 バルクらは身構えると、ドグラスは杖を掲げた。


「グラウンドキッス!」

「キャ!」

「くっ!」


 四人の体の上半身前方が急に重くなり、地面へうつぶせに倒れた。立ち上がれない程の重力がかかっている。バルクが力任せに立ち上がろうとしたが、ドグラスはさらに負荷をかけた。


「た、立てねェ……」

「詠唱なしで相手の動きを封じる闇魔法なんて、さすが魔王の元側近だし」

「感心してる場合じゃないよエクスくん! このままじゃやられちゃう!」

「うふふ、いいものを見せてあげるわ――」


 ドグラスが何かの呪文を呟くと、四人の意識は遠くなっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る