26. そんなに一番風呂って大事?
「ねぇねぇ! どこ掘ればいいの? 早く温泉入りたいんだけど!」
赤と黄色との葉が彩る森の中で、周りを急かすような少女の声。学制服を着たサヤの背中には、まるで軽音楽部の学生がギターケースを背負うように、黒い鞘に収めたミラーソードを縦向きに背負っている。
「どこでも掘りゃいいわけでもねェ。湯気とか硫黄の臭いとかがあれば分かりやすいんだがな」
巨大なつるはしとシャベルを担いだバルクが解説した。
「そんな簡単な話でもないし。掘り当てたとしても、浸かれる成分かを調べないといけないね」
「てゆうか私たち、『イロアス』になってからずっと働いてない? 復興中の村に『イロアステレビ』を設置したり、翔空艦レースの試合に出てティームを宣伝しまくったり、つい昨日までヌルヌルネバネバのスライム軍団を倒しまくったトコだったじゃん! 温泉街に来てやっと休めるはずだったのに、なんで温泉出てないかな!」
勇者はご乱心だ。ちなみに、近くにはベルガが作った『イロアステレビ』配信用のAIドローンが飛んでいて、活動をライブ中継している。
「サヤ、温泉に入るのは今回の目的ではないですわ。大きな地震で被害を受けた町の支援が今回の依頼ですの。その町の温泉が止まって困っているのですから、お助けしなくてはいけません」
「そりゃあ、そうだけどさぁ……」
「僕らが温泉を掘り当てれば町は助かるし、その後ゆっくり浸かって入り放題かもしれないじゃん? だから頑張ろうよ」
「……うん! 頑張ろう!」
「ん? 硫黄の臭いがしてきたな?」
紅葉の木々が途絶えた場所でバルクは立ち止まった。
「んじゃ、掘り当てた奴が一番風呂決定で!」
バルクがつるはしで地面を突き始めた。
「ちょ、ずるい! 私が一番に掘るもん!」
急いでサヤは自分の掘る場所を探した。
「よーし、ここにしよう! エクスくん、魔法で掘るにはどうすればいいの?」
「効率的には地属性魔法かな? 地面より硬い物質で掘らなきゃいけないから、ダイヤみたいな炭素を集める魔法がおススメだし」
「ダイヤって宝石の? んんー、理数系苦手だからよく分かんない」
「要は地面より硬いドリルを魔法で作るんだし。こんな風に」
エックスが念じると、駒のような形の透明な物体が地面に突き刺さった。
「あとは風魔法で回転させるし」
駒を紐で回すように風魔法をかけると、透明な物体は地面を掘り始めた。
「でも、これだと時間かかるんじゃない?」
「そうですわね。バルクさんはあんなに進んでいますわ」
バルクはシャベルとつるはしで次々と掘り進み、頭の高さまで地中に入っている。
「これじゃバルクに負けちゃうよ! 何とかしないと!」
「そんなに一番風呂って大事?」
「当たり前だよエクスくん! 誰かが入ったらその人の油と汗が出るんだよ? そんなの入んない方がきれいだよ!」
「う、うん。そうだね」
「あぁもう! こんなんじゃ日が暮れちゃう! ちょっとみんな離れてて!」
「いいですが、どうするのですか?」
サヤは風魔法で空中に浮き上がった。
「エクスくん、こっち見ないでね。ドローン君は――分かってるじゃん」
「ん? なんで?――」
「いけませんわ! スカートだからですの!」
「あ……」
視線を上げかけた少年は、視線を下げて顔を赤くした。
「みんな気をつけてね。はぁ!」
サヤが念じると背中のミラーソードが浮かび、回転しだした。そして地面に対し火属性魔法の千本ノックが始まった。
「おいおい! それ反則じゃねェか?」
まるで空爆を繰り返すように、どんどん掘り進んでいく。
「こりゃあ、もうお手上げだな」
バルクはつるはしを下ろし、自分の掘った穴の中で座り込んで休憩に入った。
「こんなもんかな?」
サヤは一旦発射を止めた。土ぼこりが徐々に薄れていく。ぽっかりと地面に大穴が空き、底が見えないほど深く掘れていた。
「……失敗?」
女勇者は地上に降りてきた。
「だね。これだけ掘っても水一つ出てこないし」
「なんでよ! 硫黄の臭いもしてるのに!」
「そんなに簡単じゃねェってことだ」
「ああもう怒ったよ! この辺全部掘ってやる!」
「掘るのは構わないですが、温泉が出ない場合は後で塞ぎましょうね」
「ええー!」
―*―*―*―……
「ここか。旅館の女将が言ってた、不審者が出入りしてる洞窟ってのは……」
次の日。バルクたちは温泉街から少し離れた場所にある、洞窟の入り口に立っている。
「な、なんか真っ暗なんですけど!」
「そりゃ洞窟だからな。光輝いてたらおかしいだろ」
「僕が魔法で照らすから大丈夫だし。でも、ドローンは暗視カメラ機能がないからここで止めとこうか。――では、行ってきます」
エックスはドローンの設定を変え、この場に待機させた。そして魔法の光を浮かせながら、中に入った。
「や、やっぱり行くの? 温泉掘らなくていいの?」
「温泉掘り当てるより、不審者退治の方がイロアスとして優先だって話しただろ」
「サヤ、行きましょう」
「えぇー……」
二人が中に入るのを見て、サヤは渋々続いた。入り口は狭かったが、進むほど天井が高くなり鍾乳洞のようになっている。湿気が多くじめじめしている。
「ひゃ! 虫いた!」
「そりゃいるだろ。あんまり悲鳴上げるとモンスターが起きるぞ」
「ね、ねぇ。みんなで洞窟に入る必要あるの? 不審者退治なら外で出てくるのを待っとけばいいんじゃない?」
「今回は事情が違う。旅館の女将の情報によると、三年前に俺たちが倒した魔王の側近の可能性があるからだ」
「ふぇ! そうなの?」
「全身を覆う黒い鎧に紫色の魔石が付いた杖。特徴が闇魔導師ドグラスにそっくりですわ」
「でも倒したはずなんでしょ? そっくりさんとか? それとも兄弟?」
「可能性はあるが、ドグラスだとすれば今回の地震に関与してるかもしれねェ。それだけ強力な魔力の持ち主だ」
「戦闘の可能性があるから、四人で潜入しようって訳だし」
「……うん。……分かったよ」
「モンスターのお出ましだな」
バルクが頭上を見上げながら背中の大剣を抜くと、相当な数のコウモリ系モンスターが飛びかかってきた。
「待って! やっぱり無理! キャー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます