第三章 翔空艦レース
16. 三度の飯より翔空艦、心は空へ単身赴任。
『レディ……ゴー!』
巨大空中都市メウノポリス。機械仕掛けの近代都市が一定の高度を保って浮かび、上層には高層ビルが立ち並んでいる。中層には翔空艦が出入りする大きな楕円形の穴が開いており、そこから数十機もの翔空艦が飛び出していった。
『さぁ始まりました! 翔空艦レースグランプリ2020メウノポリス大会、ワイルドカードレース! 年に一度の本戦出場を賭けた試合の模様をお伝えします! 全国放送の実況を担当しますのはワタクシ! 三度の飯より翔空艦、心は空へ単身赴任、名物
「心が空へ単身赴任って危なくない? プラちゃん」
「ふふっ、そうですわね」
多くの人で溢れる観客席の中に、聖剣士と女子高生の姿があった。大きなスクリーンには数々の翔空艦が映し出されている。
「バルクたち、大丈夫かなぁ?」
「ココさんの運転に、エックス君の魔法なら問題ありませんわ。バルクさんも近接戦闘のスペシャリストですの」
『翔空艦レースは、ここメウノポリスで生まれたと言われています。空に浮かぶ魔石
「な、なんか実況さん、歴史を語りだしたよっ!」
「まぁ、有名な話ではありますわ」
『そして今! 最も速く飛ぶ翔空艦を決める大会が始めてから、百年の月日が流れました! ルール改正を重ね、リキュアで最も人気のあるレースとなり、その翔空艦レースグランプリが今年! 発祥の地であるメウノポリスへ帰ってきたのです!』
「へぇ、そうだったんだ」
「諸説はありますが、大体合っていますわ」
『そして先ほど! 一週間後に控えるグランプリ出場の一枠を賭け、二十一機によるワイルドカードレースが始まりました!……おっと、もう既にトップの翔空艦がチェックポイントに差し掛かると情報が入りました! これは好タイムが期待できます! 強者揃いのこのレースで、いち早く第一チェックポイントを通過するのは――』
「あっ!」
会場の巨大スクリーンに、大きな黄色い輪を朱色の翔空艦が通るのが映し出された。
『
拍手やブーイングが入り混じった歓声が沸いた。
「えええ! ココってそんなにすごかったんだ!」
「恥ずかしながら、わたくしも存じ上げませんでしたわ」
『さぁ! 翔空艦レースといえば各チームのワイヤーサポート、略して『ワイサポ』の起用にも注目です。アミアイレのように魔法使いを起用するのが大半を占めますが、最近では整備士を起用したり、召喚獣を登録するケースもあるのです!』
アミアイレの後方から、頑丈でしなやかな素材のワイヤーを括りつけた箒に乗る、エックスの姿が映し出された。耳には小型のヘッドセットを付けていて、マイクを通して翔空艦の中と交信している。
「ねぇプラちゃん。いまさらだけど、ワイヤーサポートさんって何のためにいるの?」
「翔空艦の
「え! 攻撃ありなの?」
「はい。ルールの範囲内でしたら攻撃が可能ですの。禁止されている行為は、町や村の上空での攻撃、空間転移もしくは時空操作の魔法を敵味方の翔空艦にかける、またはかけられても失格になりますわ」
「え? 相手から魔法をかけられてもダメなの?」
「実際に失格となった例はないですが、過去に敵チームを手を組んで空間転移で優勝したケースがあったことから,ルールが変わったそうですの」
「なにそれ。それだと翔空艦の速さを競うのとは違うじゃん」
「そうですね。空間転移や時空操作の魔法は限られた魔法使いしか使えないはずですが、それほどのお方が翔空艦レースで使われたのは非常に残念だと話題になりましたの」
『ああっと! 魔法の激しい応酬! エンジンに被弾してしまったー!』
スクリーンにはワイサポの激しい攻防が映し出されている。エックスのように箒にワイヤーを繋ぐ人や、体にワイヤーを巻いて甲板に立って戦う魔法使いがいる。
「ワイサポは、古くから空賊やモンスターから翔空艦を守るために、護衛の魔法使いが周りを飛んでいた名残りだそうですわ。人や物資を早く安全に運ぶ能力を競う意味では、筋が通っておりますわね」
「なるほどね。速いだけじゃ意味ないもんね」
「しかし、最近は翔空艦の耐久力が上がっていたり、外壁へモンスターの嫌がる模様を入れていたりと、あまり護衛の必要はないようですの」
「あれ? 黒ドラゴンはアミアイレに近付いてなかった?」
「……言われてみればそうですわ。それだけ普通のモンスターと違う、何か違いが――」
『これは厳しい! エンジンから黒い煙が出ています!』
モニターには高度を下げていく緑色の翔空艦が映っている。
「プラちゃん、あれ危ないよ! 墜落するんじゃない?」
「心配ありませんわ。翔空艦は
「へぇ、そうなんだ」
『さぁ! エンジントラブルを起こしたスターエメラルドが今、緊急着陸をします!
着陸して数秒の復活劇に、観客から歓声が沸いた。サヤとプラノもたまらず拍手をした。
「すごい! すぐに直しちゃった!」
「こうして再び飛び立つ姿も、翔空艦レースの醍醐味ですわね」
『おおっと! トップをゆくアミアイレに異変が起きた模様です! どうしたんだー!』
巨大なスクリーンの画面が、朱色の翔空艦を映した。
「エクスくん変じゃない? なんかフラフラしてる!」
「ええ、そうですわね……」
『ワイサポのエックス選手が、お酒を飲んだかのようにフーラフラ! 未成年なので飲酒ではないと思われますが――ああっと! 近くの山にぶつかってしまいそうです! 大丈夫かー?』
「危ないよ! どうしたんだろ?」
「顔色……呼吸が苦しそうですわ。もしかしたら――!」
―*―
「高山病だな」
アミアイレの助手席に座るバルクは冷静に分析した。標高が高い場所で発生する、酸欠状態の病名だ。
「エックス、いったん戻れ。このままじゃ最後まで持たねェよ」
『……なんの、この程度。……恥ずかしいところ、見せられないし……』
三人はヘッドセットを介して会話をしている。
「フラフラ飛んでんのはもう全国放送されてんだ。ちょっと休んだっていいんだよ。くだらねェプライドは捨てろ」
『で、でも……』
「バルクやばいぜ! 後ろも来てる!」
エックスが振り返ると後ろに二機、近づいてるのが見えた。
「おまえの風魔法の加速があれば、新記録も狙えるって分かっただけでも十分だ」
『ご、護衛はどうするの? 誰が翔空艦を守るのさ?』
「俺が代わる。早くしろ」
バルクは助手席から立ち上がり、後方の扉に向かいだした。ココがいつもつけているゴーグルと同じものを取り出し、自分に装着した。
『無茶だし。空中戦なら魔法がなきゃ……』
「言っただろ。魔法対策は万全だ」
『でも――』
「エクスっち! 心配する必要はないぜ! こう見えてバルクはワイサポが得意なんだぜ!」
『……分かったし』
『アミアイレのエックス選手が機体の中に入っていきます! 風魔法でリードしただけにこれは痛い! さぁそして、代わりに副パイロットのバルク選手がワイヤーを腰につけて出てきました!
「ふぅ、良い天気だな……」
独り言を呟いたバルクは、左手で背中の大剣を引き抜いた。いつもの魔石が埋め込まれた大剣ではなく、刀身が鏡のように光を反射する剣だ。
「ココ! ブースト全開だ!」
『ラジャーでぃ! 後方エンジン、ブーストするぜ!』
アミアイレはさらに加速した。
『ふぅ、後ろはどうやらまだみたいだぜ』
「エックス。酸素スプレーと水を後ろの席に置いといたぞ」
『あ、ありがとう……』
エックスは一番後ろの座席で背もたれをめいっぱい倒して横になり、酸素スプレーを吸った。
『さっすがバルク! 優しい男でぃ!』
「……いいから運転に集中しろ」
『さぁ、先頭は依然としてアミアイレ! 去年の暮れから翔空艦レースに参戦し、数々のタイトルを手にしています! 年間ポイントでは世界ランキング20位と、グランプリ本戦のシード権9位以内には入れませんでしたが、ワイルドカードレース大本命と言えるでしょう!』
『へっ、そんな簡単にいく訳ないぜ』
「だな。あんまり周りを
『おおっと! 後方から第一集団が激しい攻防を繰り広げながら近づいてきます!』
「ほらな」
『一気に振り切るぜぃ!』
『さぁそして先頭はサージェス上空、四つめのチェックポイントを通過です! ここから海の上を通り、折り返し地点である五つめのチェックポイントに向かいます! なお、カギシヲリ諸島近海は現在雷雨となっている模様です!』
「まったく、分かってんならコース変更しろよ」
バルクは愚痴りながら酸素スプレーを取り出して吸った。
『そこをあえて変えないのが翔空艦レースだぜ! それともバルク、雲の上に出るんでぃ?』
「最短を取るに決まってんだろ! チェックポイントは陸地付近にあるんだ!」
『そうこなくっちゃだぜ! アミアイレ、直進でぃ!』
『さぁ、怪しげな黒い雲が近付いて参ります! しかし先頭のアミアイレは低空飛行を続け直進していく! 続くは激しい争いをしている第一集団! 数機は高度を上げていきますが二機が低空飛行で先頭を追います! この選択が吉と出るか、凶と出るか!』
進むにつれて海はどんどんしけてきて、雨と風が強くなってきた。黒い雲はゴロゴロと鳴っている。
『バルク! 後方から二機来てる! 魔法に注意だぜ!』
「任せろ! さっさと折り返すぞ!」
「やっと追いついたぜこんちきしょう! ファイアボム!」
「待ちなさいアミアイレ! アイスブレード!」
『おおっと激しい! 年間ランキング11位のフレイムボール、10位の
「はあぁ!」
バルクが野球のように打ち返すと、それぞれの翔空艦は巧みに魔法を避けた。すると、箒にワイヤーを取りつけた男女二人の魔法使いが近寄って来た。
「厄介な剣ね。魔法を跳ね返すなんて」
「卑怯だぜこんちきしょう! ちゃんと戦え!」
「二人がかりで撃っておいて、どっちが卑怯だよ!」
『さぁそして天気が悪くなる中、折り返しのチェックポイントが見えてきましたー!』
「ふふふ、でも茶番もここまでよ。豪傑の剣神」
「その辺の魔法使いとは違うんだぜこんちきしょう!」
「くっ!」
『ああっと! これはつらい! 氷と炎の連続魔法で集中攻撃だぁー! バルク選手、一部は打ち返していますが、幾つか翔空艦へ着弾を許しています!』
『バルク! 大丈夫でぃ?』
「大雨で氷と炎の威力が弱まってるのが幸いだな! 全部防ぐのは無理だが、翔空艦に影響がありそうなのだけは止められる!」
「ちっ、何なのこいつ! 威力があるものだけ返してくる!」
「こんちくしょう! こっちが持たん!」
『どうしたんでしょうか? バルク選手の戦闘力に、たまらず休戦かー?』
『どうするんでぃバルク? 今はなんとかなるけど、大雨を抜けたらキツイぜ!』
「俺に考えがある……――」
バルクがマイクに何か呟くと、低空飛行していたアミアイレが高度を上げ始めた。
『おおっと! ここで突然、先頭アミアイレが高度を上げるようです! 二機を先に行かせる作戦かー?』
「身の程が分かっているようね。先に行かせてもらうわよ!」
「バカめ! 高度上げたら雷落ちるぜこんちきしょう!」
「――!」
急な強い光に会場のモニターは真っ白になり、人々が瞬きした瞬間に状況が一転していた。
『あーっと! 何が起きたんでしょう! フレイムボールと笹雪の機体から、煙が出て減速しています! ワイサポが急いで機体の手当てをしています!』
「や、やられたぜこんちきしょう……」
「一体何をされたの? 豪傑の剣神は魔法が使えないはずよ!」
「あえて機体の高度を上げ、落ちた雷をミラーソードに反射させたんだこんちきしょう!」
「そんな! 二機に狙って当てるなんて!」
『これは素晴らしい攻防! そしてアミアイレ、悠々と折り返しだー!』
『やったぜバルク!』
「へへっ! 元討伐隊をなめんなよ!」
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