18. 自分が一番を取れる、唯一の仕事。

「それで? こっそり手書きのメモを渡してまで呼び出すなんて、どんな話をしたいのカナ?」

「さっき紹介した、サヤについてだ」


 バルクは鶏の唐揚げを一つ口へ放り込み、お皿をベルガとの間に置いた。


「アー、なるほど。かわいい子だったネ?」


 ゴスロリ幼女は素っ気ないリアクションで、揚げたポテトを手に取った。


「……何か言いたげだな?」

「ウン。君の女性への接し方には呆れるばかりだネ」

「いやいや、女性ってか、百年以上生きるおばさんにどう接するとか――」

「あれ? 今おばさんって聞こえたような……」


 ベルガは再び懐からサイコロを取り出し、指の間に挟んで見せた。


「い、言ってねェよ! 『おねえさん』って言おうとして噛んだだけだ!」

「そう? 噛んだだけならいいんだ」


 ベルガはサイコロを懐にしまった。


「でもよ、見た目から百歳超えてる機械人ミカニだって分かんねェよな」

「若く見られるのは嬉しいネ。何年生きようと老け込む必要ない。――それで、魔法使いって紹介してたあの女の子は何者なのカナ?」

「……新しく転生してきた、勇者だ」

「エエッ――!」


 ベルガは大声を出しかけたが、自分の口を両手で隠した。周りを見渡したが、他の客は自分たちの会話に夢中のようだ。


「……間違いないんだネ?」

「ああ、金の魔法が使える。タクミの折り紙つきだ」

「だけど、どうして今になって転生してきたのカナ?」

「分からねェ。だから俺はこうして各地を回り、討伐メンバーに会って情報収集している」

「情報収集? 何のために?」

「サヤは自分がどうあるべきか迷っている。だから俺は、元討伐隊の様子を見て回り、世界の状況を調べている。自分やサヤがどんな行動をすれば平和になるのか、見極めるためにな」

「なるほど。――って、グランプリに出たのはついでなのカナ?」

「まさか。翔空艦レースは三年前からやっててよ、グランプリ出場は専属パイロットとの念願だった。これでやっとベルガと同じ空を飛べるな」

「フフフ、しかもその舞台がグランプリ本戦とはネ」


 ベルガがシャンパンを口にするのを見て、バルクもビールを飲んだ。


「それでどうなんだ? 最近のベルガは?」

「特に変わりはないネ。今は選手会長で世界ランキング2位の肩書きの通り、一年中翔空艦レースで頭がいっぱいだ」

「けどレースで世界中回るんだろ? 地域ごとの違いとか、気になることはねェか?」

「ウーン……いて言えば、さっきみたいな人種差別は気になるネ。特にこの町は酷いものだ」

「あれな。なんであそこまで言われなきゃいけねェんだ?」

「もともとこの都市は、陸のモンスターから身を守るために空に浮かばせたんだけど、当時は獣人セリアを連れて行かなかった。当時の犯罪者の多くが獣人だからという説があるようだネ」

「は? そんな俗説ぞくせつを信じてんのか?」

「空中都市になってから犯罪が減った事実があって、これまでの犯罪が獣人のせいだと唱える人が増えた。外の警備を町の中へ回せるようになったのが最大の要因にも関わらずネ」

「なんだよそれ。犯罪するかどうかなんて人種のせいじゃねェだろ。完全な濡れぎぬじゃねェか」

「ウン。もちろん最近は人種差別がいけないという考えも浸透してきてる。だけど、一度定着した大多数の考え方を変えるというのは、なかなか難しい問題だネ」

「また固定概念かよ。どうして人は、決めつけて凝り固めた考え方で他人を判断するんだよ?」

「おかしい話だけどネ、昔は人権の主張をすると牢獄へ入れられる国だって存在したんだ」

「牢獄? それ、どっちが犯罪だよ?」

「おねえさんはこの事例を、他の人種への思いやりの欠如であると解くネ」

「その心は?」

「国を治める側の人間でさえ、人の本質を理解しようとしていない証拠である」

「なるほどな。一人一人と向き合おうとする、アルクラントの王様とは大違いだ」

「そうだネ。見た目だけで人を判断したつもりになって、向き合わずに距離を置こうとする。そして距離を置いた人種が人権を主張してきて、理解が足りずに『国家侵略を企てた』と牢屋へ閉じ込める」

「分からねェ相手だからこそ話さなきゃ、もっと分からなくなるじゃねェか。余計遠ざけてどうすんだよ」

「その風習が、今も続く人権侵害を生んでいるのさ」

「……マスターもう一杯。違うつまみも」

「おねえさんにも、さっきと同じ飲み物を」

「……あいよ」


 マスターは新しく注いだジョッキとグラスを置き、空になったものを片づけた。バルクは早速一口飲んだ。


「……ぷはぁ、俺たちが魔王を倒しても人間同士で争いやがって。どんな人種も必死になって世界を守ったから、今のリキュアがあるってのによ」

「他人を否定することで自分を肯定した気分でいる人間もいる。魔王という共通の否定対象がいなくなり、異なる否定対象へ向けたとも言えるネ」

「それいるな。他人ばっか否定してケラケラ笑ってるわりに、自分から目を背けて向上心がねェ奴な。さっきベルガが転移させたヤツらも、そんな感じだったな」

「自分と他人の良し悪しを素直に把握するというのは、意外に難題なのさ。だから諦めてしまう人もいる。バルクのように自分の欠点から目を背けずに修行を続けるのは、誰でもできることではないんだネ。それで他人の欠点をあざ笑って弱い自分のメンタルを保つけど、いつまで経っても成長しないのさ」


 ベルガは再びシャンパンを口にした。


「……ベルガと話してるとよ、誰よりも人を理解してんじゃねェのかって思うな」

「そりゃあ百年生きているからネ。でも、今言ったのはほんの一部の人間の話で、全ての生物において無限の可能性があるよ」

「ふふ、そうだな。ちなみに他の機械人ミカニたちは、人種差別をどう考えてるんだ?」

「当然よくは思っていないネ。創られ初めの百年前には、奴隷のように扱われてきたものだ」

「それが今や、他の人種と同等の存在だろ? きっかけはあるのか?」

「初期の人工知能に加えて、人間らしい感情や心が電脳化されてからだネ。計算や知識の記憶においては昔から機械の方が上だったけれど、感情の電脳化が発達してからは人とほぼ同じになれた」

「そういや昔、優秀な機械人が増えてきて世界征服されるんじゃねェかって話もあったな?」

「でも実際、そうはならないよネ? 機械人ミカニたちに埋め込まれた知能は日々更新していくけれど、人として生きている時点で、結局人以上の存在にはなれないのさ」

「とはいえベルガは別格だな。人並み以上の立派な人間だ」

「フフッ。ベルガおねえさんは永遠の幼女だ」


 ベルガは自慢げに決め台詞を言い放ち、再びシャンパンを口に含んだ。


「……」

(幼女ならお酒を飲むなよ)

「機械人だって常に正しい判断ができる訳じゃない。それは他の人種と同じだネ。どの人類も間違いながら進歩しているのは、とても大切な成長と言える」

「人種差別に対する考え方も、昔よりはマシになっているしな」

「間違いを正して、正して、正し続けた結果が今の人類だ。今では明らかに過ちと言える歴史上の出来事も、間違えたから正しさに気付けたとも言えるネ」

「ああ、そうだな」

「人種差別のような間違いだって、きっといつか正される日がくる。生まれた姿や肌の色だけで否定される人々がどんなに苦しいか、思いやりのない人間が多いという間違いは正されなくちゃならない。だけど、誰かがやってくれると思っていたら何も変わらないネ。気付いた人間が少しずつ、行動していかなくちゃいけないんだ」


 そう言ってベルガはシャンパンを飲み干し、自分のお代を置いて椅子から降りた。


「機体の調整をしたいからもう帰るネ。今日はありがとう」

「最後に一つだけいていいか? 何でベルガは翔空艦レースを続けてるんだ?」

「フフフ、答えは簡単だネ。自分が一番を取れる、唯一の仕事だからだ」

「一番を取れる、唯一の仕事……」

「それじゃバルク、また空でネ」

「あ、ああ。よろしくな……」


 『自分が一番を取れる、唯一の仕事』。御年百歳以上の機械人がサラリと答えた言葉は、バルクの心に深く突き刺さった。カウンター席に残った赤髪ボサボサの剣士は、夜景を眺めながら物思いにふけるのだった。



―*―*―*―*―*―*―……


『さぁ、翔空艦レース・グランプリ2020! メウノポリス大会! 選ばれし十機の翔空艦がスタートラインに並び、エンジン音の大演奏が会場内を包み込みます! もうまもなくスタートです!』


 超満員の観客席で熱気を帯びるメウノポリス中層。スタートラインには世界ランク9位までの翔空艦がズラリと並び、その横にバルクたちのアミアイレもあった。


『どの翔空艦も速そうに見えるね! 私、緊張してきちゃった!』

『そりゃグランプリだから当然だぜぃ。それよりもサヤっち、副操縦席であんまりバタバタするんじゃないぜ』

「落ち着けサヤ。ノイズがガサガサ入ってうるせェよ」


 アミアイレの副操縦席に座るサヤへ、翔空艦の上でワイヤーを巻いたバルクはツッコミをした。サヤはいつもの制服ではなく、赤い作業着を着ている。


『あはは! そう言う二人もガチガチじゃん! 全然元気ないし!』

「う、うるせェな! これから本番なのに、余計な体力使うわけねェだろ!」

『ねえ、本当に私は座ってるだけでいいの?』

「俺とココで何とかする。サヤは出番はねェから安心しろ」

「レース前にどうしたんだいバルク? トラブルじゃないよネ?」


 隣に並ぶ翔空艦ドラグナムの甲板にある出入り口から、白黒ゴスロリ服のベルガが現れた。銃と黒竜を合わせたデザインの機体は、三年前に魔王討伐隊が移動手段として使った。黒いボディ全体は竜の鱗のような特殊素材が、きめ細かく貼り合わせられている。空気抵抗を考慮した鋭い左右の翼、前方下部分の大きな銃口が特徴的だ。空気抵抗を受けやすいため、今はシャッターが閉じている。


「おうベルガ! こっちの話だから気にすんな!」

「結局、エックスは出ないんだネ?」

「ああ。代わりに不安なのが乗ってる」

「――これはこれは。世界ランク2位の『災厄の道具師』ベルガさんと、ワイルドカードレース覇者の『豪傑の剣神』バルクさんではないですか?」


 紫色のローブと三角帽子に身を包んだ小柄な魔法使いが、箒に乗って近寄ってきた。赤髪と赤い瞳がよく目立つ。両耳は尖っていて、妖精人のようだ。


「なっ! おまえは魔王軍の!」

『えっ? 魔王軍?』

「魔王軍幹部ワイグルの息子、ケント君だネ?」

「こんにちは。ベルガさん」

「こんな場所に何しに来た? ここは出場選手以外立ち入り禁止だ」

「やだなぁ、そんな物騒な物を握らないでくださいよ。僕だって翔空艦『ブリューナク』のワイヤーサポートなんですから!」

「は? ワイヤーサポートだと!」


 バルクはベルガを見ると、うなずいた。


「『ブリューナク』は、最近頭角を現した世界ランク5位の翔空艦だネ。ケントの多彩な魔法を駆使して今年のツアーで二勝している」

「……」

(しかも格上。まぁ、グランプリに出るから当然か)

「それで、今日は俺たちに宣戦布告しにきたって訳か?」

「そんなところです。しかし代わりの元討伐隊がなぁ、近接戦闘の剣士じゃ相手にならないかぁ」

「それで挑発のつもりか? そんな安い挑発には乗らねェよ」

「なぁんだ。さすがは豪傑の剣神」


 ケントは箒に乗りながらバルクに近付き、右手を差し出した。


「……何の真似だ?」

「警戒し過ぎですよ。元討伐隊の方は握手もできないのですか?」


 紫ローブの魔法使いは、不敵にほほ笑んでいる。


「フン……」


 二人は握手を交わした。

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