20. 敗北した側にいただけで、どうしてこんなに生きにくい世の中なんだろうな?

『おおっと! 最後尾争いをしていたアミアイレ、ワイサポのバルク選手のワイヤーが切れてしまったようだー!』

「バルク!」


 赤髪の剣士が背中を背にして落下している。アミアイレの副操縦席からサヤがインカムで呼びかけたが、体はピクリともしない。


『危ない! 気絶したバルク選手が落下していくー!』

「どうしようココ! このままじゃバルクが死んじゃう!」

「サヤっち! 舌噛まないようにしてくれぃ!」

「えっ? どういう――!」


 ココは操縦桿そうじゅうかんを巧みに動かし、機体の前方をバルクが落下する位置へ向けて加速した。


「きゃ、キャァーーーーー!」


 ジェットコースターが急降下するような感覚に、サヤは悲鳴を上げた。


『ここでアミアイレ! すぐさまバルク選手の落下点に先回りして救助に向かいます! そして機体を水平に戻し、高度を落としながら受け止める態勢になりました! これは高度な技術だー!』


 仰向けになったバルクの背中とアミアイレがくっついたのを操縦席のモニターから確認したココは、徐々に落下速度を落とすように機体を動かした。


『――さすがは、俺が認めたパイロットだ』


 バルクはそう呟きながら、機体の上でゆっくりと立ち上がった。


「バルク! ケガはない?」

『余裕だ。少し切り傷があるが、唾でもつけときゃ治る』

『無事にバルク選手が立ち上がり、会場からは拍手が巻き起こっています! 一歩間違えれば大怪我をするところですが、立ち上がるほど無傷のようです! パイロットのココ選手! 素晴らしい操縦テクニックだー!』

「返事がないからもうダメかもって、心配したよぅ」

「大剣を握ったままだから、オレっちは気絶してないって分かってたぜぃ!」

「そっか! もぅ、ヒヤヒヤしたよ!」

『まぁワイヤー切れちまったし、ただ信じて目ェつぶってただけだ。とんだスカイダイビングだな』


 バルクは切れたワイヤーを腰から外して投げ捨て、梯子はしご代わりの凹みを伝ってアミアイレの船内に入って来た。


「それじゃ、ケントにリベンジしにいくか」


 バルクは予備のワイヤーを取り出し、腰に取りつけた。


「うん! このままやられっぱなしは嫌!」

「がってんでぃ! やられたままじゃ男がすたるぜぃ!」

「しゃあ! 追いつくぞ!」

「まかせろぃ!」

「いってらっしゃい!」


 再び外に出て甲板に上がったバルクは、後方にあるワイヤー取りつけ部分で、自分の腰につけ直したものと取り替えた。バルクが準備したのを確認し、ココがブーストをかけ始めた。


『目標ブリューナク! アミアイレ、加速するぜ!』

「ココ。先頭はどうなってる?」

『シャインクロスと獅子鷹丸が突っ走ってるみたいだぜ! その後ろに集団ができてて、足の止め合いでぃ。それぞれが戦ってるから、全力で飛ばせば十分追いつくぜぃ!』

「だったらなおさら、速くケントを倒さねェとな」


 そう言いながらココは高度を下げて渓谷に入り、チェックポイントを通過した。長い川が渓谷の終わりまで続いている。


『わあぁ! きれいな景色!』


 渓谷を抜けると海に出た。すぐ前方にブリューナクが見えてきた。


「……ふん、待ち伏せか」


 アミアイレが近付くとブリューナクも出力を上げ、再び並走状態になった。ケントは甲板に立って左手で箒を持っている。


「なぁんだ。助かったんですね?」

「『助かった』なんて思ってねェよ。こうなると確信してた」

「へぇ、でも内心はドキドキしてたりして?」

「トドメを刺せなくて不満のようだな。つーか、そもそもエックスが相手じゃねェから不満か」

「当然です。三年前に魔王様が敗れてから、元魔王軍の一族はバラバラになってしまいました。住む家をなくし、元魔王軍という肩書があることで迫害を受け、苦しい生活を余儀なくされた。そんな中でも、僕らは翔空艦レースで結果を出してきた。だからマジック家の末裔に勝つ姿を、全国放送のグランプリで一族に見せたかったんです」

「……」


 バルクは聞かなければよかったと後悔した。自分の心が揺らいだことを自覚した。


「俺たちにも負けられねェ理由がある。落下する人間を拾い上げる操縦技術を持ったココは、獣人パイロットってだけでブーイングを浴びている。それでもアイツは操縦技術を磨き、グランプリ本戦に辿り着いた。俺たちは昔、約束したんだ。獣人を見下す連中を『空で見返す』ってな。……だからよ、ここで負けるわけにはいかねェんだよ!」


 バルクはブリューナクの上に立つケントに再び斬りかかった。ケントは火属性魔法を放って応戦した。


『おおっと! 最後尾の二機がとんでもないスピードで機体を近づけ、再び元討伐隊と元魔王軍の戦いが繰り広げられています!』

「オラオラどうした? 魔法撃って逃げるだけじゃ、俺には勝てねェぞ!」


 バルクは空中に設置された魔法を剣で弾きながら、ケントへ距離を詰めようとしている。


「剣士との戦いで距離を取るのは当然です!」

「ハッ! 攻めずに勝利の女神がほほ笑むかよ!」


 バルクは火の魔法を弾きながら、ダッシュで一気に距離を詰めた。予想を超える速さに不意を突かれたケントは、とっさに放射型の雷魔法を浴びせた。


「ぐわっ!」

「ほら! 剣が届かなきゃ意味ないんですよ!」


 雷魔法を受けているバルクの口元が、ニヤリと笑った。


「うっ!――」


 突然放たれた一筋の剣撃。ケントは防御が間に合わず、体が後方へ吹き飛んでブリューナクに背中を叩きつけた。一度手放した箒を掴み、よろよろと立ち上がった。


「な……んで……?」

「さっきも雷魔法を受けて俺は何ともなかったんだが、変だと思わないか?」


 バルクはケントに歩み寄りながら、インナーの中に隠れたネックレスを取り出して黒く光る魔石の部分を見せた。


「……サンダーキャンセラーの、黒魔石!」

「剣士にとって、一瞬で届く雷魔法は厄介だ。対策するのは当然だろ?」

「だったら、雷以外の魔法で戦うだけです!」


 ケントは広げた手から氷の槍を何本も飛ばした。しかしバルクは、すべて大剣で弾きながら前進を続けた。


「『距離を詰めなきゃ負けねェ』とか言ってたな? これならどうだ!」


 バルクは氷の槍をさばく中で、いくつかはケントへ弾き返した。ケントは片手で盾を展開しながら氷の槍を撃ち続けた。


「くっ!」


 ケントは氷の槍から光のビームに切り替えた。上半身を覆うくらいの太い光がバルクに向けて飛んだが、バルクはミラーソードで二つに裂きながら前進を続けた。


『すごい! チーズみたいにさけてる!』

「剣士の天敵は魔法使いかもしれねェがな、そんな常識が通用するようじゃ、俺に二つ名はつかねェんだよ!」


 バルクは魔法を割きながらケントへ飛びかかった。


「く、来るなぁ!」


 ケントはビームを撃ち続けるのを諦めて回避し、アミアイレへ飛び移った。すぐさまバルクも追いかけた。


「また逃げんのか? 一族に良いところを見せるんじゃねェのかよ!」

「逃げてない! 勝つために距離を取っているんだ!」


 ケントは箒に乗って距離を取りながら、翔空艦へ設置魔法を置いたり飛び道具で応戦した。対してバルクは、ミラーソードでそれらを払い除けながら追いかけた。二機の翔空艦の上を駆け巡る鬼ごっこが始まった。


「近付かなきゃ攻撃が当たらない剣士が、魔導師に勝てるわけないんですよ!」

「言ってろ! むしろその固定概念は、俺にとって好都合だ!」


 バルクは再びケントへ向かって飛び上がった。そして、技のモーションに入った。


「だから届くわけないですよ――って、何ですかこれは!」

「かかったな!」


 ケントが高度を上げて回避しようとすると、箒がそれ以上に上がらなかった。繋がれたワイヤーが、翔空艦のいたる所に引っかかっていた。


『これはまずい! ケント選手のワイヤーが機体に絡まって、身動きが取れません! これもバルク選手の作戦かー?』

流星雨りゅうせいう!」


 絶え間なく流れ星が降るような斬撃に、ケントは半透明のシールドを展開した。しかし、耐えきれずに砕け散った。


「固定概念、叩き割ったぜ!」


 バルクは大剣を大きく振りかぶった。


「くっ――」


 ケントは自分の回りに大量の設置魔法を広げた。


『もしかして、自爆!』

「させねェよ! つるぎの舞!」


 バルクは流れるように動き周りながら剣を巧みに振るい、一つ残らず魔法を弾き出した。設置魔法は機体から離れて爆発した。


「終わりだ! 奥義!――」

「うわあああ!」


 バルクはさらに大剣を構えてケントに詰め寄ると、魔法使いは顔の前で両腕をクロスして受け身に入った。するとバルクの口が緩み、ニヤリとして両手で持つ大剣から左手を離した。


「豪傑の拳神けんじん!」


 鍛え上げた腕をしならせて渾身の力を込めたアッパーを、ガードの隙間からあごにお見舞いした。ケントの体は反るように少し浮き上がった。


「――っとと!……ふぅ」


 バルクは気を失ったケントをお姫様だっこし、ブリューナクの上に着地した。


「……三年前、お互いが信じたもののために戦っただけなのによ。敗北した側にいただけで、どうしてこんなに生きにくい世の中なんだろうな?」


 バルクはそう呟くと、ケントに繋がれたワイヤーを外して甲板に寝かせた。そして、自分の翔空艦の上に飛び移った。

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