15. みんなが生きることを真剣に考えてる。

 サージェス町外れの海岸。ぽつぽつとしか人がいない砂浜の上で、魔法使いの男の子と裸足の制服女子高生がいる。良い天気だが、泳いでいる人は一人もいない。


「魔法は心の中のイメージを具現化するから、まずはどういう魔法かを見て覚えるのが大事だし」

「ぐげんか? ふむふむ……」

「エックスー! 無茶すんなよー!」


 少し離れた砂浜のパラソルの下から、片手腕立て伏せしてるバルクが声を張った。その横でプラノは体育座りをしている。遅めの昼食をともにした後、エックスがサヤに魔法を教えることになった。


「まぁいろいろ言うよりも、見せる方が早いかもしれないし――」

「エックスー! 大丈夫かー?」

「……」

「おーい! 聞いてるのかー?」

「言われてるよ? エックスくん」

「それよりさ、いろいろ撃つから見てて」

「う、うん」


 エックスは閉じた魔導書を左腕で抱えたまま、右の手のひらを誰もいない海に向かって広げた。


「まず火の魔法。こういう火の玉とか、こうして広い範囲に炎を放射したりが代表的だし」

「わぁぁ!」


 魔法を連発するエックスに、サヤはキラキラした目を向けた。


「あとは地味だけど、こうやって空中とかに設置する時限爆弾みたいな魔法もあるし」

「スゴっ! って、危なくない? きゃっ――」


 設置魔法がサヤの前で爆発したが、炎から身を守るように水の膜が覆った。


「……びっくりした」

「えへへ、これが水の盾。水は火を通さない。水の玉に、水の放射も、こんな感じ」

「他にどんな属性があるの?」

「あとは凶器の魔法と言われる氷と土。空中戦闘には欠かせない風。速くて威力のある雷の使い手は、上級魔法使いの証って言われてるんだよ」


 エックスは説明しながら海へ魔法を撃ちまくった。


「エクスくん、色んな魔法使えるのすごいね!」

(エクス?)

「……ま、まぁね。普通はこんなに使えないけど、マジック家の末裔まつえいだし」

「?……」

(待つエイ? お魚? それで海沿いに住んでるのかな?)

「あとは、草木を利用する緑の魔法。ここまでが基本属性」

「はいはい! エクス先生!」


 二人で会話をしているにも関わらず、サヤが右手をビシッと手を挙げた。


「な、何? サヤさん」

「回復魔法に属性はありますか!」

「あるね。魔法の属性は大きく分けて三種類に分かれるんだし。シンプルな基本属性と、限られた魔法使いだけが使える特殊属性、それらを掛け合わせた応用属性がある。その中だと回復魔法は特殊属性で、妖精人ネライが使う妖精属性と勇者の金属性、修行を積んだ限られた聖職者が使う聖属性がある。あとは特定のモンスターも回復魔法を使うけど、魔属性って言われてるね」

「へぇ、モンスターも回復するんだ。回復以外だとどんな特殊属性があるの?」

「例えば獣人セリアが使う獣属性に、ゴーストやゾンビとかのアンデッド系が使う死属性。金じゃないレーザーを出す光属性や、重力や影を司る闇属性、毒や疫病をまき散らすウイルス属性もあるね。最近になって、電子機器や機械人を支配する電脳属性も出てきたし。挙げだしたらキリがないね」

「そんなにあるんだね! 普通のRPGよりもたくさんあるね!」

「アール、ピージー?」

「日本のゲームの話! ろーる、ぷれいんぐ、……げい? だったっけかな?」

「なんか、とてもすごそうだね……そういえばタクミも、『リキュアはゲームなんかより圧倒的にリアルで、勇者に甘くないなぁ』って言ってたし」

「そっか……」


 サヤは深く息を吐きながら、海の向こうを見つめた。


「サヤ?」

「あっ、平気平気! それより魔法! 基本属性やってみるね」

「いいけど、そんなすぐには――」

「まず火の玉に、水に、氷に、風がこんな感じだったかな? 雷がこうで……エクスくん、土と緑ってこうだっけ?」

「……」


 魔法を簡単に真似をされ、エックスは言葉を失った。そしてどの手本よりも、一つ一つが大きく強力だった。その様子を見ているバルクは、筋トレの手を止めた。


「あっはっは! 見たかプラノ? 下級魔法の威力じゃねェ。サヤが使う下級魔法は、普通の魔法使いの上級魔法並みの威力だな」

「そうですわね。わたくしも魔法を教えて感じましたが、サヤの魔力量はリキュアの中でもトップクラスですの」


 バルクたちが話す間も講義は続いている。


「――僕が使える中で一番強い魔法? 無茶言うなぁ」

「そこをなんとか! エクス先生!」

「現段階で僕の一番強い魔法は、光属性の『アストロフォス』と雷属性の『アストラフィ』っていう魔法を同時詠唱して放つ応用魔法、『アストラトス』って言うんだよ」

「同時詠唱の応用魔法? 見せて見せて!」

「コホン……」

「……」


 エックスは咳払いをすると、左手で魔導書を開いて見やすい位置に構えた。そして右手は海へ向かって開き、背筋を伸ばして集中しだした。


「この星に燦々さんさんきらめく無数の光よ、天より見守る雷神よ――」


 海岸から50mくらい離れた海上に、白と黄色の二種類の魔法陣が重なって出現した。


けがれを浄化する星屑ほしくずの如く、空より降り注ぐ稲妻の雨となりて――」


 魔法陣が出現した海上付近には様々な色の光が輝き、その上空には黒い雲が集まりだしてゴロゴロと音が鳴りだした。


「その場の全てを殲滅せんめつたまえ! アストラトス!」


 エックスが唱えきると、海上の魔法陣の上は赤や青や緑などの光の爆発が無数に発生し、間髪を入れずに多くの稲妻が雲から魔法陣の上に何度も落ちた。その状態が30秒ほど続いた後、魔法陣と集まった雲は消えて周辺が明るくなり、白い煙だけが海上に残った。


「すっ……ごいね! 感動しちゃった!」

「か、感動? ありがとう」

「キラキラしてて、なんてゆうか、花火のクライマックスでたくさん上がった花火と、空からクモの巣テープをいっぱい落としたみたいに綺麗だった!」

「へへへ。僕のママが、『魔法は使う人がうまいほど美しい』っていつも言ってたし。『大きさは魔力量に比例するけれど、強さと美しさは性格で変化する』って」

「そうなんだぁ……」

「っく!――」


 突然エックスは魔導書を砂浜に落とし、両手を膝について苦しそうな呼吸をしている。


「エクスくん! 平気?」

「はぁ、はぁ……」


 サヤはエックスの背中をさすった。


「あ、ありがとう。はぁ、ちょっと休めば大丈夫だし。これだから上級魔法は嫌なんだよ」


 エックスは呼吸を整えながら魔導書を拾い上げ、砂を払った。


「でも本当に綺麗だったなぁ。――ねぇねぇ! 真似してみてもいい?」

「いいけど、さすがに難しいと思うし」

「こほん」


 サヤはエックスの詠唱ポーズを真似した。


「僕は魔導書を使ったけど、使わない時は両手をかざした方が魔力が伝わりやすいよ」


 サヤは両手を海上へ向けた。


「……この星にサンサンときらめくむすーの光よ、天より見守るらいじんさんよ――」


 さっきのように魔法陣は現れず、雲も集まらない。


「毛がれをジョーカーする霜降り肉のごとく、そら豆より怒り狂う人妻の化身となりて、その場しのぎでセンメツしたまえ! アストラトス!」

「……」

「……」


 さざ波の音と、カモメの鳴き声だけが聞こえる。


「ええぇ! なんで? ちゃんとやったじゃん!」

「いやいやいや! 最初からアクセントがおかしいし、言葉も全然違うじゃん! 意味分かってる?」

「そんなの、わか、って、るよ?」

「……」


 一方、バルクは爆笑していた。


「ハハハ! 『怒り狂う人妻』って、鬼嫁魔法かよ! しかも『霜降り肉にそら豆』って、自分が食べたいだけだろ! くくっ、ハーハハハ!」

「バルクさん。あれでも本人は真面目なのですから……」

「……はぁ、筋トレ後の腹筋が痛い」

「言葉の意味を覚えれば、サヤならすぐにできますわ」

「上級魔法でも、そういうもんなのか?」

「そういうものですわ。使える魔法かどうかは、その方の素質と魔力量、そしてイメージ力で決まりますの。サヤなら問題ありませんわ」

「……なんでそんな魔力を持つ勇者が、今になって転生してきたんだろうな?」


 バルクは真面目なトーンで話しだした。


「どうでしょう? 勇者の出現に理由があるとすれば、世界の危機ですとか、新たな魔王やそれに近い存在が出たとかは、考えられますわ」

「そうか……」

「あくまで可能性の話でして、何の理由もないかもしれませんわ。ただの神のいたずらなら、素敵なことではありませんか?」

「素敵か? 年頃の女子が人生で大事な時期に、神のいたずらで異世界に飛ばされるんだぞ?」


 バルクは立ち上がり、プラノへ身体を向けた。


「それならよくないことですが、よかった点を挙げるのでしたら――」


 プラノはサヤの姿を見ながら立ち上がり、お尻についた砂を手で払った。


「サヤがバルクさんやココさんに会えて、わたくしやエックス君にも出会えたのは、間違いなくよかったと言えますわ。そう、思いませんか?」

「まあ、な……」

「出会うはずのない人同士が知り合えるなんて、素敵なご縁ですわ。少なくとも、わたくしはそう思いますの」

「素敵なご縁、か……」

「はい。素敵なご縁ですの」

「わああぁ! きれい!」


 波打ち際のサヤがそう叫ぶと、夕日のオレンジ色に染まった町の至る所から、上空に向かって様々な色の魔法が放たれていた。


「サージェス名物『打ち上げ魔法』だし。夕方の五時前になると、魔法使いたちは魔法を一つだけ空に向かって撃つんだ」

「すっごいカラフルだね! 私も撃っていい?」

「もちろんさ!」


 サヤは大きな火の玉を上空に撃ち上げた。


「たーまやー! あ! 見て見てエクスくん! 虹だよ虹! おおきいやつ!」


 町全体を覆うように、大きな放物線が描かれていた。


「本当だ。虹の魔法? 光属性かな? 水の魔法も併せてるかも」

「花火の中の虹……ロマンチック!」


 町から上がる魔法はまだ終わらない。夕日を背に町から打ち上がる魔法に見惚れる女子高生の姿に、エックスは見惚れていた。


「……私ね。この世界に来て本当によかったって思うんだ」

「え?……うん」

「気付いたらこの世界にいて、どうやって転生したのか記憶がなくて、最初は不安だったの」

「……うん」

「この世界はモンスターがいたりで危険がいっぱいだけど、みんなが生きることを真剣に考えてる。だからこそ、生きる大切さをすごく感じるんだ」

「モンスターがいない世界かぁ。僕には想像つかないし」

「その代わりね、人同士がよく戦争してるんだ。私の国は戦争してなかったけど、昔は戦争で負けた国だって学校で習った」

「戦争で負けたのに、国が残ってるの?」

「うん」

「珍しいし。普通は、負けた国はなくなるじゃん?」

「そういえばなんでだろ? よく分かんない」

「……」

「でもさ。平和なはずなのに、私にはリキュアよりも窮屈きゅうくつな世界だった。決まりが多くて、人目を気にし過ぎて、出しゃばると嫌われてさ。今思えば、生きてる実感なんかあんまりなかった」

「サヤ……」

「ごめんねエクスくん! こんなグチ聞きたくないよね? 昔の話だし忘れて?」

「ううん。サヤがいた世界にはとても興味があるし」

「優しいね。でも平気!――ああもう! 海の前で何ネガティブになってるの私! 私のバカー!」


 サヤは気持ちを切り替えるように踵を返し、海へ向かって大きな声を出した。


「ふぅ、スッキリした」

「だね」

「うん! エクスくん、今日は魔法教えてくれてありがと!」

「どういたしまして! 僕も勉強になったよ!」



―*―*―*―……


「あ! ココだ! おはよう!」

「何でぃみんな! 一晩帰って来ないなんて、聞いてないぜ!」


 次の日の晴れた朝。桟橋の先で翔空艦のエンジンをかけて待つココの所に、三人が戻ってきた。


「悪りぃなココ。翔空艦で移動しながら寝るはずだったんだが、『海に来たのに泳いでない!』とか言い出すアホ勇者のせいで、プール付きホテルに泊まった」

「だってさ! 気付いたら夕方だったし、海はクラゲが多いってどゆこと? 綺麗な砂浜があって波の音が聞こえるのに、泳げないなんてありえない! エサの前でおあずけくらうワンちゃんか!」

「よく分からんが、それで夜の水泳大会になった」

「お、おう……」

「ココ聞いて! プラちゃん泳ぐの速いんだよ!」

「へぇ、そうなんでぃ?」

「ふふふ、サヤほどではありませんわ」

「またまたぁ! きれいなフォームで、全勝だったじゃん! ココも来ればよかったのに!」

「へっへっへ。オレっちに勝てっかな?」

「水かきあるもんね? じゃ、ここから飛び込んで勝負する? 一番向こうにある桟橋まで!」

「おいサヤ! クラゲがいるって言ってるだろ!」

「そうだった。……魔法で追い払えないのかな?」

「早く行くぞ。翔空艦レースまで時間がねェ」

「むぅ……」

「――待って!」


 空からの声に見上げると、箒に乗った男の子が、大きなリュックを背負って現れた。


「エクスくん!」

「僕も連れてってほしい。ダメかな?」


 エックスはゆっくりと桟橋に着地した。


「執事には話をつけたし、僕の知識は役に立ててほしい」

「エクス先生! お願いします!」


 サヤはそう言って、エックスの右手を両手で掴んで握手した。エックスが照れ笑いを浮かべるのを見て、バルクとプラノは目を合わせた。


「エックス。理由はそれだけか?」

「それだけって? そりゃあ、紫の魔物を一目見てみたいって好奇心はあるし」

「俺は元討伐隊メンバーの動向を見て回っている。サヤは勇者としてどうするかを探すため、プラノは救護活動や人道支援のため、ココはアミアイレの整備と翔空艦レースのために一緒にいる。三年間サージェスから一歩も出なかったお前が、今日になって町の外に出る理由は何だ?」

「む、紫の魔物の調査だし! 魔法使い家系の末裔まつえいとして知っておく義務があるじゃん!――それにバルクだって、『他人のために生きる喜びを見せつけて、世の中を変える』って言ってたでしょ? 僕の魔法や知識を利用してほしいんだ!」

「……フフッ」

「な、なんだよっ!」

「そういうことにしといてやるか。んじゃ、早く行くぞ!」

「ちょ、なんだよそれ! バルク!」


 バルクが翔空艦に乗ると、他のメンバーも続いて機内に入った。最後にエックスが慌てて乗ると扉が閉まり、しばらくすると機体は上空へ飛んでいった。

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