24. 自分の大切な存在にブーイングが浴びせられよったら、どんな気分になるじゃろうか?
「素晴らしい! グランプリ優勝に
悔しい表情を見せながらも、失速する機体の甲板から拍手をする絶対王者の姿があった。徐々に距離が離れていく。
「……すげェな、世界で一番になるヤツって。負かされた相手へ試合中に拍手なんて、俺にはできねェよ」
「悔しいは悔しいだろうぜ。でも多分、嬉しさもあるんでぃ」
『え? 嬉しいの?』
「自分が強すぎて、連勝するプレッシャー以外に敵がないのは意外に孤独なんでぃ。だから、越える壁ができたのは嬉しいんだぜ。翔空艦学校でもオレっちと競うたびに、『
「贅沢な悩みだな。生きるか死ぬかの戦闘なら、競う相手のおかげで強くなれるなんて、考えられねェよ」
「翔空艦レースはあくまでエアスポーツでぃ。誰よりも速さを求める者が世界ランク1位になるんでぃ」
「……やっと初優勝だな。ココ」
バルクの声は、無意識にトーンが変わった。
「気が早いぜ。ゴールはまだ先でぃ」
「だから今のうちに言うんだ――ありがとな。ココがパイロットで良かった」
「何言ってるんでぃ、そりゃこっちのセリフでぃ! バルク以外に、
「これから当たり前にしてやるさ。何度も優勝して、獣人がレースに出るのを誰もが認める世界に変えてやる」
「あたぼうでぃ! これからも頼むぜ、バルク!」
操縦席でがっちりと握手を交わした。すると、急接近してくる翔空艦の存在を示すアラームが鳴りだした。
「ん? 後続とは相当離れてたよな?」
「どこのどいつでぃ! とんでもないスピードだぜ!」
竜の鱗のような外壁、銃火器のような形の機体が猛スピードで近づいてくる。
『あれって……ドラグナム?』
『首位を猛追するのはドラグナム! しかし何か様子がおかしいです。これは……機体の向きが逆を向いています! 壊れた後方ブースト部分が前を向き、反対向きに変わっています! 後ろを向いた銃口から高出力のブーストが放出され超加速! 先頭のアミアイレへ突進するように近づいていきます!』
甲板に立つベルガの左手には半球型のルーレットポットが握られている。
「まずい! サイコロ魔法が来るぞ! 止めるんだ!」
『わかった!』
サヤは虹レーザーや設置魔法ノック、プリズムレインを放った。
『だめ! 速すぎて当たんないよ!』
「くそっ! あんなのありかよ!」
超高速の機体はひらりひらりとかわしながら近付き、ベルガが透明な容器の中に三つのサイコロを投入したのが見えた。ルーレット上をサイコロが転がり、魔法が発動した。
―*―
暖色系の花が咲く、辺り一面の花畑。とっさに吹く穏やかな風で花びらが舞っていく。まるでテレビのチャンネルが切り替わったかのように、アミアイレとドラグナムは花畑の中心に着陸していた。
「綺麗な景色ですね……」
「うん。とても美しいネ」
『心が洗われるぜぃ』
甲板の上に立つサヤとベルガの耳には、風で草花がなびく音と、近くを流れる小川の音が聞こえている。
『……って、なんじゃこりゃー!』
無線が繋がっていないベルガの耳にまで、アミアイレ機内の叫び声が聞こえてきた。転移魔法による二機の失格が決定した瞬間だった。
―*―*―*―……
『これより! 翔空艦レースグランプリ2020・メウノポリス大会! 表彰式を行います!』
タキシード姿の実況者がそう言うと、オーケストラの演奏が始まり、観客席から歓声が上がった。全翔空艦の順位が確定した一時間後、メウノポリスのゴールライン付近にはステージが造られ、その壇上には出場したクルーたちが上がっている。
『優勝は……獅子鷹丸です! リューセイさん、こちらへどうぞ!』
リューセイが左手で杖を突いて前に出てくる間に、司会者は大きなトロフィーを係員から受け取った。
『レジェンド、おめでとうございます! あなたが今年のグランプリチャンピオンです!』
老人は右手一本で抱えるようにトロフィーを受け取ると、紙吹雪が舞って観客が湧いた。
『さぁリューセイさん。色々とお聞きしたいのですが――』
『その前にトロフィーを置かせてくれ! 腰が持たんわ!』
『し、失礼しました!』
会場で笑いが起きる中、リューセイは腰に負担がかからないように慎重にトロフィーを床へ置いた。
『あらためてリューセイさん。ご自身では五回目となるグランプリ優勝です。率直に、今回のご感想をお聞かせください』
『見ての通り、非常に難しいレースじゃった。運が良かったわい』
『機体に大きな損傷を負った後の見事な逆転劇。本当にお見事でした!』
『
『四聖獣
『はっきり言って青龍と
『まさにレジェンドの
『予想以上の結果となったが、残念でもあった。失格までは望んでおらんかったからのう。しっかり隙を狙って、抜き去る作戦を立てておったのじゃ』
『しかしそのアミアイレ! グランプリ初の
会場内の歓声に、拍手とブーイングが混ざり始めた。
『その件なんじゃが――』
リューセイは突然、司会者のマイクを取り上げた。
『わしがぜひ紹介したい奴らがおる。翔空艦アミアイレのクルーどもじゃ!』
バルクたちに注目が集まると、拍手と歓声が半減した。
『今拍手をやめてブーイングをする者どもに問う。その理由はなんじゃ? グランプリに出るパイロットが、
拍手を止めたであろう数人の観客から、ブーイングが鳴りだした。司会者はあたふたしている。
『わしは
リューセイが喝を入れるように言うと、会場は静まり返った。そして賛同するような拍手がじわりと起きた。
『一つ一つの翔空艦には、家族同然の関係であるクルーたちが乗っておる。どんな人種であろうと、召喚獣であろうと、強い絆で結ばれておる。最も早くゴールするという共通目標を持って繋がっているのじゃ。お主らは、自分の大切な存在にブーイングが浴びせられよったら、どんな気分になるじゃろうか?――『豪傑の剣神』バルクよ。かつて魔王を倒したお主は、どう感じておるのじゃ?』
リューセイは後ろを振り返り、バルクへマイクを差し出した。バルクは少し
『ええっと、なんつーか……』
バルクは大衆の前で恥ずかしそうに言葉を探した。
『この場で俺がなんか言っても、人種差別がなくならねェのは分かってる。――けどな、そんな簡単じゃねェ問題なら、このまま放置すんのもおかしいと思うんだよな』
「何が言いたいんだよ!」
「失格者はひっこんでろ!」
「はっきりしなさいよ!」
再び観客席からブーイングとヤジが飛び始めた。
『翔空艦ファンなら、ココの操縦技術がシングルランカーに負けないと分かったはずだ。コイツはみんなと同じように感情豊かな人間で、翔空艦レースが大好きなんだ』
続くブーイングをかき消すように、拍手も鳴りだした。
『だから、翔空艦ファンのみんなに一つだけお願いしたい。無理に俺たちを応援してくれなんて言わねェ。一生懸命に頑張ってる俺の家族に対して、獣人であることにブーイングをしないで欲しい。そうすれば、努力する人間がもっと生きやすいリキュアに、もっと魅力的な翔空艦レースになるはずなんだ』
拍手の音がじわじわと大きくなり、ブーイングの音がかき消された。納得しない観客の視線やヤジも感じたが、過半数くらいは意見に賛同する拍手が見えた。そんな中、白スーツに着替えたアレンがバルクへ右手を出し、マイクを受け取った。すると、それだけで歓声が上がった。
『同じく諸君へお願いしたい。ココは翔空艦学校の同級生でありライバルだ。これからも良いパフォーマンスができる環境にしてくれるのなら、さらに素晴らしいレースが見せられると保障する。だから、人種の壁なんかで翔空艦レースを囲わないで欲しいんだ』
バルクが言うよりも観客が湧いた。
『これまで通り、良いプレーにはしっかりと賛辞を送ってほしい。そして、悪いプレーに対して
会場は拍手に包まれたところで、アレンはリューセイへマイクを返した。
『そういうことじゃ。今回旋風を巻き起こしたアミアイレの面々に、グランプリ初出場の獣人パイロットであるココに、もっと激励の拍手をくれんかのう?』
激しく同意する拍手、普通の拍手、渋々する拍手など反応豊かだったが、会場は温かい雰囲気に包まれた。
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