第四章 『イロアス』発足

25. 困っている人を目の前にした時、誰もが人種関係なく助ける世界。

「んー! 楽しかったな! またワイサポしたい!」


 表彰式から一夜明け、メウノポリスを出発したアミアイレの機内。右側一番前の座席に座り、シートベルトを外して大きく伸びをする制服女子がいた。


「もうすっかりハマっておりますわね」


 すぐ後ろの席から聖剣士が顔を出した。


「まったくよ、どっかの『災厄さいやくの道具師』のせいで散々な結果だったぜ」


 副操縦席に座り、青と白を基調とした鎧を着た赤髪剣士が言い放った。


「ケントも僕を狙えばいいのに、なんでグランプリ中にバルクを集中攻撃したのか分からないし。まぁ、とにかくみんなお疲れさま」


 左側の一番前方の席に座る、藍色とオレンジのローブに身を包んだ魔法少年がねぎらった。


「……まぁ、いろいろ事情があるみたいだな」

「元魔王軍の方も翔空艦レースで活躍されているのは、きっと良いことですわ」

「ふふ、足を洗ったみたいな感じ?」

「――みんな、ちょっといいか?」


 バルクは四人の顔が見える位置に立った。


「何でぃバルク、急にあらたまって?」

「今後の俺たちについて、一つ相談がある」

「なんか思いついたんだね?」

「ああ、今回の翔空艦レースでよく分かった。生まれ育った環境や軍の敗北による格差社会、そして人権侵害に復興支援の遅れと、魔王がいなくてもリキュアは問題だらけだ。俺はそれらに対処すべく、『人道支援ティーム』を作りたい」

「ティームかぁ、懐かしい響きだし」

「バルクらしい答えだぜぃ!」

「――ねぇねぇプラちゃん。ティームって何?」


 サヤはヒソヒソとプラノにいたつもりだが、全員の耳に入っていた。


「ティームは、共通目的のために協力し合う集団ですわ。医療ティームに翔空艦レースのクルーもティームと呼べますの。魔王討伐パーティも、共通目的のあるティームの一つですわ」


 一応プラノも、サヤと同じ声の大きさで返答した。


「ティーム、ティーム……あ、チームね! それとそれと、『ジンドーシエン』って何なの?」

「人道支援――自然災害や戦争、病気の流行などで生活に困ってる人々への支援ですわ」

「え? それってもう私たち、やってるんじゃない?」

「ルバイエでしたことも人道支援だが、あれではルバイエの住民しか救うことができていない」

「ん? どゆこと?」

「俺はティームとして人道支援を広め、他に問題のある町の誰かにも行動して欲しいんだ」

「つまり、リキュア中の人々の行動を促す為にブランドネームを広めるのですわね?」

「そういうことだ。アレンが話してる時の観客を思い出してほしい。俺が何を言ってもブーイングしてる奴らが耳を傾けた。有名な名前があれば、多くの人に言葉が届くんだ」

「でも、それは翔空艦レースに人気があるからだし。僕らは『元討伐隊』って肩書きがあるはずなのに、バルクの話を聞かない人がいる。……まぁ、僕らも人々から尊敬される何かを示せれば、発言力も上がるかもしれないけどね」


 エックスの脳裏に偉大な両親の姿が浮かんだ。


「他人の考え方を変えるのは簡単じゃねェって分かっている。でも、簡単じゃねェからこそ、今から行動したいんだ。俺は魔王討伐前から、『魔王を倒すだけで平和になんのか?』ってずっと考えてた。そして行動できねェまま、今の現状に至る。どこかの町を助けている間にも、他の場所で苦しんでいる人々がいる。俺たちだけが復興支援のイタチごっこを続けていても、世界中は復興しない」

「そこでわたくしたちの活動を世界にお見せして、一人でも多くの方に行動してもらうのですわね?」

「そうだ。前にプラノが言ってた当たり前の感覚を、多くの人間に持って欲しいんだ」

「当たり前の感覚?……何のことでしょう?」

「女神ってる、例のあのセリフだよ!」

「あ、『気がついたら困っている方々がいらして、医療知識と魔法が使える自分がいて、当たり前のことをしているだけ』ですの?」

「それだ。目の前で理不尽な不幸になっている人を助ける感覚、それを助けることの素晴らしさを世に広める。そしたら目の前の一人だけじゃなく、遠く離れた人々も救えるかもしれないんだ。困っている人を目の前にした時、誰もが人種関係なく助ける世界――それが理想の平和だと、俺は思うんだ」

「……」


 各々の想いが頭の中を駆け巡り、沈黙で翔空艦のエンジン音だけが聞こえる。


「ふふっ、バルクらしいね。私なんかより、ずっと勇者っぽいよ」


 サヤがほほ笑みながら沈黙を破った。


「そこでみんなに頼みがある。俺はこれからもみんなの目標を全力でサポートする。だから、これからも俺のティームとして一緒に活動してほしいんだ!」


 バルクは深々と頭を下げた。


「……あまりわたくしたちを、見くびらないでいただきたいですわ」

「え?」


 予想外の返事に、バルクは顔を上げた。すると、全員がほほ笑んでいた。


「世界を平和にしたいのは、バルクさんだけではありませんのよ?」

「お願いされて動く程度の覚悟なら、そもそも討伐隊すら入ってないし」

「わ、悪りぃ。でも、みんなに押しつけてるんじゃねェかって――」

「でらぼうめぃ! ナメんじゃないぜ!」


 ココは操縦席の背もたれの上に立ち、怒っている。


「オレっちは今、自分の意志でここにいるんでぃ! バルクも豪傑ごうけつ剣神けんじんらしく、自分が正しいと思う道に突き進めばいいんだぜぃ!」

「ココ……」

「ココの言う通りだよ。みんな『押しつけられた』なんて思ってない。バルクが正しいと思ってるから、みんなついて来てるんだよ?」

「サヤ……みんな、すまない……」

「頭を下げるなんてバルクらしくないよ。いつもみたいに自信満々で前に進む姿を見せて、背中で教えてくれればいいの」

「……おう。分かった!」


 みんなに叱咤激励しったげきれいされ、バルクは自分らしさを再認識した。


「ちなみにバルク、どうやって人助けする姿を他人に見せるつもりなのさ? そもそもみんな、僕らに興味がないんだよ?」

「それは――」

「ねぇねぇエクスくん! この世界って、ネットはないの? 翔空艦レースを中継してたから、テレビはあるんだよね?」

「テレビはあるよ。『ネット』って、インターネットのこと? メウノポリスとか近代都市では使われてるけど、普通の町には繋がってないし」

「あちゃー。そうなると、テレビ中継しかないんだ……」

「テレビも小さな村とか、お金のない人の家には置いてないし」

「えー! 無理じゃん!」

「一番伝えたい人たちに伝えられないなんて歯がゆいぜぃ」

「――待て。いい当てがある」



―*―*―*―……


「――それでバルク。ティーム発足の趣旨はよく分かったが、この『災厄さいやくの道具師』に何をしてもらいたいのカナ?」

『全世界に俺たちの映像を配信する、スクリーン機器を作って欲しいんだ』


 翔空艦ドラグナムの機内。メウノポリスから少し離れた上空で二機の翔空艦が横並びになり、ベルガはアミアイレのクルーと無線のやり取りをしている。


「……なるほどネ。それで全世界へ自分たちの活動を広めようという訳か」

『ああ。できそうか?』

愚問ぐもんだネ。ベルガおねえさんに作れない道具はない」

『お! さすがは道具師様!』

『やったぁ!』


 アミアイレ側から一人分の拍手が聞こえてきた。


「ちなみに、いくつ発注したいんだい?」

『そうだな。まずは小さい村に最低二つ置くとして……六十個ぐらいだな』

「ろ、六十!」


 ゴスロリ幼女は思わず声を上げた。


『厳しいか? できるだけ多くの人に見てもらいてェんだ』

「……はぁ、君たちには今回の件で迷惑をかけたからネ。仕方ない、今ある材料なら十個は作れる。残りの五十個以上は徐々に作ろう」

『本当か! ありがとう!』

「ちなみにバルク、どういうティーム名にするのカナ? なんなら機器にロゴを入れよう」

『本当か! だけどよ、まだ名前は浮かんでなくてな……』

『はいはいはい! 『幸せ運び隊』とか、『ハッピーパーティ』は?』

『却下だ』

『否定はやっ! なんでよぅ!』

『バカっぽさが滲み出てるから』

『なんでよ! かわいいじゃん!』

「……」

(騒がしい機内だネ……)

『エックス、なんか良い言葉ねェか?』

『良い言葉ねぇ……『イロアス』とかどうかな?』

『『イロアス』? 聞かない響きだぜぃ!』

『どういう意味なんだ?』

「古代アルクラント語で、勇者って意味だネ」

『さすがはベルガだし。本当の勇者はタクミとサヤだけかもしれないけどさ、世界の理不尽さに立ち向かう僕らも、勇者って言えるような気がするじゃん? それに色と明日を合わせたみたいで、『明日を彩る集団』みたいでいいかなぁって思うんだ』

『よし! 『イロアス』で決定!』


 バルクは即決した。


『即決!……でも、いい言葉だね! さすがエクスくん!』

『ふふん、まぁね』

『よし! これより俺たちは、人道支援ティーム『イロアス』の発足をここに宣言する!』

『どしたのバルク? 急に大きい声出さなくても聞こえるよ?』

『これは発足宣言だ! ここで声を出さずしていつ出すんだ!』

「フフフ、討伐隊の時も『目標を声に出しておいた方が気持ちが引き締まって叶いやすい』ってよく言ってたネ。まさに言霊ことだま宣言だ」

『目的は人道支援! 人種差別の撲滅! 人を襲うモンスターの退治! その他もろもろを世界配信し、世界の平和を目指す! 今日より明日を彩るため、俺たち『イロアス』は今の瞬間を戦う!』

『ははは、熱い苦しいぜぃ』

「ベルガおねえさんは、そのバルクの方が頼もしくて好きだネ」

『分かる分かる! 生き生きしてるよね!』

『よっしゃあ! まずはルバイエに向かい、黒ドラゴンの被害からの復興状況を確認する! ベルガも、機器ができたら教えてくれ!』

「了解した! できたものはすぐに送るネ」

『頼んだぞ! よしココ、ブースト全開だ!』

『がってんでぃ! みんな、捕まってくれぃ!』


 ココが操縦席に戻りブーストをかけた。アミアイレは加速し、ドラグナムから離れて大空を突き抜けていった。

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