17. これが『ふぇす』か? 『ふぇす』なのか?

「グランプリ本戦出場おめでとうみんな!――って、あれ?」

「い、嫌だ! 僕は本戦に出るんだ!」

「ドクターストップがかかってんだよ! 無理すんじゃねェ!」


 空中機械都市メウノポリス下層にある翔空艦整備場。多くの翔空艦がメンテナンスされる場所に訪れたサヤとプラノは、不穏な空気を目の当たりにした。


「どしたのココ? 喧嘩してるみたいだけど?」


 言い合いしているメンバーの仲裁に入る素ぶりもなく、淡々とアミアイレの整備を進める獣人へサヤは質問した。


「エクスっちを医者に診てもらったら、高山病になりやすい体質だって発覚したんでぃ。それでも男気のあるエクスっちは、『本戦に出たい』って言ってるんだぜ」

「そっか、それなら出さしてあげたいね」

「いいえサヤ。高山病リスクの高い方はワイサポをお勧めできませんわ。急激な高度変化に、お亡くなりになった事例だってありますの」

「死んじゃうかもなの? それは止めなきゃ!」

「嫌だ! 僕は由緒正しきマジック家の血を継ぐ、偉大な魔法使いの息子なんだ!」

「その偉大な息子が高山病ごときで死んだらどうすんだよ!」

「死なないし! 本戦まで一週間あるから、薬を開発する期間が十分あるじゃんか!」

「薬ができたとしても副作用はどうなんだ? 効いたとしても効力ある時間は? 体に負担をかけてんのに変わりねェだろ?」

「そ、それもなんとかなるしっ!」


 エックスはよろめきながら、アミアイレの外壁に寄りかかった。


「エックスくん、無理は禁物ですわ。今も顔色が優れていません。血中の酸素が欠如している証拠ですわ」

「こ、こんなの平気だし! ううっ――」

「エックス!」


 倒れそうになった魔法使いの両肩をバルクが支え、酸素スプレーをエックスの口に当てた。


「出てェ気持ちはよく分かる。正直ワイルドカードレースも、エックスが前半ぶっちぎってなけりゃ厳しかった。だがそれだけで十分だ。俺は仲間が苦しむ姿を、何度も見たくねェ」

「バルク……」


 エックスは酸素スプレーを自分の手で持ち、その場に座り込んでおとなしくなった。


「あーあ、うっせーな! パイロットが獣人のくせによ!」

「な? 何であんな『人もどき』が本戦に出るんだよ?」


 レースに負けた一部チームのクルーたちが、冷たい視線を向けながらバルクらに聞こえるように悪口を言い始めた。


「ちょ、ちょっと。何か変じゃない?」


 サヤの声に一同が周りを見渡すと、取り囲むように人の輪ができていた。


「脳みそのちぃせぇ『人もどき』が」

「汚ない手で操縦桿そうじゅうかん握んなよ」

「ああん! 何か文句あんのか!」


 バルクは大剣を引き抜いたが、ココが両腕を広げて進路に立ちふさがった。


「やめるんでぃバルク。挑発に乗って騒動になったら、奴らの思うツボだぜ」

「ちっ……」

「ひゃあ、おっかねー。豪傑の剣神ともあろう奴がキレてやんの」

「『人もどき』に止められるとか、だっせ」

「けどよ、あのワイサポ二人がいなかったら勝てなかったんじゃね?」

「無能な『人もどき』め」

「……ココ、どいてくれ」


 肩を怒りで震わせながら、バルクは技の構えに入った。


「だめでぃバルク!」

「言われっぱなしでいいのかよ! 完全な人種差別だぞ!」

「私もイライラしてきたよ! あんなひどいこと言うなんて、どっちが『人もどき』よ!」


 サヤもバルクの横に並んだ。


「力で抑えようとしても余計にエスカレートするだけでぃ。放っとけば気が済むぜ」

「なに言ってんだよ! 俺はもう我慢できねェ!」


 バルクが技のモーションに入った。


「なんの騒ぎだ!」

「!――」


 新たな男性の声にバルクは技を止めた。白スーツに金髪ロング、耳の上が尖って背の高い白人の男性妖精人ネライが人の輪の中に入ってきた。


「おい見ろ! ランキング1位の王者、シャインクロスのアレンだ!」

「うわぁ本物だ。サイン欲しい……」

「翔空艦の聖地であるこの整備場で、この人だかりは何だ? 『人もどき』とか聞こえたが?」

「い、いやぁ、気のせいじゃないですかね?」

「そうですよぉ。やだなぁアレンさん」

「――いいえアレン。君の耳は正しいと言えるネ」


 今度は前髪ありのツインテールに、ゴスロリ服を着た女の子が輪の中に現れた。髪の色は右半分が白色、左半分は黒色。服はその左右逆の配色で、右半分が黒で左半分が白だ。肌は色白で、背が低くて幼女のような容姿と声質だが、男の子のような口調だ。


「なんじゃなんじゃ? 若もんが集まりよって? これが『ふぇす』か? 『ふぇす』なのか?」


 わざとらしくボケたふりをかます老人が、砂地用迷彩柄の作業着を着て現れた。頭のてっぺんは髪の毛がないが、残った横髪の白い髪はきれいに整えられている。漆塗りした黒い杖を突いて歩いてきた。


「おいおい、ランキング2位と3位までお出ましかよ……」

「ドラグナムに乗る女性機械人ミカニのベルガと、獅子鷹ししたか丸に乗る大ベテランのリューセイだ」

「翔空艦レース選手会長、『災厄さいやくの道具師』ベルガだ」

「ああ見えてあの爺さん、とんでもない運転するんだよな……」

「オーラがやばい」


 有名人の登場に、ザワつきに拍車がかかった。


「これはリューセイさんにベルガさん、地上で会うのは久しぶりだね。それでベルガさん、この耳が正しいというのは?」


 金髪王者がゴスロリ幼女に質問した。


「歴史あるメウノポリスの整備場で、人種差別的言動が平然と行われていたんだ。それも本戦に出場を決めた、ワイルドカードチームに対してネ」

「このたわけどもが。なんとも無粋な話じゃわい」

「これは失望した。選手同士で勝利したチームへのねぎらいではなく、差別行為が行われるなんて」

「選手会長として、処罰を下さなければいけないネ」

「ひいっ!」


 ベルガは懐から、三つのサイコロを取り出した。


「違うんですベルガさん! これには事情が!」

「そうです! あのチームが勝利したのに、他のチームへの敬意を欠いて騒いでいましたので――」

「では諸君! どんな理由があるにせよ、人種差別をしても構わないというのか? 答えは否だ!」

「ちったぁ反省せんか! 愚か者どもめっ!」

「それでは! 選手会長のベルガおねえさんによる、お仕置きの時間だネ!」

「や、やめろ! ぎゃあぁぁー!」


 地面へ転がしたサイコロの目が出ると、人種差別をしていた連中が一気に姿を消した。付近にはバルクたち五人と、ランキングトップ3位以内の人間だけが残った。


「ふむ、選手会長による処罰であれば問題にはならんじゃろう。これにて一件落着じゃな」


 そう言って、世界ランク3位のおじいちゃんは去っていった。


「すまないアミアイレの諸君。この業界はまだ人種差別が酷いんだ」

「何でぃアレン! 同級生なのに水くせぇぜ!」

「え! ココ、知り合いなの?」

「そうだぜ! 翔空艦学校の偉大な戦友でぃ!」

「ははは、懐かしいね」

「久しぶりだネ。バルクにプラノ、そしてエックス。魔王戦以来カナ?」

「こっちも知り合い? どゆこと!」


 四人は視線を合わせてほほ笑んだ。


「ベルガさんも、討伐メンバーですわ」

「えええ! そうだったんだ!」

「それより選手会長さんよ、さっきの奴らに何が起きたんだ?」

「分から――フフフ、秘密だネ」

「……」

(今完全に『分からない』って言おうとしたよな?)

「もしかして空間転移? 彼らの翔空艦まで消えてるし」

「使うご本人でさえ効果を存じ上げないなんて、誠に恐ろしい魔道具ですわね」

「フフフ、それが良いんだよ。それでバルク、その子はどちら様カナ? 変わった格好をしているネ?」

(いや、おまえが言うなよ)

「こいつはサヤ、……なんていうか、魔法使いだ」

「ちょ、バルク? 『魔法使い』って――ん?」


 バルクはサヤの肩を掴み、一行から少し離れた。


「なんで? 元討伐メンバーだから言っていいんじゃないの?」

「近くにアレンって奴がいる。一応伏せておこう」


 二人は会話に戻ってきた。


「なんだい二人でヒソヒソと?」

「事情は後で話す。――それよりサヤ。こちらは『災厄さいやくの道具師』、機械人のベルガだ。翔空艦を操縦する腕はすげェが、魔道具の魔石サイコロに第二パーティはどれだけ苦しめられたか……」

「苦しめられた? サイコロに助けられたりもしたのにそんな言い方カナ?」

「効果が分からないから完全にトラブルメーカーだったろ。ちなみにこんな姿だが、結構歳が――!」


 バルクは急に静かになった。ベルガは見せびらかすように、三つのサイコロを右手の指の間に挟んで取り出していた。


「ん? なに? どしたのバルク?」

「い、いや……」

「なんでもないよサヤ君。こっちの話だネ」


 ベルガはサイコロを懐にしまった。


「……ていうかよ、効果が分からねェ道具をよく使えるよな?」

「過去よりも改良が加わっていてネ。半々くらいの確率で良い効果が出る。それに三年前だって、うまくいかない印象が強いだけの話さ」

「……」

(半々くらいの確率なら問題だろ! しかもそれって、俺たちが魔法をくらう可能性もあったじゃねェか!)

「――ではアミアイレの諸君!」


 ココと会話を弾ませた世界王者が、こちら側に話しかけてきた。


「一週間後のグランプリ本戦、本気同士のガチンコ対決といこう! ココも素晴らしい操縦で、レベルの違いを見せつけてやろうではないか! はっはっは!」

「ベルガおねえさんも、昔のよしみだからって容赦しないからネ。手加減なしで来たまえ」


 そう言って、二人はこの場を後にした。


「世界ランクのトップ相手に、手を抜く余裕なんてあるかよ」

「なんか見た目は派手だけど、いい人たちっぽいね?」

「そうだな。どの世界でも、トップの人間は他人への敬意がある。素直に他人の良さを認められるから、自分がさらに上を目指し続けられるんだ」

「あ、すごい人って確かにそうかも!」

「だからエックス、おまえの活躍はワイルドカードレースを見た全ての人が知っている。だからよ、本戦は無理せずに休んでくれ。お願いだ」


 バルクはエックスへ頭を下げた。


「…………分かったよ」


 エックスは悔しさをにじませながら、やっとうなずいた。



―*―*―*―……


「……らっしゃい」


 夜のメウノポリス上層にある、近代的な建物が並ぶ中にある高層ビルの最上階にあるおしゃれなバー。バルクが一人で扉を開けるとカランカランと音が鳴り、マスターが声を掛けた。


「とりあえずビール。あと適当につまむものくれ」

「……あいよ」


 バルクは窓際のカウンター席へ進みながら注文した。店内は大きなカウンターとテーブル席が五つあり、グランドピアノとコントラバスの演奏者がジャズを弾いている。客があまりいないが、服装がしっかりした人間が多い。


「よう、ベルガ」

「オヤジ臭いネ。せっかく二十歳になったのに、こんなロマンチックなお店に来てビールを頼むとは」


 一番窓際の席に座るベルガの横へ、バルクは座った。ゴスロリ衣装の幼女はシャンパングラスを持っている。


「……お待ち」


 マスターからバルクの前に、ジョッキのビールとおつまみセットが置かれた。


「まだ他の酒だと酔いやすいんだよ」

「まだまだ子供だネ。でも、君のそういうところは好きだ」

「うるせェな。本気でもねェのに好きとか言うな」

「昔ナンパしたきたのによく言うネ。せっかく二人で会うのだから、口説こうとしているんじゃないのカナ?」

「今も昔もナンパなんかしてねェよ。御年おんとし百歳以上の翔空艦乗りを捜して、通りがかったゴスロリ幼女に話しかけたら、『新手のナンパだ!』って騒がれただけだ」

「フフフ、今でも思い出し笑いができるネ」

「――まぁとにかく、本戦ではお手柔らかに頼む」

「本戦出場おめでとう。いいレースだったネ」


 二人はグラスとジョッキを当てて乾杯をした。そして、ジョッキ半分くらいのビールを一気に飲んだ。


「……ぷはぁ! 勝った後のビールはうめェ!」

「やっぱり、オヤジ臭いネ……」

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