19. オレっちに今できるのは、空で見返すことだけなんだぜ。
「この星に
「やっぱり来たか! うらららららららぁ!」
ワイサポのバルク個人を狙う無数の光。しかしバルクは全てミラーソードで弾いた。
『おおっと! スタート直後からさっそく戦闘が始まっています! ブリューナクのケント選手から、アミアイレのバルク選手に対し熱烈な上級魔法のプレゼントです! しかしさすがは『豪傑の剣神』! すべてはじき返したー!』
翔空艦ブリューナク。先端は水色の槍のような堅い物質が尖り、その刃が両翼まで続いている。刃以外は青の蛍光色が覆い、魔物避けのペイントが緑色で描かれている。
『あの魔法はエクスくんの応用魔法のヤツだ! てゆうかさ、さっきの握手は何だったの?』
サヤが反応する間に無数の火の玉がバルクへ飛んできたが、それも剣で打ち返している。
「俺はこうなると思ってたぜ! 完全に殺す目をしてたからな!」
徐々に火の玉の数が減ってきた。ケントも疲れてきたようだ。
「行かせないよ!」
箒を手にして甲板に立つケントが宣言すると、機体同士をぶつけようとアミアイレの後ろについてきた。
「ココ! チェックポイントまで最短ルートを狙うぞ! 低空飛行だ!」
『無茶言うぜぃ! 山にぶつけたら即リタイアってのによぅ!』
そう言いながらも、ココは山スレスレに低空飛行を始めて加速した。ブリューナクの刃がぶつかりそうになる場面も、操縦テクニックでかわした。
「ヒャッホー! さすがココだ!」
『当てられるもんなら、当ててみろぃ!』
「へぇ、なかなか腕の良いパイロットじゃないですか?」
ブリューナクは機体をぶつけるのを諦め、並走を始めた。二機とも最高速度に近い速さが出ている。
「並走してていいのか? このスピードじゃ、テメェも箒で飛べねェだろ?」
「全ては、あなたを倒すためです!」
ケントは右手を広げ、無数の火の玉を放った。しかしバルクはミラーソードを振り、後方へ受け流した。
「そんな魔法が通用すると思ってんのか?」
バルクは火の玉を受け流しながらブリューナクへ飛び移ったところで、二機がチェックポイントを通過した。高度を上げる重力や風圧がかかるなか、バルクはケントへ向かって走りだした。
「グラソンポリヴォロ!」
ケントが唱えると、今度は無数のつららがバルクを襲った。
「この程度で! くたばると! 思うなよ!」
バルクはつららを弾きながらジャンプし、最後のつららを手で掴んで投げ返した。反射的にケントは右手でシールドを張った。
「動きが止まってるぜ!」
ケントは箒を持つ左手も放し、シールドを二重に展開した。
「ふふっ、引っかかりましたね!」
「――おわっ!」
バルクの後方からケントの声がすると、シールドを張ったケントの姿が爆発した。幻影を使った爆発魔法だったようだ。
「やったか?」
爆発の煙がすぐに後方へ流れると、バルクとワイヤーまで姿を消していた。ケントは辺りを見渡した。
「おらぁ! こっちだ!」
翼の影に身を隠したバルクが飛び出して斬りかかると、ケントはシールドを展開して受け止めた。
「まだまだ!
「うわ!」
バルクが無数の斬撃を与えると、魔法のシールドが割れ落ちていった。ケントは箒に乗って空中へ逃げたが、かわしきれずに受けた切り傷から血が滲み出て、ローブを赤く染めた。
「逃がすかよ!」
バルクはケントに繋がれたワイヤーを引っ張り、斬撃の構えに入った。
「終わりだ!」
「フフフっ」
「なっ!――」
ケントは自分のワイヤーを掴んで雷魔法を流すと、バルクは感電して動きが止まった。
「ぐぐぐ……う、動け……ねェ」
「勝機が見えた時に人は油断するんですよ! アネモクシフォス!」
緑色の風の刃が、バルクの体とワイヤーを切り刻んだ。――そして次の瞬間、ワイヤーがプツンと切れる音がした。
『バルク!』
「……」
バルクは背中を下にして、翔空艦の間から落下した。インカムからサヤが呼んだが、気を失っているのか返事がなかった。
□*■*□*■*□*■*□
「さぁバルク。こいつらが明日の卒業レースに出場するレーサーたちだ」
「すごい緊張感だな……」
三年前のメウノポリス下層の整備場。広い空間の中に何十機もの同型色違いの小型翔空艦が並び、学生たちが整備をしている。バルクを案内するのは、四角眼鏡をかけて黒髪を整え、黒色の作業着に学校教員のバッジをつけた細身の男性。魔王が倒されてから一カ月が経過していた。
「討伐隊が魔王を倒したおかげで、空のモンスターもおとなしくなった。バルクみたいに専属の操縦士を雇いたいって人間が増えてきてるんだ。しかも、今年の卒業生は腕の良い生徒が揃ってる。いずれグランプリ優勝や世界ランク1位になるかもしれない逸材が一人いて、そいつに引っ張られるように全体のレベルが上がっている」
「へぇ、そんなすげェのがいるのか?」
「ああ、ついて来い」
男性教官は広い整備場の角の方に向かい始めた。
「それよりバルク。お前は翔空艦の免許を持ってるのに、なんでパイロットを雇おうとしてるんだ?」
「最新の翔空艦を手に入れたんだが、整備する暇がねェんだ。レースができるポテンシャルの機体なのに、飾っておく訳にはいかねェだろ?」
「暇がないって、剣の鍛練か?」
「そうだ」
「やっぱりか。しかしまぁ、小さい頃から大剣ばっか振り回してたが、今や魔王討伐メンバーとはな」
「おまえこそ『世界一のレーサーになる!』って豪語して村を飛び出したくせに、ここを卒業してから教官になってるのはどうしてだ?」
「ちゃんと両立してるさ。――あいつだ」
バルクの同級生は、金髪ロングに白い作業着を着た男の子を指差した。
「彼が世界ジュニア王者、アレンだ。親の影響で小さい頃から翔空艦の訓練をしていて、入学してから出た大会はすべて3位以内に入っている。操縦技術、判断力、整備力は既に世界トップレベルだ。さらにワイサポとしても光魔法を操れる。今日みたいに全員同じ機体でワイサポなしって条件なら、優勝はほぼ間違いないだろう」
「見た感じはそう見えないけどな?」
「よく見てみろ。他の生徒と違うだろ?」
「……」
バルクは目を凝らしたが、寝板で翔空艦の下に潜って整備をしているだけにしか見えない。
「いや、分からん」
「分からないのか? アレンは白い作業着をいつも着ている。なのに、どこも汚したことがないんだ」
「あ、なるほど。……ってかそれ、整備の腕と関係あんのか?」
「大ありだ。プロの世界でも、作業着を汚さない整備士なんてほぼいない。整備の腕がワールドクラスって訳だ」
「お、おぅ……」
(きれい好きで汚さないようにしてるだけじゃねェのか?)
「話してみるか? 多くのスカウトが目をつけてるから、早い方がいい」
「……いや、遠慮しとく」
「なぜだ? 才能も、整備力も申し分ないんだぞ?」
「小さい頃から訓練できる環境があって、入学後はほぼ敵なし。聞こえは良いが、剣の才能もお金もなかった田舎育ちの俺からすれば、そういう人間とは敵でありてェんだよ。努力が才能に勝るところが見てェんだ」
「本当に変わらないな。それなら、そんなおまえにうってつけの生徒を紹介しよう」
教官が再び歩きだし、バルクは続いた。
「次に紹介する卒業生の名はココ。基礎を習得するまでに最も時間がかかった
「お、期待できそうだな! なんで先に紹介してくれねェんだよ!」
「まぁ、いろいろと事情があってな……」
「――おい『人もどき』。いつまで整備してんだよ?」
「完璧に整備したってアレンに
バルクたちが歩いていると、二人の男子生徒が翔空艦の下へ何やら言っている。そこから寝板のカラカラという音が聞こえて、一人の獣人が出てきた。バルクが初めてココを見た瞬間だった。
「
「ねーよ。操縦も整備も、誰もアレンに勝ち目はない」
「勝つ気がないのにレースに出る方が、アレンに失礼でぃ」
ココは翔空艦の後方部分に回り、淡々と整備箇所へ視線を向けたまま会話をしている。
「は? 学年一のへたくそが、なにほざいてんだ?」
「そのへたくそに勝てなくなったから当たり散らしてるんでぃ? だったら明日、空で決着をつけようぜ」
「『人もどき』のくせに、なに偉そうにしてんだよ!」
「ここでレースに出られなくしてやんよ!」
二人の男子生徒のうち一人が、翔空艦の翼へ向けてスパナを振りかぶった。
「こら! おまえら!」
「やっべ!」
教官が声を発すると、二人は逃げるように去っていった。
「ったく、落ちこぼれどもが」
「おい君、大丈夫か?」
バルクはココに話しかけた。
「いつものことだぜ。気にしたら負けでぃ」
ココはバルクに目を合わさず返答し、整備に集中している。
「俺はバルク。討伐隊の『豪傑の剣神』だ」
バルクは握手をしようと、右手の手袋をはずして差し出した。手に気付いたココは初めて赤髪の剣士と目を合わせた。
「『豪傑の剣神』って、あの魔王を倒した一人のバルクでぃ?」
「ああ」
「すごいぜ! こんなところに討伐メンバーが来るとは驚きでぃ! あ、オレっちはココって言うんだぜ!」
「よろしくな。ココ」
「よろしく頼むぜ!」
ココも整備で汚れた軍手をはずし、水かきのある手で握手をした。迷彩柄のつなぎはほとんどが汚れている。そして、すぐに軍手をはめ直して整備に戻った。
「あれだけ言われて、悔しくないのか?」
バルクは単刀直入に
「そりゃ悔しいぜ。でも、ここで反論しても何も変わらないんでぃ。オレっちに今できるのは、空で見返すことだけなんだぜ」
「言葉より、行動で示せってか?」
「おうよ!」
「……」
バルクには十分な返答だった。才能に恵まれない努力家の姿に、レースを見なくても
「――なぁココ。空で見返すの、俺に手伝わせてくれねェか?」
「ん? どういう意味でぃ?」
整備に熱心な
「ここを卒業したら、俺の専属パイロットにならないか?」
「え?……」
討伐メンバーの真剣なまなざしに、当時無名なパイロットは動揺した。
「な、何言ってるんだぜ? ここにはオレっちよりも才能ある奴らがたくさん――」
「だからこそ、俺はおまえと組みたい。努力は才能や人種を超えられるって、世界中に見せてやろう。努力家同士、一緒に頑張らないか?」
その言葉に、ココのつぶらな瞳にいっぱいの涙が浮かんだ。ポロポロと落ちる大粒の涙の量が、まるで彼の経験した数々の苦労を表しているようだった。
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